6話 小さな狩人
西暦500年、東ローマ帝国領内、トラキア地方。ベリサリウスはブドウ農家の息子として生まれた。温暖で乾燥したこの地では古代より果樹栽培が盛んでワインが作られてきた。ベリサリウスは農作業が嫌いだった。いつも決まった仕事をするのは馬鹿馬鹿しかったし、楽しくなかった。その時間は退屈にあふれていた。彼の唯一の楽しみは農作業をサボって遊ぶことだった。気の赴くまま、蝶を追いかけたり、森に入って木に登ったり、楽しそうだと思えばなんでもしていた。母・ユリアンナには農作業の手伝いをサボったことを叱られたがベリサリウスは聞く耳など持たなかった。
「またあの子は森に行ったのかしら?困った子だわ」
「ユリアンナ、子供っていう生き物は遊びの中で育つのさ」
温厚で聡明な父・ケラティウスはベリサリウスを自由に育てるつもりだった。そんなケラティウスに説得されてユリアンナも彼の勝手を段々と見逃すようになった。
そんな自由な日々を過ごす中、彼の父ケラティウスは彼が8歳になった時、彼を森に連れて行った。
「お前に狩りをいうものを教えてやる。狩りとはただ何となく矢を放って獲物に当たるかどうかの運試しをするもんじゃない。狩りとは狙った獲物を必ず捕まえる準備をして、獲物を準備した罠にかけて捕らえることだ」
そう言った父は罠の準備に取りかかった。初めて見る罠に目を輝かせながら、ベリサリウスはワクワクした。その日初めて彼は真の意味で狩りとは何かを知り、生まれて初めて獲物を得たのだった。
狩りの楽しさを父に教わったベリサリウスは、以降ますます森に入り浸った。試行錯誤の末にようやく父からもらった罠の使い方を覚えた彼は最初のうちはワナに獲物が思ったようにかかるのが愉快でならなかった。しかし人間には飽きがくる。彼は自分の弓で動く獲物を仕留めたかった。父の言っていたことを無視して直接弓で獲物を仕留めようと思った。最初は罠にかかって動けなくなったウサギを遠目から狙うことにした。段々とその距離を離し、とうとう動くウサギを300メートル先から狙える腕になった。大きな獲物も狙うようになった。オオカミ、鹿、イノシシ、しまいには熊まで狩るようになった。小さいながらも、立派な狩人であった。