「少女の秘密」
緋色チヒロの部屋で、子猫あおいとゴスロリ花、チヒロの母親の奈摘が座っていると、急に耳鳴りのような音と共に大きなボールを抱えた真っ赤な重々しいスーツが現れた。
「どうなっとるんじゃ?」
抱えていた球体をゆっくり床に降ろすと、甲高い機械音とまぶしい光と共にスーツが消え、そこに緋色ふみが立っていた。
「すでに奴らはおらんし、これだけが残っとった!これはいったい何じゃ?」
巨大な金色の球体・・・
ふみが持ち帰ったそれは、チヒロのスーツの翼が、小川美紅とチヒロを包みこんだ球体なのだが、ふみにはわからない。
10分程前、突然ジョニーから、奴らの反応があったと連絡があり、ふみが変身して向かった。
「ぎりぎり10分じゃ!またやらかすとこじゃったわ!」
チヒロと美紅が奴等と戦ったマンションに向かい、さらにここまで球体を運んできた時間を言っているのであろう。
球体は窓や扉から入れられるような大きさではなく、チヒロの部屋の中まで一緒に転送する設定にかなり手間取り、危うく10分を過ぎるところだった。
「スーツ自体はともかく、転送の技術は凄いね」
あおいが素直に言った。
「確かにな!仕組みは全くわからんのじゃが・・しかし、この物自体が全くもってぽんこつじゃからのう!」
ふみの所属する組織・・『H"』の改造スーツには重大な欠陥があった。
装着した人の細胞を、少しずつ破壊していく・・・
それは前大戦での異世界スーツの部品を使っていたとしても、現時点での科学の限界であった。
「そのスーツ、あまり着ない方がいいね」
子猫あおいが、金色の球体に近づきながら言う。
「ふみじゃなきゃ即死だ!」
「そうじゃ!おかげさまでな!」
ふみが胡座をかいて座り込みながら、皮肉ぎみに言った。
実際、ふみじゃなきゃ即死は免れなかった。
『H"』スーツを着た途端に細胞が破壊されていき、3分経たずに跡形もなく消えてしまう。
では、なぜふみは大丈夫なのか?
それ以前に、ふみは90歳近いにも関わらず、見た目は中学生ぐらいなことはなぜなのか?
「本当にすまない・・まさかあの時の治療がそんなことになっているなんて・・・」
子猫が深々と頭を下げる。
「それは責めとらんじゃろ!おかげで孫や曾孫にも会えたんじゃからな!あのままじゃ、我が子ですら育てられんかったわい!」
ふみがまだ若い頃、奴等が言う『あの御方』が攻めてきていた時、ふみは脳腫瘍を患っていた。
それを治したのが当時は『どぶ子』と呼ばれていたあおい。
だが、こちらの世界に来て間もなかった『どぶ子』は、ネットなどがまだない世界では人体の情報を完全には得ることができず、手探りでふみの脳腫瘍を治療し完治させはしたが、人体の触ってはいけない部分に触れてしまったのか、それとも異世界の『どぶ子』の何かしらの組織が混じってしまったからなのか、ふみの身体は凄い再生能力を持った身体になってしまっていた。
その時から、ふみは歳を重ねても見た目は18才の女性。
その脅威的な再生能力により、スーツを着て細胞を破壊されながらも再生する・・・
ふみが欠陥人工スーツを着れるのは、そのおかげであった。
しかし、その脅威的な再生能力のせいで、10分以上スーツを着ると再生力が暴走して細胞破壊をも上回ってしまい、ふみは徐々に若返っていく・・・
現在のふみが、見た目は13才ぐらいの少女なのは、それが原因であった。
「まぁ、子孫がわしより老けて死んでいくのはかなり辛いがな・・・」
「フーミン・・・」
目を閉じて言うふみを、孫の奈摘が後ろから抱きしめる。
子供を抱きしめる親のように見えてはいるが、実際にはおばあちゃんを抱く孫・・・
事情を知る者には、異様かつ悲しい光景であった。
「・・・」
ふみから球体に視線を移したあおいが、両前足で球体に触れる。
「これはチヒロだね!たぶん自動防御機能が働いているんだと思うよ!」
「そうじゃろうな!ちひろとその嫁の生体反応はするからのぅ!まさか中でいちゃいちゃしてるんではあるまいな?」
「とりあえず開いてみるよ!」
「あらやだ!真っ最中だったらどうしましょ!」
やはり奈摘が素ボケをかます。
もちろん奈摘は本気で言っているし、目が期待で輝いている。
