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「視力強化って、いろんな意味で最高!」

翌日、春日乃北高校は、裏林の爆発全焼で、もちろん臨時休校になった。


まだ、学校裏は物々しくもブルーシートで隠され、警官と消防隊員が火事の後処理をしているようであった。


しかし、昨夜テレビに映りまくっていた軍服を着た外国人達は、1人もいないようであった。


「ジョニーら、用事はなくなったって感じか・・」


一応学校に来たチヒロと美紅だったが、校門から入ることもできなかった為、変身して裏林の状況を空から確認していた。


「全部燃えちゃったんだね・・・」


チヒロに抱えられた美紅が、小さい声で呟いた。

ゴリラ化した小西を、裏の林まで連れて行かなければ、こうはなっていなかったかもしれない。

昨夜、そう思って落ち込みそうになったが、『林に行かんかったら、校舎がこうなってたんちゃうかな』と玲子に言われ、納得はしたものの少しは責任を感じていた。


「本当に校舎じゃなくてよかったよ」


チヒロが、美紅の考えを読んだかのように言った。

幼馴染みだけに、多少は気持ちがわかるようであった。

まぁ、女心は全くわからないのだが・・・。


「ん?美紅ちゃんっ!隣のビルに誰かいるっ!」


抱きしめている美紅のつむじを見た視界の隅に視線を感じ、何気に学校の隣のビルの屋上を見ると、誰かがこっちを見ていた。


「ヒロ?ステルスしてるよね?」


美紅もビルの屋上を見て言う。

明らかに2人の方を見ている人影が立っている。


「うん・・してるけど・・・」


「女の人?」


チヒロが数少ない強化パーツの視力強化を活かし、ズームして見てみると、上下黒のスーツをスタイリッシュに着こなしている、ショートボブカットの美人なお姉さんであった。


「めっちゃ美人・・・」


「・・それ、今、関係なくない?」


ふと呟いてしまったチヒロの何も特化されていない脇腹に、美紅の肘が刺さる。


「ぐほっ・・」


「あっ!またおもいっきりやっちゃった!ごめんヒロ!大丈夫?」


「い、一瞬視界が白くなったけど、だ、大丈夫・・・」


「ごめんね・・でも、ヒロが悪いんだからねっ!ん?あの女の人、頭抱えてる?」


美紅がチヒロに見えるように両手を合わせて謝るが、ステルスのせいでチヒロどころか美紅自身にももちろん見えていない。


「なんか、頭おさえて、どいつもこいつもって顔してるよ?」


チヒロがその女性の考えを、もののみごとに言い当てながら近づいて行こうとした時、女性が首を横に降り右手で遠くを指差した。


「えっ?向こう?」


指差された方向に目を向けると、チヒロの意思とは関係なく、勝手に100メートル程先のマンションの一室がズームになっていった。


ズームになったマンションのベランダの窓越し、カーテンの向こう側に、巨大なトカゲの後ろ姿が見えた。

視力特化パーツの自動探査機能・・見ている方向に奴らがいる場合、ズームになり教えてくれる便利な機能が、チヒロの意思に関係なく作動していた。


「美紅ちゃんっ!奴らだっ!」


「え?どこどこ?」


「とりあえず行こう!」


腕の中でキョロキョロしている美紅を落ちないようにしっかりと抱えたまま、トカゲの方に飛んで行こうとして、一瞬、女性の方に振り返ったが、そこにはもう姿は見えなかった。


「教えてくれた・・のか?」


「あっ!女の人、いつのまにかいなくなっちゃった?」


「誰なんだろ?味方?」


「・・なんか最近、ヒロの周り、女の子だらけだよね?」


「う~ん・・・でも、さっきの女の人より美紅ちゃんの方が断然おっぱい大き・ぐはっ・・・」


「ほらっ!行くよっ!!」


戦う前からダメージを喰らうチヒロは、フラフラになりながらも美紅を抱えてマンションへと飛んだ。




「誰が貧乳っスかっ?!聞こえてるっスっ!」


黒のスーツをスタイリッシュに着こなした女性・・・

マキは、先の尖ったヒールで、上手に小石を蹴った。


先程まで屋上に立っていたビルの側道に、転がる石コロとヒールの音が響く。


「本当に男って奴はどいつもこいつもっスっ!!」


たぶん、どいつが北倉で、こいつがチヒロであろう。


『例の件を緋色君に教えてあげて』と、その北倉に頼まれたから来ただけなのだが、なぜに教えた本人に感謝されずに貧乳呼ばわりされてるのかわからず、かなり怒りながら、モデルばりの・・いや、作った見た目や歩き方ではなく、自然に格好よく歩いている。


