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『M』

会合の翌日

緋色チヒロのパーツ集めはすこぶる捗っていた。


「3つは凄いんじゃないか?」


学校から帰宅後すぐさま変身し、小1時間で3つも見つかったことで、チヒロはかなり嬉しそうに言った。


「『翼』と『ステルス』のおかげだよ!」


子猫あおいが、チヒロの肩に乗って周囲のパーツの反応を探りながら、歓喜するチヒロをなだめるように冷めた口調で言った


「姿を消しながら飛べるのがいいよなぁ」


チヒロはあおいを片手で支えながら、翼を器用に動かし右や左に旋回しながら飛んでいた。


ちなみにあおいも保護色チヒロに触れることで保護色になっている。

それは変身しているチヒロが『あおいも保護色になぁれ』と思っているからなのだが、もちろん本人はそこまでわかってはいない。


「しかしさすがだな!緋色の血筋は!」


「ん?血筋?」


唐突に言われ、止まってホバリングをするチヒロ。

ホバリング自体、鳥ですら限られた種類にしかできない凄いことなのだが、もちろんこれも本人はわかっていない。


「チヒロがすぐに翼を使いこなして飛べるようになるとは思わなかったよ」


「うん!オレも!」


さすがに天狗になることもなく、笑いながら素直に認める。


昨日の会合後、ほんの30分程の練習で、会話をしながらでも縦横無尽に飛び回れるようになっていた。


「まぁ、感覚強化パーツのおかげだとは思うけどな!」


「そうだろうね!」


はっきりきっぱりと言い、眉間に皺を寄せる子猫


「でも・・・」


突然、言葉を濁しだしたあおいが、恐る恐る続ける


「スーツ・・・間違った使い方をしてはいないだろうか?」


「え?どういう事?」


「さっきから、『1人暮らしのお姉さんちのベランダに忍び込んで室内を覗いたり』『どっかの会社の女子更衣室の窓から忍び込んでじぃーと観察したり』『スーパー銭湯の女湯に入って女性達と一緒に湯舟に浸かったり』とか・・・」


「・・・」


真剣に聞いていた自分が悔しくて絶句するチヒロ。


「ん?どうした?普通にこの世界では犯罪じゃないのかな?」


「いや・・オレはなぜにパーツがそんな所にばかりあるのかを知りたいよ・・・」


苦笑を浮かべ外国人のように手の平を上に向けて両手を上げるゼスチャーをするが、もちろん『ステルス』のせいで誰にも見えてはいない。


「嬉しいくせに!って、ちゃんと押さえてくれないと落ちるじゃないかっ!」


急に手を離され、猫の手で必死で肩に掴まりながら、目を細めて横目で睨む。


「あ!ごめんごめん!」


急いであおいを支えながら


「って、ちょっと待てっ!危うく聞き流すところだったが、『ベランダ』と『ロッカーの上』と『湯舟の中』ってだけだからなっ!決して覗いたり観察したり一緒に浸かったりはしてないっ!」


「怪しいとこだけどね!」


「くっ・・きっぱり言い返せないっ・・」


「とりあえずパーツの確認がてら休憩しようか!変態チヒロ!」


「変態って言うなっ!立派な男の子って言えっ!」


青少年のサガに苦しみながら、我が家に向かって飛ぶチヒロであった。





その頃、早乙女玲子は美術準備室で帰り支度をしていた。


整った顔立ちの眉間には皺を寄せ、口元は歪ませている。


されど誰が見ても美人。

その顔で罵られたいと思うマニアなら歓喜しそうなぐらい、顔を歪ませていた。


『早く帰りたい』


正直、好きでこの学校に就任した訳ではないが、教師になりたくて教員免許は取得していたし、教師になれたことには喜んでいる。


しかし今日は違った。


『何事もなく無事に家に帰りたい』


必死で身支度を整えると、準備室に鍵をかけ、職員室の前を素通りして階段で1階まで降りた。


『もうすぐや』


真っ赤なフェラーリが停まっている駐車場まで、ヒールの踵を鳴らしながら走りだしそうな勢いで歩いた。

そのせいもあり、あからさまに下品な視線の男子と、羨望の眼差しの女子達に、歩くだけでも揺れる胸の膨らみを見られながら挨拶を交わし、校舎を抜けてガレージの入口に足を踏み入れた時にその存在に気が付いた。