「意識はないみたいだね」
あおいが、尻尾の先で球体に触れると、静かにゆっくりと球体が開いて翼の形に戻ると、チヒロの背中に戻る。
チヒロに後ろから抱えられた美紅。
2人共意識を失っている。
「美紅は無事だけど、チヒロはボロボロだね」
「治せるんじゃろ?もう、わしみたいなことにはならんじゃろうし!」
「もう大丈夫だよ!ただ、2人のスーツから戦闘データと言うか2人の見たことを覗かせてもらうよ!」
「なんじゃ!今はそんなこともできるのか?助平じゃのう!」
「私も見たいわぁ~」
もちろん奈摘も乗っかってくる。
「後でテレビに写すよ!」
「異世界は、はいてくじゃのう!」
「わくわくするわぁ~」
あおいは、そんな色々とズレた緋色女子達を無視して、チヒロのスーツを解除した。
スーツの製作者だけに、あおいだけが外部から装着も解除もできるようであった。
まさかこの子猫がスーツを作ったとは、誰も気付かないだろうし、言われても信じないであろう。
子猫は尻尾の先を光らせると、チヒロの折れた肋骨辺りに触れた。
「イッ痛たたぁぁぁっ!!」
突然の左肩の激痛に、叫びながら目を覚ました緋色チヒロは、その原因であろう肩を持つ人物を弾き飛ばそうとして、少女であることに気付いて手を止めた。
「な、何っ!?って、誰っ!?」
「そっくりじゃのう!あの人もわしの乳房が大好きじゃったわ」
弾き飛ばそうとした手が、少女の小ぶりな両胸に触れている。
「ん?」
一瞬間を開け、少し揉んでしまってから気付いたチヒロは急いで手を引っ込める。
「うわぁっ!ごめんなさいっ!」
「もう大丈夫そうじゃな!ほれ!左肩が動くじゃろ?」
少女に言われて肩を動かしてみる。
「え?は、はい・・・痛くないです・・・あれ?」
脱臼していた肩はもちろん、骨が折れてると思っていた左胸の痛みもなくなっている。
それよりも、なぜか自分の部屋のベッドの上にいる。
「あれ?確か・・・み、美紅ちゃんはっ!?」
咄嗟に立ち上がってしまったチヒロに、子猫あおいが静かに応える。
「美紅は無事だよ。先に起きて自分の家に着替えに行った!花を連れてね」
「よかったぁ・・・」
「それより・・」
トコトコと歩き、室内に落ちていたリモコンを前足で押すと、静かにテレビがついた。
「これは美紅が変身時に見ていた光景だよ」
そこにはチヒロを蹴飛ばした裸の女性が、もちろん無修正で映っていた。
「え?何?」
さすがに知らない女の子と裸の女性が映った映像を見るのを躊躇したチヒロは、テレビから視線を反らしたその目に見慣れた人物の顔が飛び込んできた。
「え?かあさん?」
母の奈摘が正座して笑顔でチヒロを見ていた。
少女に隠れきれてはいなかったが、立っている少女のせいで存在に全く気が付かなかった。
知らない女の子と自分の母親とで裸の女性の映像を見る。
この状況に、失神明けのチヒロは完全にパニクった。
「え?何?これ?え?ドッキリ?え?」
挙動不審なチヒロにさらに追い討ちをかけるように部屋の扉が開く。
「ヒロ、起きた?」
小川美紅がインコの花を肩に乗せて入ってくる。
知らない女の子と母親と大好きな娘と・・・
正にカオスであった・・・・
「私は大丈夫だよ!」
美紅がガッツポーズを取りながら言う。
「完全に食べられるなこれはって思ったけどね・・・」
苦笑を浮かべる美紅の頭を、インコからゴスロリ少女姿になった花がよしよししている。
「それよりヒロの、ひいおばあさまって、若すぎますけども・・・」
「ふぅみんと呼んでもらえるか?ちひろの嫁!」
「よ、嫁っ!?」
美紅が真っ赤になって下を向く。
「かわいい娘が来てくれて、私もうれしいわぁ!」
奈摘が相槌をうつ。
「いや!ちょっと待って!やっぱりなんかこの状況理解できないんだけど・・」
多少の説明は受けたが、いまいち覚束ないチヒロが、こちらも赤面しながら会話を止める。
少女は曾祖母、かあさんは異世界事情をその曾祖母に聞いて、ある意味チヒロよりもよく知っている。
理解はした。が、いつものことだが頭がついていかない。
「それで、あおいは何が言いたいんだっけ?」
とりあえず話を戻そうと試みた。