「形は最高っス!!」


服の上から自分の胸を両手で触りながら頷いて納得し、停めてあった大型バイクの上の、真っ黒なフルフェイスヘルメットを手に持って被る。


その姿だけでも、写真に収めておきたいくらい流れるような動作。

さらに右足を上げてバイクに跨がり、セルではなくキックでエンジンを1発でかける動作が加わる。

そのすべての仕草が優雅で、写真や絵にして飾りたいぐらい美しい。


「でもやっぱり巨乳は嫌いっス!美紅って子、高校生であの巨乳は反則っスっ!何を食ったらああなるっスかっ!最悪っス!」


と言い残すと、アクセルをひねり、その場から去って行った。






その頃、緋色家の玄関のチャイムを鳴らす人物がいた。


「はぁい」


インターホンからチヒロの母親の声がする。

チヒロの母親『緋色奈摘』は、家事をしながら執筆業をしているようで、買い物と取材時以外は家をあけることはなかった。

しかし、チヒロは、母親が何を書いているのか全く知らないのだが・・・。


「わしや!」


インターホンを押した人物は、そう返事をすると、おもむろに玄関の扉を開けた。


緋色ふみ・・

見た目、高校生ぐらいのその少女は、開けた玄関から勝手に入り、後ろ手に扉を閉めた。


「おじゃましたよ」


バタバタと奈摘が玄関に走ってきて、すでに家の中にいる人物を見て驚いた。


「え?お、おばあちゃん?」


おばあちゃんと言われたふみは、少女の眉間に皺をよせると、


「『ふぅみん』と呼べと言っとるじゃろ!」


「あ!そうだった!久々だったから驚いて忘れちゃってた!」


奈摘が嬉しそうに笑いながら言った。


「そうじゃな!確か、この前、ちひろが生まれた時以来かのう!」


『この前』の使い方が普通ではない気はするが、奈摘は違和感なく聞くと、


「そうですよ!一段とお若くなられたんじゃないですか?」


「そうじゃな!なつは老けたのう!」


「そりゃそうですよ!ふーみんの爪の垢でも飲んじゃおうかしら!」


奈摘はかなり若く見える。

それに加え、自分では全く認識していないが、かなりの天然である。

しかし奈摘はそれがマイナスに働いている訳ではなく、童顔で表情も豊かな為、とても愛嬌のある人懐っこいお姉さんと近所の人には思われていた。

実際、チヒロと一緒に歩いていると、知らない人なら姉弟と思われるぐらい若く見られるのだが、言われた相手がふみならどうしようもなかった。


「どうしたんですか?また昔話を聞かせに来てくれたのですか?」


「・・・お前さん、それでかなり稼いでるみたいじゃのう!」


ふみが目を細めて睨む。


「おかげさまで!」


満面の笑みでおじぎをする奈摘。


「前にも言ったが、気をつけるんじゃよ!危ない奴らもいてるからのう!」


奈摘の執筆している物は、ふみから聞かされた『昔話』をかなり脚本し、ライトノベル風に仕上げた小説なのだが、その『昔話』が問題であった。


「大丈夫でしょ!そんなに売れてないし!ヤバそうなら、いっつも編集に変えられちゃってるし!」


「・・そうじゃな!ところで『ちひろ』はおるか?」


ふみの組織の息がかかっている編集者の話になりそうになった為、慌てて本題の話に変えた。

過去に異世界人が攻めてきた話など、監視せずにはいられないのは当然のことであった。


「チヒロに用事ですか?たぶん居てると思いますけど?」


「2階か?」


そう言うと、スニーカーを揃えて脱ぎ、ツカツカと階段の方に歩いて行った。


「最近、近所の幼馴染みのかわいい女の子がよく遊びに来てて、あんなことやこんなことをしているみたいですよ!」


「・・・なつ、相変わらずじゃな・・・」


苦笑しながら溜め息混じりに階段を上がり、一番奥の部屋の前で足を止めた。

知っているはずのないチヒロの部屋の前で。


「さすがおばあちゃん!」


奈摘はふみのことを色々知っているのか、微笑みながら自分の言葉に納得している。


「おじゃまするよ」


おもむろに扉を開けるふみ。

奈摘の言う「あんなことやこんなこと」をしてたら、凄く大変なことになるところだが、残念ながら(?)チヒロと美紅はまだまだそこまでいってないどころか不在、部屋の中には白い子猫とカラフルなインコがいるだけであった。


そして


「え?ふ、ふみっ?!」


「ええっ?!」


子猫あおいの驚いた声と、猫が喋って驚いた奈摘の声が緋色家中に響きわたった。







「美紅ちゃん、玄関側からチャイムを鳴らしてくれる?」


トカゲのバケモノが見えたマンションの上空で、ホバリングしながらチヒロが言った。


「あいつの気を玄関に向けるって訳ね!わかった!やってみる!」


抱きかかえられている美紅が、おもむろにチヒロの腕を持ち、すり抜けようとひろげようとした。

美紅は、スーツの影響だけではなく、元から理解力も行動力も早かった。

残念ながら男心は全くわからないのだが・・・。


「美紅ちゃんっ!落ちちゃう落ちちゃうっ!」


「大丈夫大丈夫♪」


そう言って笑う美紅が、チヒロの手から離れた途端、


「トゥインクルスタぁあっ!!」


玲子に止められていたのに、うっかり胸の下で腕を組んでおっぱいを強調しながら変身してしまい、語尾がおかしくなりながらも光と共に真っ白なマントとパレオ付きのビキニスーツに変身した美紅が、マンションの屋上に向かって落ちて行く。


