5話 勝利の夜
「全く、素晴らしい弓の腕ですね」
「なあに、君の事務能力には敵わない。買いかぶりすぎだよ、プロコピオス。接近戦で勝てるか不安になってやった。逃げさ」
“コンコン”
「失礼します」
「おお、ファラスか。どうした?」
「お聞きしたいことがあるのですが、今回の攻防戦、いったいいつからこの戦況を見通しておられたのでしょうか?」
「うーん、そうだな、全部を見通してたわけではない、が、ぼんやりと両翼の局地戦に持ち込んで、丸裸の敵中央を叩くことは考えてた。あんまり言うとね、機密だから?よくないよな」
「なるほど。では堀の意味は?」
「中央にあんまり来ないでねってだけ」
「え?」
「いや、だから言葉のまんま。さっき言ったろ、左右両翼の局地戦に持ち込みたかったって、来たらきたであの仕掛けのおかげで迎撃もしやすいから一石二鳥、おまけに新兵たちを消耗させないから一石三鳥かな?」
「やっぱり全部計算づくじゃないですか!」
「そうではないんだよ。ファラス、軍を動かす上でで重要なことは何だと思う?」
「計画的な行動と、敵の裏をかくことでしょうか?」
「正解は、敵が自ら行動を選んでいると思わせて、実際のところ我々に選ばせられているという状況を作る、そういう“準備”をするということさ」
「どういうことですか?」
「今回に関しては防衛戦だった。攻撃を仕掛けるのは向こうだから本来アクションを起こすのは敵でリアクションするのが僕ら。でも今回僕らは塹壕を拵えて敵を待った。この時点で互いの立場が入れ替わっている。つまり、こちらがアクションを起こして相手がリアクションすることになったということだ。今回敵は、最初に中央突破を試し、中央突破を不可能と考え左右からの突破を図った。彼らは僕が中央で敵を仕留める算段をしていて、それに嵌るのを回避してやったと思っていたのかもしれないが、その実僕のプラン通りに戦闘を進めてくれたわけだ。でもそこから先の兵力の展開は状況に応じてという感じだったよ」
「ご教示いただき光栄に存じます。将軍」
「いやいや、礼に及ぶほどのことではない。君はよく活躍してくれたしね」
ファラスはご機嫌に司令室から出て行った。
「全く、将軍は人たらしですね。敵に有利だと思い込ませ、敵の攻勢を強めさせて自陣に引き込み、これを討つ。同じように人に秘密を見せ優越感を与えて自らに取り込む。かと思えば敵や場合によっては味方にも冷酷な面も見せ、絶大な支持と信頼を得る」
「何のことかな。そんなふうに見ていたのかい、傷つくよ、プロコピオス 。僕はいつだって優しいじゃないか」
「無慈悲に敵将の首を飛ばす方がそんなことをおっしゃるなんて、面白いですね」
「仕方ないだろ、ああしないと敵を鏖殺するまで戦わないといけなくなるんだから。戦争って嫌なもんだよな。国家は金を失う、資源を失う、土地を失う、人材を失う、個人は愛する人を失う、希望を失う、心と体の自由を失う、命を失う。国家だって下手すりゃ滅亡して命を失う、文化を失う。みんな何かを失ってそこに勝者はいない。勝者と呼ばれる失うものが少なかった奴がいるだけだ」
「皇帝陛下の前では言えないですね」
「そうだね、でも戦わなくても何かを守れる人になれたらいいなって思うよ」
「あるんですか、将軍に守りたいものは?」
「フッ、どうだろうねぇ。この地位は守りたいかな。俺より馬鹿なやつに指図されたくないからね」
「そうですか、私はもう疲れましたのでお暇させてもらいます」
「ああ。おやすみプロコピオス」
プロコピオスは暗い要塞の廊下を灯を片手に自室に戻りながら心の中でこう呟いた。
「あの方は、やはり底が知れない。どこまで本心を言っていてどこから術中か分からない。この遠征についてくる少し前に、あの方に仕えるようになった。一体25歳にしてマギステル・ミリトゥムとなった若者がどんな人間かと思えば、なるほど確かに大器であられる」
一方ベリサリウスは自室で酒を飲みながらまどろんだ。
...「ベリサリウス、お前が守り通してくれ..」...
父の言葉を思い出しながら。