『乱戦予兆と絶頂』
早乙女玲子は自己中ではない。
多少性格には問題があるが、文武両道な上に美人でスタイルも抜群。
さらに祖父母や両親共に地位も名誉もお金もある。
正直、自己中心的な性格になっていたとしてもおかしくはないぐらいの環境と境遇。
しかし玲子はそうはならなかった。
親の躾のおかげなのかもしれない。
今の玲子が存在するのは、遺伝子や育ってきた環境のおかげが大半なので、両親や祖父母、先祖達のおかげというのも理由の1つであろう。
もちろん玲子自身、両親達には普通に感謝している。
しかしそれだけではなく、自分自身が最高と思える為の努力を常にしてきた。
学業は当然のこと、色々な知識を得る為の見聞や、体型を維持する為のジムや食事制限、さらには美容に関しても並々ならぬ努力をしている。
本人的には納得のいかないところはもちろんある。
しかし努力をしている自分が自分を認めなければ、やりがいもない上、さらなる努力をしないと玲子は常日頃思っていた。
自己中心的ではなく、かなりの自信家であった。
まぁ、その極度の自信のおかげで友達と呼べる人は至極少数なのだが・・・。
そんな玲子の前に、変な男から庇うように身を挺して間に入ってきた女性。
どこからどうみても普通にかわいい感じの、玲子とあまり変わらない年齢であろう普通の女性。
格闘技もかなり嗜んでいる玲子は、この女性よりも自分の方が色々と対応できるとは思ったが、折角助けてくれているのに無駄にするのも悪いし、なによりも仕事終わりでめんどくさいので、とりあえず様子を窺うことにした。
「面倒だな!」
間に入ってきた女性が、玲子の思考を読んだかと思うぐらいのタイミングで言い
「行くぞ!」
同時に全身が光り、昨日、裏林で見た真っ黒な『攻撃特化型』スーツに変身した。
その普通にかわいい感じの女性・・・
『藍田聖』が攻撃特化型スーツを装着した。
「う、うぎゃあっ!?スーツ持ちっ!?」
男が驚き、悲鳴と共に尻餅をつく。
「やはり奴らか!殺す!」
男がスーツを認識していることで、疑いが確信に変わり、完全に攻撃対象になった。
聖が左腕を男に向け、手首を下に下げる。
腕の甲の部分が開き、昨日学校裏で大爆発を起こした小さなミサイルが顔を出す。
「ちょっ!ちょっと待ちぃなっ!!」
男同様に驚いていた玲子が、素早く聖の首に後ろから右腕を回し右足をひっかけて身体を左に捻ると、スーツを着ている聖でさえ自重でバランスを崩してあっさりと後ろに倒れた。
聖が後ろを全く気にしていなかったからこそできたことであって、小川美紅のスピード特化型スーツであれば倒すどころか腕を回す前に避けられていたとは思うが・・・。
「くそっ!なんだっ!お前も奴らかっ?」
「ちゃうわっ!あんた、裏林の次は学校まで破壊するつもりかっ!?」
咄嗟に立ち上がろうとする聖を、身体を乗せて動けないようにする玲子であったが、さすがに生身ではスーツの力には及ばず、玲子を乗せたまま起きあがり出した。
「ああっ!もうっ!Gっ!!」
かけ声と共に玲子が光りに包まれ、ブロンズ色の重々しい防御特化型スーツを着た。
起きあがりかけた聖をスーツの力で強引に寝かし付ける。
「落ち着きっ!あんたの敵ちゃうわっ!ただ学校まで破壊されたくないだけやっ!!」
「くっ!」
抵抗を止めて力を抜く聖。
「ひ、ひぃぃっ!!スーツ持ちが2人もぉぉっ!?聞いてないぞぉっ!?なんて最悪な日だぁぁぁっ!!」
男が四つん這いで逃げようとした。
咄嗟に力を入れてしまったせいか逆に力が抜けてしまったのか、顔が異形のモノに変わっていく。
ネズミのようであった。
「あ!忘れるとこやったわ!」
身体を起こして右腕に盾を出した玲子が、腕の力だけで盾を投げる。