しかし、このまま落ちて行くかに思えた美紅の身体は、途中で方向を変え、空中で跳ねた。


「やっぱりできた!」


美紅は満足そうに言いながら、足を高速で動かしている。


蹴り出した足で空気を圧縮し、その圧縮した空気を足場にして空中を跳ぶ。

スピード特化型の美紅のスーツにしかできない、とんでもない芸当であった。


空気が圧縮されるたびに、小さく『パン』と音をたてて、美紅が空中を跳ねている。


「え?す、凄っ?!」


チヒロがびっくりしながら見ている。


「作戦スタートねぇー!」


チヒロには聞こえてはいないが、そう小声で言いながら手を振った美紅は、屋上の縁に反対の手をかけ、勢いそのまま最上階の廊下に消えて行った。


「・・・美紅ちゃん、すごいな・・・」


呆気に取られながらも、ゆっくりと降下し、部屋の中から見られないようにベランダの柵を掴み、翼を小さく折り畳んだ。


「それよりこの視力強化、いい仕事してくれるなぁ・・」


ベランダの柵に隠れる様にぶら下がりながら小声でニヤケながら言った。

先程、美紅が変身する際に包まれる光を、視力強化機能がサングラスのようになり、裸になる美紅がはっきりと見えていた。

青少年チヒロにとって、服はどうなっちゃうとか、スーツはどこから現れるとかは全くもってどうでもよかった。


「しかし、戦う前に見るのはマズイな・・・」


正直、抱きしめて飛んでる時もヤバかったが、そこに追い打ちをかけてしまったせいで、チヒロはかなり前屈みであった。


「ん?そうだ!このスーツ、録画再生とかできないかな・・・」


悪巧みを考えるチヒロをよそに、部屋の中でチャイムが鳴った。


「美紅ちゃん、早っ!!」


柵から顔を出して部屋を覗くと、身長2メートルはありそうな2本足で立つ緑色のトカゲと、その足元で倒れているの裸の女性が見えた。

トカゲが玄関の方を見ている。


「えーいっ!!」


チヒロは、強化されている右腕の腕力のみで柵を飛び越えると、その勢いでベランダのガラスサッシを、強化されてる左足で蹴り、割って部屋の中に入ろうとした。


しかし割ろうとしたガラスサッシは開いており、そのままトカゲを後ろから蹴る。


「え?」


「ぐあっ?!」


いきなり蹴られたトカゲは、リビングを飛び越えキッチンを破壊し、冷蔵庫の下敷きになった。


「ら、ラッキーっ!今のうちに女性をっ!!」


起き上がりながら女性の方を見ると、女性は両手両足を鎖で繋がれ、鎖の先は杭で床のボルトに固定されていた。

気を失っているのか、かなりの大きな音がしたにもかかわらず、身動き一つしない。


「くそっ!固いっ!外れないっ!!」


鎖を外そうとしながら、キッチンの方を見ると、トカゲが起き上がろうとしているのか、ガラガラと音がしている。


「ヤバいっ!!」


片腕だけの強化では鎖を引き千切ることができず、必死で救出方法を考えた。


その、一瞬だけキッチンから目を離したのがチヒロの失態であったが、それが逆にチヒロを救った。


トカゲは、素早くキッチンから飛び出すと、天井を4足歩行で移動し、チヒロとベランダの間に立ちはだかろうとした。

が、同時に鎖に繋がれた女性が突然目を開けると、


「邪魔をするなぁぁっっ!!」


と、鎖を引き千切りながらチヒロを両足で蹴り跳ばした。


女性を見ていたチヒロはギリギリ反応することができ、咄嗟にガードした強化されている右腕に当たり、チヒロを、そして正面からチヒロを受けたトカゲを、ベランダの外まで一気に弾き飛ばし、窓枠やベランダの柵もろとも、階下に落ちて行く。


