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水の街《アクアガルド》

 家を出てから約半日。

 家を出た時には出てすらいなかった太陽も真上に昇り、俺は馬車に揺られながら妹に作ってもらった弁当を口に運んで昼食を食べていた。

 俺とロウは家を出てから徒歩で山を下り、山の麓にある村から馬車に乗って、入隊試験が行われる街を目指していた。

 あの家から試験が行われる街までは馬車で丸一日かかる。

 日の出とともにあの家を出たので、街に着くのは早くても夕暮れ時になるだろう。


「ほんと、よく眠れるな……」


 今、俺の目の前では妹が作った弁当を早々に食べ終えたロウが荷物が入った旅袋を枕がわりにしてスヤスヤと眠っている。

 一応、草や大きな石は退けられている道とはいえ、道には小石やゴミが転がっているし、(くぼ)みなども多く、馬車がよく揺れてお世辞にも乗り心地がいいとは言えない。

 そんな馬車の上でいくらやることがなくて暇だとはいえ、よくここまで幸せそうに眠れるものだ。

 俺はロウのように器用に眠ることも出来ないので、馬車を操縦している御者(ぎょしゃ)のお爺さんと話をしたり、外の景色をただ呆然と眺めて時間を潰していた。

 ゆっくりと流れていく景色を見ながら、ズボンのポケットに手を入れ、中に入れていたサラの手作りの御守りを取り出す。

 御守りの口に通されている紐を緩め、中に指を入れると、お守りの形を整えるために入っている二枚の木の板の間に挟むように小さく折りたたまれた一枚の紙が入れられていた。

 その紙を広げ、中に書かれている文章に目を通す。


「……」


 少しして読み終え、再びその紙を折りたたんで、御守りの中へと戻した。

 鞄の中からあらかじめ持ってきておいた長めの紐を取り出し、その紐を短い紐の代わりに御守りに通して、自分の首にぶら下げ、服の中にしまった。


「よしっ!」


 自分に気合いを入れる為に勢いよく頬を叩く。


 ――さあ、ここからだ……。



 *



 太陽が(あかね)色の光を増し、遠くの山に隠れる夕暮れ時。


「おい。起きろ、ロウ」


「んんぅ……」


 移動中ずっと眠っていたロウの体を軽く揺すると、ロウは寝起きのうめき声をあげながら体を起こした。


「ふぁーあ……。おはよ、リアン……」


 目を擦りながら欠伸をして寝ぼけながら挨拶をしてくる。

 かなり熟睡していたらしい。


「おはよう。見てみろ」


 俺は寝ぼけているロウにそう言って、馬車の進行方向を指さした。

 馬車の中から体を乗り出し、二人で外を見ると、目の前には大きな外壁が(そび)えていた。


「水のアクアガルドだ」


 街の中心にある山から常に水が湧き出し、そこから八方に大きな人工の水路が引かれ、街の外壁を取り囲むように街の外側を流れている川に滝のように水が流れ込んでいる。

 街中が水に溢れ、過去の歴史上一度も水不足に悩まされたことのないと言われているほど水に恵まれた水のアクアガルド

 この街で明日、俺たちが受ける入隊試験が行われることになっている。


「うわぁー、都会って感じだね」


「そうだな」


 街の中から外壁の周囲の川に流れ落ちる滝によって細かい水しぶきが宙を舞い、そこに夕焼けの光が反射されることによって、まるで街全体が(あかね)色にキラキラと輝いているように見えた。


「綺麗だ」


「そうだね」


 俺たちはそのまま馬車に揺られ、《アクアガルド》の壁内に入った。



 *



「とりあえず、宿は確保できたね。空いてる宿が見つかってほんとよかったよ」


「だな。街中で野宿せずに済んだ」


 俺とロウは《金の羊》という名前の宿に泊まることになった。

 この宿は大通りを少し外れたところに位置していて、二階が宿になっている。

 一階部分は飲食のお店になっていて、昼はカフェ、夜はバーを経営している。

 料金の割には部屋もそこそこ広く、下の店に行けば追加でお金はかかるが、昼間は食事、夜にはお酒も出してもらえて利便性もなかなかにいい。

 持ってきた荷物を部屋の隅に置いて、長距離移動の疲れを癒す為にベッドに寝転がっていると、ロウが旅袋の中からマフラータオルを取り出していた。


「走りに行くのか?」


「うん。街灯が灯ってて綺麗だと思うけど、リアンも一緒に来る?」


「俺は遠慮しとく。朝早かったし、ロウと違って馬車で寝れてないからもう眠い」


「そっか。じゃあ、ちょっと行ってくるね」


「明日は試験だから、あまり遅くなるなよ。あと、迷子にならないように」


「ならないよ。それじゃあねー」


 そんなやり取りを交わして、ロウは宿の部屋を出ていった。

 宿の部屋に一人取り残される。

 少し待ったあと――。


「さて、と……」


 ベッドから体を起こし、俺も宿の部屋を後にした。



 *



 《金の羊》を出て、街灯もあまりない道を東にしばらく歩いていくと、一軒の小さなお店が見えてきた。

 明かりはついているけれど、ちょうど六十代くらいの厳つい顔の男性が店の中から出てきて、入口に掛かっている壁掛けプレートを裏返そうとしている。


「店長ー」


「あ゛?」


 呼びかけると、あからさまに不機嫌そうな目でこちらを睨みつけてくる。


「えっと……まだ、やってます?」

 