ブーメランのように勢いよく回りながら飛んだ盾は、四つん這いで逃げる男の臀部から頭の方に抜けて身体を前後に切り裂くと、そのまま地面に突き刺さって動きを止めた。
「え?当たってもーたで!!ってゆーか、弱っ!」
行く先を塞いで動きを止めるだけのつもりだったのだが、綺麗にネズミ男を核ごと切り裂いていた。
真っ二つになって身体の前と後ろを重ねて動かなくなった男を見ると、地面に刺さっていた盾を指パッチンで消す。
小さな爆発と共にネズミ男が焼失した。
「うぉっ!爆発するんかいなっ!結果学校破壊するんかと思って焦ったわっ!!」
もう爆発しないことを確かめると、聖の上から降り、ゆっくりと立ち上がった。
「昨日は男やと思とったけど、あんた女やったんやな?」
玲子が右手を出し、聖が立ち上がるのを手助けしながら言った。
「あんたもエッジなのか?」
聖が玲子の手を掴んで立ち上がり、スーツを解いて睨む。
「はぁ?あんた失礼やな!」
玲子もスーツを解き、特に汚れてはいないがとりあえず服を叩いて埃を落とす素振りをしながら睨み返す。
「誰がエッチやねんっ!?初対面の人間にいきなり聞くことちゃうやろっ!?」
思わず苦笑する聖。
「違う違う!『H゛』だ!」
「はぁ?あんたは知らんけど、うちはエッチちゃうわっ!!エッチに特化してる奴に困ってるぐらいやっちゅーねんっ!」
そんな不毛な会話が少しの間続いた・・・
その15分後、緋色チヒロの4畳半の部屋に、スーツ持ちが集合した。
スピード特化型の小川美紅
防御特化型の早乙女玲子
攻撃特化型の藍田聖
人工改造スーツの緋色ふみ
そして、発展途上黒タイツ型の緋色チヒロ。
そこにあおいと花、チヒロの母親の奈摘を加えた女性7人と男1人。
学校前で初対面した玲子と聖は、色々と会話をした後、そのまま緋色家に訪れ、順番に自己紹介を済ませていた。
「子猫ちゃん!聖ちゃんにスーツの機能を教えたってぇな!バディがおらんせいでなんにもわからんから、すぐにミサイルばっかり出しよんねん!」
玲子達が訪れた理由の1つがそれであった。
ちなみにバディとは、スーツを異世界から運んできたあおいや花、玲子のスーツと一体化したキューのことを言っている。
もちろん聖のスーツを運んできた異世界人もいたのだが・・・
「存在が完全に消えてもーたみたいやで・・そんな奴見てないしおらんかったってゆーてるわ!」
「あぁ!なんとなく『ヘソに着けて変身して!』って声が聞こえた感じはしたけど、私も襲われてて必死だったからよくわからない・・・」
玲子の言葉を聖が補足する。
「・・そうか・・消えたのか・・」
あおいが美紅の姿でうつむいた。
「あの・・お話し中本当に申し訳ないんだけど、とりあえずあおいと花は、猫とインコになろうか?部屋が狭すぎて先生のお尻が顔に当たるんですけど!」
座っているチヒロが、壁とお尻に挟まれながら言った。
「またこいつはっ!?」
「オレはなんにもしていないっ!!」
気付いていなかったのか、振り返って危うく殴りそうになる玲子に、必死で目をつぶってガードをしようとしたチヒロの手が玲子の胸を押し上げた。
「こっ、こいつだけはっ・・・」
「この子がスケベ特化型の子?」
聖が真顔で言った。
「そうや!今みたいにスケベが自分の意思ではなく寄ってきよるからめっちゃタチ悪いねんっ!うちなんか隅から隅まで全身見られてるっちゅーねんっ!聖ちゃんも気ぃつけや!」
ベッドに避難して腰掛けた玲子に、聖が真顔で頷いた。
「それでじゃ!どうするつもりなんじゃ?ちひろの強化ぱーつとやらを集めないといかんのじゃろ?」
ふみが冷静に言った。
子猫になったあおいが応える。