『ん?』


フェラーリの前に人影が立っている。

玲子は小走りから普通の歩く速度に落とす。


「いい車ですねぇ~」


体育教師の小西徹が、玲子に気付いて言った。


「かなり高いんでしょうねぇ~お似合いですけどねぇ~」


身長は玲子より頭1つ大きく、筋肉質でボディビルダー並みの体格をした男が、フェラーリから視線を反らし、玲子の身体を足先から頭のてっぺんまで舐めるように見ながら言った。


「祖父からのプレゼントなんです」


玲子は寒気がしたのを悟られないようにしながら、車に近付く。

顔は、先程までとは違い、誰もが見惚れてしまうぐらいの笑みを浮かべている。


ちなみに内心では

『なんで今ここにおんねんっ!早く帰らせろやっ!』



「容姿も素晴らしいし~羨ましい限りです~」


短髪で色黒の小西が、異常な程白い歯を見せて笑いながら言った。

隠そうと努力はしているようだが、その笑みにいやらしさが滲み出ている。

イケメンではないが普段は愛嬌のある顔なのだが、玲子の美貌とスタイルがそうさせてはくれない。


『語尾を伸ばすなやっ!きしょいねんっ!』


さらに


『筋肉野郎も色黒も大嫌いやねんっ!』


悪態を吐き続ける内心とは裏腹に


「一応親には感謝してますけど、自分では気に入らないとこもいっぱいあるんですよ!」


聞き慣れた言葉に、玲子はいつもこう返事をしていた。

玲子程容姿が整い過ぎていると、否定も肯定も嫌味になると心得ていた。

もちろん男共の下品な視線もすっかり見慣れている。


「そうなんですか~?それは贅沢ですよ~」


日焼けの顔で語尾と鼻の下を伸ばす体育教師。


玲子は、もう返事すらせずに、小さく会釈をして運転席のドアに向かう。


「あっ!お、お急ぎですか~?」


小西は車の右側に立っていた。

車には詳しくないのか、左ハンドルだとはわかっていなかったようで、その動揺を隠せない言い方だった。


「そうなんです!さよなら!」


早口で冷たくいい放つと、運転席のドアを開けた。


「ちょっ!聞きたいことがあるんです~!」


焦った小西の差し出した手が車に軽く触れてしまう。


「あっ!!」


途端、車が揺れ、硬いはずのボンネットが鈍い音と共にいとも簡単にへこんだ。


「お前っ!なにしとんねんっ?!」


急に揺れた車とボンネットの異常な音に、屈みかけた身体を起こし、ドスの効いた関西弁を隠さずに睨みつける玲子


「触るだけでも許し難いのに、なにしてくれとんねんっ!」


巻き舌で本音を言いながら、少し後退りをして身構える。


『人間』ではない・・

些細な仕草でボンネットを凹ますことなど、いくら力が強かったとしても『人間』では到底不可能なはずだ・・・

祖父からプレゼントされたお気に入りの車をキズモノにされた怒りに満ちてはいても、頭は冷静な判断をしていた。


「・・・」


小西は、車の凹んだ場所を見ている


「なんでだまっとんねんっ?!謝罪ぐらいするもんちゃうんかっ?!謝罪じゃ済ませへんけどなぁっ!!」


ブチ切れ関西人が、相手にギリギリ聞こえるぐらいの小声で言い放つ


「・・・・・」


小西はなにかを言っていた。

ブチ切れ関西弁玲子を怖がっている訳でもなく、視線は凹んだ車を見たまま、先程までの下品な笑みは消え、無表情のまま、小声でなにかを言っていた。


「はぁ?聞こえへんねんっ!でっかい図体して、ちっちゃい声で喋んなやっ!」


逆に玲子のボリュームが上がる。

その声の大きさに、小西が玲子を見る。


「なんや?はっきりゆーてみぃ!」


距離を取り、小西の動きを見逃すまいと睨み続けていた視線がぶつかった瞬間


「お前、久家さんを殺しただろうがぁ~っ!!」


突然激しい口調になり、片手でフェラーリの下を持つと、まるでちゃぶ台をひっくり返すかの様に軽々と持ち上げ、玲子に投げつけた。


「うおっ!『G』っ!!」


ガーディアンの『G』と、玲子のブラのサイズを掛け合わせた変身の掛け声と共に、身体が光に包まれると、飛んできたフェラーリを受け止めた。


