二人の門出
一週間後。
俺は珍しく早起きをして、まだ朝日も登っていない深夜のような早朝に自分の旅袋の中をゴソゴソと漁っていた。
今日、俺とロウは街で入隊試験を受けるためにこの家を出ていく。
家族みんなで見送ってもらうことになっているけれど、その前に荷物の確認などを改めてしておきたかったので一時間ほど早く起きて自室の燭台の蝋燭に火を灯して持っていく荷物のチェックをしていた。
しゃがんで作業をしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてくる。
「リア、起きてる?」
ドア越しにまだ寝ている他の家族に迷惑がかからない程度の小さな声が聞こえてきた。
もう何年も聞きなれた声なので顔を見なくてもドアの向こうにいるのが誰なのかわかる。
「起きてるぞ」
返事をするとドアがゆっくりと開き、「おじゃましま〜す」と小さく言いながら、片手に明かりの灯ったランプを持った寝巻き姿のサラが部屋に入ってきた。
「こんな朝早くにどうしたんだ?」
「……その、……これ」
床にランプを置いて、サラは四つ葉のクローバーが隅に小さく刺繍されている巾着型の御守りを差し出してきた。
「御守り……俺に?」
「うん。みんなで見送りする前に渡そうと思って。作るの手間取っちゃって、渡すの遅くなった。ごめん……」
「わざわざ作ってくれたのか」
受け取った御守りをよく見ると、手作りらしくところどころに拙いところが何箇所かある。
けれど、そういうところを見ると頑張って作ってくれたんだという気持ちがよく伝わってきた。
こんなに朝早くに渡しにきたということは、今さっきまで徹夜で作ってくれていたのかもしれない。
「ありがとな」
「うん……」
サラはこういう時、必ず笑顔を向けてくれるけれど、今は俯いていて、どこかいつもの元気がない。
「……」
相変わらず、優しいな……。
言いたいことがあるけれど、それを言ってしまうと俺を困らせるのをわかっているから、サラは気を使って口に出さないでいてくれている。
優しいのに素直じゃなくて、けれどよく見るとわかりやすい。
わかりやすいんだからサラが素直になれない部分は俺が察して汲み取ってやらないと。
「そうだ。俺だけ貰うのも悪いし、お礼しないとな」
「え?お礼なんて別にいいよ。わたしが勝手に作っただけだし……」
「いいんだよ。ちょうどサラに渡したいものがあったんだ」
机の上に置いていたものを手に取り、サラに差し出す。
「これ、よかったら貰ってくれないか?磨いて綺麗にしておいたから」
「これってリアがいつもつけてる……」
サラに差し出したのは俺が普段から首に下げて身につけているリングネックレスだ。
ネックレスの先には綺麗な青い宝石の指輪がぶら下がっていて、橙色の火の光をキラキラと反射している。
「大事なものなんじゃないの?」
「これ……実は俺の母さんがいつもつけてたものなんだ。村が潰れた時に貰って、それからずっと持ってる」
今から七年も前の話。
俺がまだ十歳だった頃に住んでいた村が戦場と化し、俺と妹のシスタは故郷と家族を失った。
このネックレスは母親が亡くなる直前に俺に渡してくれた大切なものだ。
「そ、そんなのわたしなんかが貰えないって。形見なんでしょ?大事にしなきゃ……」
「大事なものだからだ。俺の大事なものだからサラに持っててほしい」
サラは体の前で両手を振り、受け取ろうとしなかったけれど、それでも引き下がらずに指輪をサラに差し出す。
「どうせこれっきり会えなくなるかもしれない、とか思って落ち込んでるんだろ?」
俺もロウも入隊試験に合格した場合は隊が管理している寮に住むことになり、たとえ試験に合格しなかったとしても、この家を出て次の入隊試験に向けて街の方に住むことになっている。
試験の結果がどうであっても、今日で俺たちはこの家を出ていく。
定期的に帰ってくるとは言っても、入隊すれば任務で様々な場所に飛ばされることになるし、街からこの家までは馬車でも丸一日はかかるので、多く見積もっても年に片手で数えられる程度しかこの家には帰ってこられない。
俺たちはこの家でずっと一緒に本当の家族のように暮らしてきた。
これまで何日も会わなかったということがないので、それだけ長い時間離れてしまえば、次第に疎遠になってしまうかもしれないと心配するサラの気持ちもわからなくはなかった。
「だから、指輪持っててくれよ。そうすれば、これっきり縁が切れるなんてことにはならないし、絶対にまた会えるだろ」
このネックレスは言ってしまえばただの気休めだ。
たとえ血の繋がりがなくても俺たちはこの家でずっと一緒に暮らしてきた家族。
俺とロウが家を出たくらいで縁は切れないし、俺たちの実家は間違いなくここだ。
形見のネックレスなんてなくてもまた必ずこの家に帰ってくる。
「……ほんとにいいの?こんな大事なもの」
「持ち主の俺がいいって言ってるんだからいいんだよ。この御守りと交換だ」
先程貰った手作りの御守りをかざして見せた。
「……わかった。でも、貰うのは悪いから一時的に預かるってことにして?」
「あぁ、それでいい」
御守りをズボンのポケットにしまい、ネックレスの留め金を外して両手で持つ。
「せっかくだからつけてみてくれよ」
「えー」
「出ていく前にサラがつけてるところ見てみたいんだよ。いいだろ?」
「……わかった」
サラに近づいて首の後ろに手を回し、ネックレスの留め金を止めて、全体が見えるように数歩だけ下がって距離をとった。
「……どう?」
「うん。よく似合ってる」
「そ、そう……?」
サラの綺麗な白銀の髪には青い宝石がついた指輪のネックレスがこれ以上ないほどよく似合う。
火の光で妖艶に照らされていることも相まって、綺麗だと、心からそう思った。
「えっと、その……ありがと。大切にする」
「俺もこの御守り大切にするよ。ありがとな」
目が合うと、何故か自然と口角が上がり、お互いに微笑み合った。
「入隊試験、頑張ってね」
「あぁ。絶対にロウと一緒に合格するから安心して待っててくれよ」
数時間後。
夜明けと共に俺とロウは家族全員に見送られて、入隊試験を受けるために街へと向かった。