跳ばされたチヒロの目の隅に、鍵が開いていたのか、扉を壊したのかはわからないが、美紅が玄関から入って来るのが見えた。


「くっ!!マズいっ!!あの女の人もかっ!!」


チヒロはトカゲと共に落下し、地表ギリギリで翼を広げ、なんとか地面に叩き付けられるのを免れた。


「くそっ!美紅ちゃんっ!!」


急いでベランダに向かって飛ぼうとした。が、


「イッテぇなぁ・」


ガラガラとガレキを落としながら、トカゲがチヒロの目の前で立ち上がった。

尻尾がいつのまにかチヒロの右足に絡まっている。


「あの女、同族喰いだったか!危なかったぁ・・・」


トカゲは、そう言うとチヒロの両肩を持ち


「兄ちゃんのおかげで助かったぜ!アリガトな!」


頭3つ分は高い位置から、黄ばんだ尖った歯を見せて笑った。


「い・・いや・・」


お礼を言われて困惑し、対応が遅れた。


「でもなぁ、兄ちゃん、おもいっきり蹴ってくれてたよなぁ?それは許せないよなぁ?」


両肩を持つ手に力が入り、尖った爪が防御のない左肩に食い込む。


「くっ・・・」


「とりあえずここでは同族喰いが追いかけてくるかもしれんから、違う所に行こうかぁっっ!!」


言い終わる前に、足に絡めた尻尾でチヒロを持ち上げると、そのまま地面に叩き付けた。


咄嗟のことに対処することができず、背中から地面に叩き付けられる。


「がっ、はぁっ・・・」


翼のおかげで多少はダメージを防げてはいたが、衝撃は防げなかった。

意識が飛びかける。呼吸ができない。

今現在、多少の強化部分はあるが、中身はまだまだ普通の人と変わらない為、地面に叩き付けられただけで、左の肋骨が2本ひび割れ、強化のない左肩が脱臼した。


「がっ・・はっ・・・」


激痛に顔を歪める。


「なんだぁ?兄ちゃん、エッジの奴らではないのかぁ?弱いなぁ!まぁ、奴らなら少女か外国人だから違うかぁ!」


『エッジ』・・緋色ふみとジョニーの組織の名前であろうか・・・

ただ、トカゲの話は激痛と呼吸ができないせいで、聞こえてはいるが頭に入っていない。

もう一度叩き付けるつもりなのか、チヒロの身体が足を上にして持ち上がる。


「ぐりゃぁぁっ!!」


なんとか呼吸を取り戻したチヒロは、言葉にならない奇声を発しながら右手で翼を掴み、痛みを堪えて身を屈めて足に絡まる尻尾を切った。

吊り上げていた物がなくなり、地面に激痛の走っている左肩から落ちる。


「がっっ!!」


意識を保っているだけでも奇跡であったが、チヒロはゆっくり立ち上がると、トカゲと向き合った。


「く、くそっ・・ぐぅっっ・・」


歯を噛み締める。

なんとか現状を把握しようとした。

左上半身のどこが痛いのかわからない。

さらに左腕が全く動かせない。


『マズイマズイマズイっ・・早くっ!美紅ちゃんの所にっ!!』


チヒロは、こんな状況になっていても、美紅の安否しか考えていなかった。

なぜかはわからないが、トカゲよりもさっきの女性の方がヤバいと感じていた。


「いたたたた!尻尾を切ったなぁー!」


尻尾を切られると同時にチヒロと距離を取ったトカゲは、残った尻尾を持ち、切られた部分を見ながら笑った。