「おっ重っ!」


スーツを纏った玲子ですら、両手で抱えたフェラーリはさすがに重く、堪えられずに横に転んだ状態ですぐさま地面に置いた。


「お前、そのスーツで久家さんを殺しただろ~」


小西の両腕が・・いや、上半身が一回りどころかかなり大きくなり、それを支える下半身も、ズボンが内側から張り裂けそうに盛り上がっている。


「なんや?ハリネズミの次はゴリラか?」


完全に廃車の車の影から睨み合った。


「久家さんを殺しただろぉ~!最後に見たのがお前の変身だったからなぁ~っ!」


激しい口調だが語尾は伸び気味だった。


『こいつら、見た物を共有できるんか?』

玲子は黙ったまま車の影から出ると、両腕を胸の前ぐらいまで上げ、ボクシングのファイティングポーズで構えた。

空手、剣道、柔道は、自身を守る為と幼い頃から両親に習わされ、ボクシングは最近エクササイズの為に少々嗜んでいた。


『いや・・共有してるんやったら、ヒイロンが殺ったってわかるはずやな・・頭潰したとこまでか・・』


小西の言動を分析しながら・・


『あかん・・このままやったら、まじで正夢になりそうや・・』

今朝見た夢を思い出して折れそうになる心を、廃車な愛車とゴリラな小西を見て繋ぎ止めていた。

ここはなんとしてでも早く終わらせて、無事に家に帰ろうと誓った。

正夢にはなんとしてでもしたくはなかった。

あの夢は恥ずかしすぎたし悔しすぎた。


『とりあえず小川っちにだけ助っ人頼んどこか!』

思考をネット回線に繋ぎ、小川美紅のスマホにメールで学校のガレージに来てと助けを求めた。

回線に繋ぐ為のスマホさえ持っていれば、キューと一体化している玲子のスーツだけができる便利機能である。


その間も小西は何かを言っていたが、特に重要なことではなさそうなので、玲子の耳を素通りしていた。


「あの御方が来るんだろぉ~?だから久家さんが動いたんだろぉぉぉ~?」


小西の声が語尾は伸びながらも震えだす。

それは久家が死んだせいではなく、『あの御方』への恐怖のせいであろう。


「そうや!来るで!もうすぐな!」


玲子はきっぱりと言い切った。

それが小西が動き出すのと、玲子が嫌々戦う覚悟を決めるきっかけとなった。


「くそぉぉぉ~っ!!」


小西が叫びに近い声をあげ、低い姿勢で玲子に向かって走り出した。


『は、早いっ!』

重い筋肉を纏っているから動きは遅いはずと高を括っていた玲子の反応が一瞬遅れるが、ガードできない程ではなかった。


「なぜ殺したぁぁぁ~」


一気に距離を詰めた小西が低い姿勢から右の拳を振り上げ、玲子のガードした左腕に直撃した。


「えぇっ!?」


スーツの性能を過大評価していたせいで、ガードした左腕が上に跳ね上げられたことに驚く玲子。

しかし腕を振り上げた小西の脇ががら空きなことを見逃さず、体勢は悪いながらも右の拳を叩きつけ、すぐさま動いて距離を取り、左腕を何回か振った後、構えを整えた。


今度はファイティングポーズではなく、指を開き、空手の構えをした。


パンチ1発喰らっただけで左腕が痺れている。

ガード特化型スーツとはいえ、こんなのを食らい続けてはいられないと判断し、攻撃を捌くことにした為であった。


『ヤバいで・・案外やりよるで・・このスーツ、なんか武器はないんかいな・・』

小西を見たまま、スーツと一体化しているキューの思考を探るが、やはりガード特化型な為、武器は皆無であった。


「無事なのかぁ~なかなかやるなぁ~なんか格闘技やってるんだねぇ~」


先程まで怒りで震えていた小西が嬉しそうに言った。


「やりがいがあるなぁ~今度は空手かな?僕の攻撃、捌けるかなぁ~」


笑っている。

戦闘が好きなのであろう。


「でも、パンチは全然だったけどねぇ~」


玲子の攻撃は完全に当たっていた。

体勢は悪いながらも、正直、会心の一撃だった。


が、この筋肉の化け物には何一つ効いてはいなかった。