そんなチヒロの気持ちを知ってか知らずか、あおいが話を進める。
「そうだね!この美紅が見ていた映像なんだけど、服が置いてあるソファを見てくれ!」
映像を止め、ソファが映る静止画面を指差す肉球に違和感を感じながらも、そこにはソファに綺麗に畳まれて置かれた服しか映っていない。
「ん?服?服からはみ出したピンクのブ・・」
ブラジャーと言いかけて、美紅やら母親やらがいることを思い出し
「・・下着のこと?」
周りの動向を伺いながら言ってみたが、特に引っ掛かりも突っ込みもなく安堵するチヒロだが、
「全然違う!」
子猫の冷めきった完全否定に、周りからの冷たい視線と溜め息を浴び、苦笑を浮かべて下を向くチヒロ。
「よく見てよ!このソファ!妙に沈んでいないか?まるで誰かが座っているかのように!」
「本当だ!気が付かなかった!」
美紅が驚いて声をだす。
「そこで画像を解析してみたんだ!するとこうなった!」
チヒロのスマホを器用に肉球でタップして画像が切り替わった。
そこには、うっすらとではあるが、足を組んで座る男性らしきシルエットが浮かびあがった。
「これ以上はっきりさせることができなかった。たぶんコイツの能力だろう。」
「あの場にもう1人・・人ではないからなんて言ったらいいのかわからないけど・・もう1匹?いたってこと?」
美紅があおいに問いかける。
「うん!しかもこの時点ではタコも気付いていない。」
そこであおいは美紅を見る。
「映像を見た感じでは、美紅はこの人物に救われたと判断して間違いないと思うよ。」
「・・・」
「チヒロの映像も見てみたけど、この後、チヒロが来た時にはすでに誰もいなかった。ふみ、なにか心当たりはないかい?」
子猫はトコトコとテレビの前から離れ、正座するゴスロリ花の足に乗りながら言った。
すぐさま花が、そっと背中を撫でる。
あおいは撫でられることに、花はモフモフを撫でることにハマっているようであった。
「ないのぅ。とかげは最近何回か目撃情報や反応があったせいで『うち』も気をつけてたんじゃが、たこの方は情報が皆無じゃ!かなりの強者そうじゃな!」
「ん?うち?」
腕を組みながら話しだした少女に、チヒロが突っ込んだ。
「もしかして、エッヂ?」
なんとなく頭に残っていたのか美紅が言う。
「よく知ってるな!ちひろの嫁・・美紅じゃったか?」
「はい・・・」
赤面しながら返事をする美紅。
「え?あの外タレもどきの仲間?」
「外たれってのは何じゃ?」
「ジョニーのことだけど?」
チヒロの言葉にひっかかったのか、ふみがもう一度繰り返す。
「外たれってのは何じゃ?」
「外国人タレントの略だけど・・・」
「何じゃ!それを『外たれ』と言うのか!覚えておこう。」
どうも聞き慣れない言葉を覚えたいのか、何故か満足そうに言った。
「ジョニー・・さんの仲間なんですか?」
一応気を使って『さん』付けにする美紅。
「じょにーの奴は、わしの息子って感じか!」
「え?」
絶句するチヒロと美紅。
「ふぅみん、外国人さんとの子供も産んだんですかぁ?父親違いの親戚さんですねぇ。」
奈摘も驚きながら言う。
「ばかもんっ!!わしの操は旦那だけのものじゃ!じょにーはわしの遺伝子から作られた人造人間じゃよ!」
「・・・」
衝撃の事実をさらっと言われ、さらに絶句する一同。
「わし以外にも、人工すぅつが着れる奴が欲しかったんじゃろ!いかんせん外国の血の方が濃すぎて、わしには全く似てないのが最大の失敗じゃがな!」
「凄い・・今はそんなこともできるんだ・・」
美紅が小声で呟く。
「簡単みたいじゃぞ!世間には情報は出ないじゃろうが!採取してから普通に1年で赤子になっておったわ!もう30年も前の話じゃが!」
「・・・」
「い、一応親戚になるんかな?」
チヒロが真顔で呟いた。
「ふわぁ・・とりあえず敵ではないようだね。」
あおいが、欠伸をして伸びながら言う。
「ふみ、攻撃特化型を着ている奴は大丈夫な人なのかい?そっちにいるんだろう?」
「ん?聖ちゃんか?大丈夫だとは思うんじゃが?多少気性が粗いのが欠点じゃが、しょうがないんじゃ!」
「気性が粗いなんてもんじゃないですっ!学校の裏林を全焼どころか、私と先生も丸焼けになるところだったしっ!」