「前までなら逆上していたかもなぁ。でも、変な赤い石でパワーアップしたから、平気なんだよなぁっっ!!」


言い終わると同時に、尻尾は切れた所から一気に再生した。


「凄いだろ?兄ちゃん、残念!!次はこっちの番だなぁ!」


「!?」


赤い石と言う言葉だけがなんとか届いた。


『こいつ、何を言ってる?赤い石?パーツ?』


「やっぱり違う所に行こうかぁ?その黒タイツのことも聞きたいしなぁ!ゆっくり楽しもうかぁ~!」


トカゲが満面の笑みを浮かべているのか、口を大きく開け長い舌を見せた。

マンション内で、キッチンからチヒロの後ろに移動した時の4足歩行の速度は、この体格からは考えられないぐらいのスピードであった。

それをするつもりなのか、チヒロの動きを見ながら、ゆっくりと四つん這いになろうとしている。


『どこだ?パーツを持っているならどこに隠してる?』


『ってゆうか、弱点はないのかっ?』


そのチヒロの思考に、視力強化パーツが反応する。


トカゲの姿がレントゲン写真のようになり、赤い点が頭に、ドス黒く光る玉のような物が腹部付近に見えた。


「そこかっ!」


パーツの能力のことや自身の痛みのことなどは思考から消え、ただ目の前のトカゲをいち早く倒して美紅の所に行くことしか考えていない。

それが逆に激痛のせいであったとしても、凄まじい集中力であった。


トカゲの前足が地面に着くと同時に、一直線に距離を詰める。


早い


しかしこの時、トカゲも冷静に攻撃していれば、チヒロには反撃する力はなかったであろう。

現に、トカゲに向かおうとしたチヒロの足は、集中力や気力では庇いきれないぐらいのダメージでもつれてつまづいた。


バランスを崩したチヒロは、左の翼をクッション代わりにして倒れた。


トカゲの右手が弧を描いて迫る。尖った爪が迫る。


チヒロが倒れたまま、左足で地面を蹴る。

地面を滑るように跳ぶ。右手は右翼をヨットの帆のように立てた。


急に目標地点よりも近付いてきたチヒロに、トカゲにはなす術もなく、見事なカウンターとなり、頭のてっぺんから足の間まで、身体の中心を刃と化した翼が通った。


トカゲの身体はもちろん、腹部の核も真っ二つに切り裂き、左右に別れて転がっていき、小さく爆発した。


緋色チヒロ

不完全な強化状態での勝利を、なんとかもぎ取った瞬間であった。


勢いよく地面を滑り、隣のマンションに激突して止まった『かなり不格好な勝者』は、激痛に顔を歪めながらゆっくりと立ち上がると、トカゲを切った辺りに転がる赤い石を見た。

強化パーツである。


トカゲ曰く、奴らは強化パーツを取り込むことで、なにかしらの影響を受け、自身の能力が数倍強くなるようであった。


片足だけの強化で長さが違う為か、歩きにくそうにしながもパーツの所までゆっくりと歩き、拾おうとして屈むが、ダメージが大きく片膝をつく。


「美紅ちゃんっ!!」


そのまま赤い石を右手で拾うと、柵が破壊されているベランダを見上げ、左肩を抑えながら翼を広げ、一気に飛んだ。


大好きな美紅の所へ。

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