「見てわからんのか?もう店じまいだ」


「そこをなんとかなりませんか?」


「ならん。悪いが、明日にしてくれ」


「明日はちょっと来られないんですよ。必ず買いますから少しだけでいいのでお願いします」


「強情なヤツだな……」


 心底、すぐに店を閉めたそうな店長に食い下がり、拝むように体の正面で手を合わせてお願いをする。


「わかった……。あまり時間はかけるなよ……」


「ありがとうございます」


 店長が折れる形で店内に入れてもらえることになった。

 店長に続いてお店に入ると、店内には武器や防具、魔術書やポーションなど、戦闘に使う様々なものが並べられている。

 店自体はそこまで大きくないけれど、どれもいいものが揃えられている。


「お前さん、見ない顔だな」


 ゆっくり歩きながら置かれている商品を一つずつ黙って見ていると、帳場(ちょうば)に座って頬杖をつきながらこちらの様子を見ていた店長が口を開いた。


「さっき、この街に来たところなんで」


「この時期に来たってことは入隊試験か?」


「はい。明日試験なんで今日のうちに色々と見ておきたくて」


「……一応言っておくが、ここだけの話。入隊試験は毎回武器の持ち込みが禁止されている。ここで買っても試験じゃ使えないぞ」


「この店に来たのは、それとは別件なんで大丈夫ですよ」


「それもそうか」


 たとえ試験に武器の持ち込みができたとしても、買ったばかりで日頃から使い慣れていない新品の武器なんて普通は入隊試験に持ち込まない。

 店長の返答からして、そんなアホな真似はするな、という忠告も兼ねて、教えてくれたのだろう。

 店長とそんなやり取りをしているうちに店の商品を一通り見て回ったので、俺は帳場(ちょうば)近くに置かれていた一つの商品を手に取り、店長の前に差し出した。


「これください」


 店長に差し出したのは紫色の花が隅に刺繍されている赤色のバンダナだ。


「これでいいのか?どっちかと言えば女物だが……」


「はい。これがいいです」


 そう答えると、店長は小さく「武器屋なんだから武器買えよ……」などとボヤきながらもバンダナの会計を進めていった。


「スターチスのバンダナ、一つで五カパーだ」


 ズボンのポケットに入れていた五カパーを取り出して店長に差し出す。


「すいません。一つお願いがあるんですけどいいですか?」


「お願い?」


 お金を渡すのと同時に話を切り出す。


「取り置きとかならいいが、面倒事ならお断りだぞ」


「この武器屋の下にある地下室、使わせてもらえませんか?」


 その言葉を言った瞬間、店長の手が止まった。

 先程までの面倒くさそうな態度からは一変。

 周囲の空気が凍りつき、敵意の籠った射るような視線を向けてくる。


「……なんで知ってる」


「もちろん店長から教えてもらったからですよ」


「バカにしているのか?俺は確かに年だが、記憶を無くすほど老いぼれちゃいない。どうしてそのことを知ってる」


「嘘は言ってませんよ。これで信用できませんか?」


 俺はそう言って右手を差し出し、とあるものを店長に見せた。

それを見た店長は僅かに目を見開く。


「お前さん、何者だ……」


「アナタの弟子ですよ」


「……」


 店長は俺の瞳の奥をじっと、まるで心を見透かすかのように見つめてくる。

 気まずく感じるほどの静寂が流れたが、数秒で店長は目を閉じ、俺から視線を逸らした。


「……わかった。相当怪しいが、信用しよう。嘘はついていないようだからな」


 止めていた手を再び動かし、話しながら会計を再開する。


「脈や筋肉の動きまで見るなんて随分慎重ですね」


「これくらい慎重じゃなきゃ今頃生きとらん」


 店長は今、俺に対して【炯眼(ゲイズ)】という中級魔術を使っていた。

炯眼(ゲイズ)】は服や皮膚を透かし見て、相手の心臓の脈や顔などの筋肉の動きを見る魔術で、本来は医療の現場で患者を診断をする時などによく使われる魔術だが、店長は俺の心臓の脈や顔などの筋肉の動きを見て、俺の発言に嘘がないかを観察していた。

 店長は俺に【炯眼(ゲイズ)】を使っていたのがバレていたにも関わらず、まったく気に止めていない様子だ。

 まあ、心肺の動きや筋肉の動きなどは意識したところで簡単にどうにかなるようなものではないのでバレたところで大した問題じゃないんだろう。


「案内する。ついてこい」


「あぁ、いえ、今日はまだ使いません」


「あ゛?」


店長が帳場から立ち上がろうとしたのでそれを止める。


「だったら、いつ使うんだ?」


「最低でも半年以上あとです。正確な日時は分からないので、次にこのお店に来た時にお願いできませんか?」


「半年……。わかった。次にお前さんがやってきた時に使わせよう」


「ありがとうございます」


「一応言っておくが――」


「公言は絶対にしませんよ。それだけは守るので安心してください」


 公言したところでこちら側にも不利益しかないので、言いふらす気は初めから微塵もない。


「ならいい」


 店長は再び【炯眼(ゲイズ)】を使い、俺が嘘を言っていないのを確認すると、購入したバンダナを差し出してくれる。


「お前さん、名前は?」


「リアン。リアン=リワードです」


 名前を名乗りながら、店長からバンダナを受け取る。


「じゃあ、よろしくお願いします。アルム=レイラーさん。ありがとうございました」


 (きびす)を返し、最後にそう言い残して俺は武器屋を出ていった。


「……」


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