美紅が怒りぎみに言った。
「なんじゃ?美紅ちゃんはあの場所におったのか?」
「はいっ!」
「それはすまんかった!さすがに聖ちゃんもやりすぎたって反省しておったわ!」
「・・・」
それでも膨れっ面の美紅。
そんな美紅をかわいいなぁ~とチヒロは見惚れている。
「美紅ちゃんが闘った蛸なんじゃが、たぶんそいつが聖ちゃんの親と弟を食べたんじゃ・・」
「え?」
美紅とチヒロ、奈摘も驚いてふみを見る。
「途中で青年になったじゃろ?立派ないちもつの!見たじゃろ?」
「そっ、そこは見てませんけどっ!!」
必死で手を降る美紅。
「たぶん聖ちゃんの弟の姿じゃと思う・・・そんなこともあって奴らが許せないんじゃ!」
美紅の振っていた手が止まる。
「ちなみに聖ちゃんは女の子じゃぞ!たぶん男じゃと思っとるじゃろうが!まぁ、チヒロの嫁ほど乳房は大きくないがな!」
みんなが暗くなるのがわかったのか、会話の方向をすぐさま変えるふみ。
見た目は少女だが、やはり年配者であった。
「あ!そうじゃ!」
ふみがおもむろにベッドの下の引き出しを開ける。
引き出しの中の綺麗に畳んで入れてある服の1番下から如何わしい本を取り出すと、チヒロの全く勉強しない机に向かい、マジックペンを持ってキャップを外し、なにやら書き始めた。
「え?なんで知ってっ?」
「ヒロっ!そんなところにイヤらしい本をっ!!」
「あはははは」
焦るチヒロを睨む美紅。
そして笑う奈摘。
そんなみんなを無視して、無言で書いた文をみんなに見せるふみ。
ハイレグ水着の巨乳女性の表紙に、こう書かれていた。
『揺れる巨乳美乳特集!』
そしてその上にこう書かれていた。
『わしはえっぢの幹部に盗聴されておる。わしがおる時は会話に気を付けろ。』
「あんた、エロい身体してんなぁ?」
学校の門の前でしゃがみこんでいた男性が、早乙女玲子に声をかけた。
裏林が全焼したからといって、玲子ら教師は休めるはずもなく、出勤していろいろと対応に追われ、やっと全ての用事が終わり、家に帰ろうとした時であった。
先日、ガレージで愛車を破壊された為、それからは徒歩で通勤していた。
「凄いエロいなぁ」
繰り返された下衆な言葉に、嫌々振り返って見てみると、下品な笑みを浮かべた若者が玲子を下から舐めるかのように見ていた。
今日は、玲子にしては珍しく地味な紺色の礼服を着てはいるが、服だけでは玲子のスタイルの良さを隠しきることはできず、むしろ胸の大きさとウエストの細さを強調しているぐらいであった。
「顔もイケてるなぁ!すっげぇ美人じゃん!」
正直、聞きなれた台詞にうんざりしながらも、いやらしい笑みを浮かべた男性を睨みもせず無表情ながらも見続ける。
いつもの玲子ならば、完全に無視していただろう。
だが、男性はなにかしら異質な雰囲気を醸し出している。
奴らかもしれなかった。
「遊んでくれよ!」
男性が立ち上がり、頭を左右に振って首の骨を鳴らすと、ゆっくりと近づいて来た。
『最悪や!低めのヒールやけどタイトスカートやわ』
内心、踵落としの一撃で終わらそうと思ったが、このスカートではさすがに無理と思案している玲子の後ろから急に声がした。
「お姉さん、下がってて下さい。」
その女性は、近づく男性から玲子庇うように、素早く前に立った。
年齢的には玲子と同じぐらい、背格好も同じぐらい、スタイルは玲子程ではないが、太っているわけでも痩せているわけでもガッチリしているわけでもなく、至極普通の女性。
「お!さらにかわいい系が現れたよ!オレ、すっげぇラッキーじゃん!」
男性は歓喜の表情を浮かべ、今にも涎を垂らしそうなぐらい舌舐めずりをしている。
「お姉さん!ここは任せて、早く帰った方がいい!」
女性は玲子に背中を向け、少し振り返りながら言った。
「無視するなよ!2人共一緒に遊ぼうぜ!」
腕を拡げてウインクしている男性。
玲子の前に立った女性は、ゆっくりと右手を動かし、自身のお腹の辺りを触る。
「あんた、正体はバレてんだよ!なんならその姿のまますぐに殺してやろうか?」
その女性・・・
藍田聖が男性を睨みながら言った。