「久し振りに手応えのある相手だなぁ~手足を千切ってから色々させてもらうねぇ~質問とかぁ~あんなことやぁ~こんなこともぉ~」


そう言う小西の腕がさらに大きくなった。

まるで肩から体格のいい人間が1人ずつ生えているかの如く巨大化し、さすがにバランスを取れなくなったのか、その両拳を地面につけた。

ちょこんと乗っている小西だった頃の名残りの頭が、イヤらしい笑いを浮かべている。


「楽しそうだから本気で行くねぇ~」


ゆっくりと近付いてくる。


『マズいで・・』

前方防御特化をすれば、たぶん何発かは防げるとは思う。

しかし後方が素っ裸になるとバレれば、そこを狙われて詰む・・・


『ん?盾ならあるんや!』

必死で思考を探り、盾ならあることが解るとすぐさまそれを両手の前に出した。

玲子の身体ぐらいの大きさの盾が二つ現れ、裏の持つ所を掴むと1つずつ持った。


『軽っ!』


スーツは、自然界のありとあらゆる物質を用いて形成される。

それは前方や後方防御特化した時も同じ筈なのだが、緋色の家系じゃない為に逆側は裸になってるんじゃないかな・と、あおいは言っていたが・・・


『大丈夫みたいやな!』

素早く身体を見回し、盾を出してもどこも裸になっていない事を確認すると、両盾の下側をアスファルトに突き刺し身構えた。


同時に四足歩行で向かってきた小西の右拳が盾に激突し、鈍い音が響く。


「ぐぅ~っ!」


盾がダメージを塞いではいたが、衝撃はすさまじく、盾を突き刺したアスファルトを抉って後ろに下がらされていた。


「ほぉ~その盾、凄いねぇ~でも、何回耐えられるかなぁ~」


小西は、楽しそうに右に左に拳を叩きつけてきた。

今の恐ろしい程の腕の大きさのせいで、バランスが悪くて身軽に動けないせいもあり、正面から突破しようと思っているようであった。


『くそっ!』

盾に肘までついて押すかのように全体重で支えていても、凄まじい衝撃で少しずつ下がらされていた。

足下には抉れたアスファルトが増えていく。


衝撃に耐えながらも試してみたい攻撃方法は思いついてはいたが、押さえるのが精一杯で反撃に移る余裕が全然なかった。


「おりゃぁ~」


気の抜けた掛け声と共に、小西が下からパンチを繰り出してきた。

ボクシングでいうアッパーカットなのだが、威力が桁違いに違う。

左側の盾が地面から抜け、玲子の腕を跳ね退けて上に吹っ飛んでいった。


「しまっ!!」


「早乙女先生見っけぇ~」


満面の笑みで小西がもう一度下からパンチを繰り出す。


「ちっ!」


右手の盾を手放し、両手でガードをしながらもやむを得ず前方防御特化した途端、下から抉るような衝撃が襲ってきた。


小西にとって、盾を殴っている時とは違い、今の形態での必殺の一撃であった。


現に、玲子の身体はパンチの軌道から放物線を描くように飛ばされていた。


『ふぅ~ヤバかったけどなんとか防げた』

『マジか?普通人が飛ぶ?漫画かっ!』

『やっぱ前方防御特化しても痺れるか・・』


空を吹っ飛びながら、まともに攻撃を受け止めて痺れた腕をバタつかせながら一瞬で色々考えた玲子は、次に着地をどうするかを考えた。


『しゃあないっ!後方防御特化っ!』


すぐに防御特化した背中とお尻に衝撃を受け、1度小さくバウンドした後、地面を少し滑って止まった。

優に30メートルは飛ばされていた。

もう少し飛ばされていたら、校舎に激突していたであろう。


「痛たたたた・・・」


後方防御特化した上に受け身もしっかりしたが、さすがに背中とお尻に痛みがあり、顔を歪めながらゆっくりと身を起こす。


その玲子の目に、自分では見慣れた『大きいが寝転んでも型が崩れない2つの美しい山』の向こう、少し開いた両足のさらに向こう側に2つの人影が見えた。



『突然裸で飛んできた玲子に驚く小川美紅』


と、


『M字開脚玲子を血走った目で見つめる緋色チヒロ』


であった。


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