「そうだね!ただ、厄介なことに奴らも強化パーツを取り込むことで強くなるようだから、一筋縄ではいかなくなったけどね・・」
「面倒なすーつを作ったもんじゃのう!」
「すまない!技術的に、そうせざるをえなかったんだ!能力を詰め込む為に!」
「あの御方とやらは、そんなに強いんかいな?」
しょうがなくベッドに座った玲子が、胸の下で腕組みしながら言った。
胸の大きさが強調される。
ベッドに腰掛け、タイトなミニスカートで足を組む姿は、男なら決して見ずにはいられないポーズであった。
『オレがラッキースケベ特化なら、先生は無意識エロ振る舞い特化だよな』と、チヒロは思った。
チヒロの横に移動していた美紅が、『またいやらしいことを考えているな』と睨む。
「たぶん今のままじゃ僕らは秒で負けるだろうね」
「というより、パーツが揃ったらそんなに凄いんかいな?スケベ特化型は?」
「考えられる全ての能力を装備したからね。」
「早く集めろっちゅーことか」
「そうだね」
「早く集めな、どーせよからぬことに使いよるからなぁ!視覚強化の録画再生とかでっ!!」
途端、チヒロが全員から目を逸らす。
恐るべし読みの玲子に、内心震えていた。
「ヒロ?今の反応は何かな?」
美紅がチヒロの顔を覗きこみながら言った。
顔は笑っているが、目は笑っていない。
「視覚強化は録画再生はもちろん、光も遮断できるから、美紅が変身時の全裸が綺麗に映っていたからね」
あおいが、チヒロがその後どうなるかなどは全く気にせずに言った。
真っ赤になって震える美紅と、真っ青になって震えるチヒロ。
「まぁ、下半身だけ変身を解いたりはできないから、変なことはできないと思うけど、とりあえず消しておくよ!」
「あおいちゃん、お願いねっ!!」
美紅が、チヒロを血走った目で睨みながら言った。
「若いのう」
「チヒロ、残念ね!あはははは」
曾祖母と母親は呑気であった。
「本当にいいのかい?」
猫のあおいが聖を見上げながら言った。
「あぁ!この装備の使い方が一瞬で全部わかるのならやって欲しい。」
「たぶん大丈夫だとは思うけど、やったことがないからね・・・」
珍しく心配そうにするあおい。
「構わない!やってくれ!」
「わかった!じゃあやるね!」
あおいのしっぽの先が光り、攻撃特化型スーツの使用方のデータを、聖の脳に直接ダウンロードしようと、肩に跳び乗りしっぽを頭につけた。
途端
「ああああぁんっ・・・」
聖が絶叫と共に全身を震わせ、みんなの目の前で、エクスタシーに達した。
横向きに倒れ、虚ろな目で小刻みに震える聖
一同が呆気にとられる中、なんとか玲子が口を開く。
「いや・・あの・・聖ちゃん?今、イッちゃったよね?だ、大丈夫かぁ?」
みんなに見守られながら、聖は快感の余韻に身体をピクピク震わせていた。
「三郎太・・・」
「やっぱり兄ちゃんだよ・・・」
「だからあれ程気をつけろと言ったのに・・・」
「さぶ兄・・・」
春日乃北高校の閉ざされた門の横で、男性3人と女性1人が地面の焼け跡を見て呟いている。
数時間前に、玲子がネズミ男を倒した場所・・・
「次郎、匂いを辿れないか?」
「やっている!若い女だな!しかも2人!」
「許さないっ!さぶ兄を殺しやがって!」
「兄ちゃんのことだから、ナンパして襲おうとしたら殺されちゃったんじゃない?」
「そんなことはどうでもいい!早朝から動くぞ!次郎、匂いを辿って場所を特定しておけ!」
「わかった!太郎はどうする?」
「念のため、ネズミを集めておく!五郎と四子も戦う用意をしておけ!」
「わかった!」
「わかったよ、兄ぃ!」
街灯の薄明かりの中、殺された三郎太の復讐の為に、ネズミ五兄妹の残りの四人が静かに動き出そうとしていた。




