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してはいけない努力

 いつも通りの朝。

 幼い子供たちは既に朝食を食べ終えて外に遊びに行き、いつものメンバーで食卓を囲んでいた。


「ロウくん、また朝から走ってたの?」


「うん。毎朝の習慣だから走らないと逆に気持ち悪くって」


「朝っぱらからご苦労なこったなぁ」


 親父が珈琲を飲みながら会話に加わる。


「どれくらい走ってるんだ?」


「いつもは五キロくらいだけど、最近は倍の十キロ」


「「十キロ!?」」


 モナ姉と親父が同時に驚きの声を上げた。

 この家は人里から少し離れた山の中にある。

 周囲には高さの違う山々がいくつも連なっていて基本的にどの道も坂。

 場所によっては崖のようになっているところもあるので、平坦な道をただ十キロ走るのとはわけが違う。

 モナ姉も親父もこの家の周囲の地形をよく知っているから声を上げて驚いているのだろう。


「そんなに毎日走って、体とか大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。あと一週間で入隊試験だし、最後にできるだけ追い込んでるだけだよ」


「追い込むのはいいけど、怪我なんてしたら元も子もないから無理だけはしないようにね?」


「わかってるよ」


 俺とロウは今からちょうど一週間後。

 この家から少し離れた街に拠点を置いているとある隊の入隊試験を受けに行くことになっている。

 俺とロウはその隊へ入隊し、目的を果たすために何年も前から体を鍛え上げ、自身の実力を磨いてきた。

 俺たち二人は今年で入隊試験を受けられる最低年齢の十七歳になったので、ようやく大きな一歩を踏み出すことが出来るようになった。


「ロウはすごいね」


 妹のシスタがロウに対して感心したのと同時に、シスタの視線が会話に参加せず、朝食を食べながら黙って話を聞いていた俺の方に向く。


「それに比べて、兄さんは……」


「俺はいいんだよ」


「いいわけないでしょ。兄さんも一週間後にロウと一緒に入隊試験受けるんだよ?わかってるの?」


「わかってるよ。ごちそうさま」


「あ、ちょっと!兄さん!」


 残っていた一切れのパンを口に頬張り、食べ終えた食器を台所にまとめて、自室がある二階へと戻った。



 *



 リアンが二階に上がって行った後。


「そういえばリアンの奴、最近ずっと部屋にいるな。どうかしたのか?」


「さぁ。少し前からいきなり部屋にこもるようになっちゃって……。それまではロウくんと一緒に頑張ってたんですけど……」


「もうすぐ入隊試験だろ?大丈夫なのか?」


「「……」」


 入隊試験がまじかに迫っている時期に入隊試験に向けて何もしていない状態が大丈夫であるはずがない。

 その場にいた者たちは何も言うことが出来ずに黙り込んでしまった。


「リアンなら大丈夫だよ」


 心配そうな顔をしている面々の中、ロウが心配なんて全くしていなさそうな声でみんなの不安をかき消す。


「きっと、なにか考えがあるんじゃないかな?」


「そうだといいんだけど……」


「……」



 *



 朝食を食べて、自分の部屋に戻った俺は先ほど起きたばかりのベッドに再び寝転がっていた。

 頭の後ろで腕を組んで、天井をぼーっと見つめていると、ノックの音が部屋に響くのとほぼ同時に扉が開く。


「サラだけど。入るよ」


「入ってから言うなよ……」


「……」


 寝ていた体を起こし、ベッドに座ったまま部屋に入ってきたサラの方を向くが、サラは黙ったままこちらを見ているだけ。

 なにも話そうとしなかったので、こちらから話す。


「わざわざ部屋なんかに来てどうした?なにか用か?」


「リア……なにかあった?」


「なにかって?」


「誰かと喧嘩したとか、悩み事があるとかさ……。わたしでよかったら聞くよ?」


「べつに。サラが心配するようなことは何もないよ」


「なら、なんで最近ずっと部屋にいるの?少し前までロウと一緒に頑張ってたじゃん。このままじゃほんとにロウだけ受かって、リアは……」


 サラはそこから先を口にしなかったけれど、サラが何を言おうとしたのかはわかる。

 このまま何もしなければ、俺は入隊試験に落ちることになる。

 サラはそう思っているんだろう。


「……サラ」


 ベッドから立ち上がり、サラの元へと近づいていく。

 手を伸ばし、サラの頭の上にぽんと手を置いた。


「ありがとな。そんなに心配してくれて。でも、心配しなくて大丈夫だ。俺が最近、部屋にこもってるのは部屋で柔軟や筋トレを重点的にやったり、そこにある鏡で剣の型を確かめたりしてるからだ。別にサボってるわけじゃない」


 俺は部屋に置いてある等身大の姿鏡を指さしたり、立てかけてあった木剣を手に取ってサラに説明した。


「入隊試験に向けて、俺なりに準備はしてる。だから心配しないでくれ。な?」


「……ほんとに?」


「ほんとだ。こんなの嘘ついてもしょうがないだろ」


「じゃあ、なにか悩み事とかがあるわけじゃないの?」


「そんなの別にないよ。この家にずっといるんだから何かあったらすぐにわかるはずだろ?」


 サラは少しの間、疑心で俺の顔色を見ていたが、どうやら納得してくれたようで、ふっと息を吐いて笑顔になってくれた。


「なら、初めからそう言ってよ。家族みんな心配してるんだからね?」


「ごめんごめん。心配かけてたんなら、みんなにも大丈夫って伝えておいてくれるか?」


「わかった。伝えとく。あと、髪崩れるから頭は触らないで」


「ほんとは頭撫でられて嬉しいくせに」


 朝に子供たちにしているように頭をクシャクシャと撫でてやると、照れながら「う、うれしくなんかない!」と言って、俺の手を振りほどき、頭を抑えてクシャクシャになった髪を元に戻していた。

 唇を尖らせて少し不機嫌そうにしているのが可愛くて面白い。


「それじゃあ、頑張って……。気が向いたら差し入れとか持ってきてあげるから……」


「あぁ。ありがとな、サラ」


「どういたしまして……」


 不機嫌そうにしながらも最後にそう言って、サラは部屋を出ていった。


「ふ……」


 サラが階段を下りていく音が鳴り止んだのを確認してから短く一息吐き、説明する時に手に持った木剣を元の場所に戻す。

 木剣を握っていた手を見ると、小刻みに震えていた。

 その震えを誤魔化すように拳を握り、再びベッドに飛び込んで横になる。

 そのまま特に何をするでもなく、ベッドの上でグダグダと過ごし、その日は終わった。

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