2話 若鳥の羽ばたき(2)
夜が明けた。空が白み、兵士たちは各々起きて準備を行い、戦闘配置につく。左翼では左翼騎兵を統率するブゼス将軍と遊撃隊を務めるヘルリ族の長ファラスが話していた。
「ベリサリウス将軍は今日でカタをつける気だろうな」
「なんでそう思うんだ、ファラス?」
「なんでって言われてもなぁ、昨日のワザとらしい和平の使者とか見て思いませんか?今日はこの戦局が動くんじゃないかなって、そう思いません?ブゼスの旦那」
「うーん、よう分からんがお前がそう言うならそうだろうなぁ。ま、相手は一万の増援を得てこっちのおよそ二倍になっちまってるから今日は昨日よりも大変だろう。今日はちゃんと働けよ、ファラス?」
「出撃命令が出るか、俺が出撃する気になればちゃーんと働きますよ」
ベリサリウスは城壁の縁に腰掛け一人で日が上ってくる様を見つめた。
「将軍、そろそろ訓示のお時間です」
「人前で喋るのは得意ではないんだけど、今日勝利を決めねばこの戦いは勝てないだろうからね、やるか」
「演説の得意な皇帝陛下直伝の喋りを見せてください」
「僕のはそんなにたいそうなものじゃないよ。猿真似さ」
左右両翼の主たる指揮官はベリサリウス のすぐ後ろに、中央の歩兵たちは城壁の前に集められ、ベリサリウスは城壁の上から説いた。
「現在我々は、敵との力が拮抗している。これだけの戦力差で拮抗しているということは君達の勇戦のおかげだ。指揮官として感謝する。しかし我々の目的は勝利であり、何より敗北や引き分けは俺の性に合わん。哨戒している兵からの連絡によると敵は一万の増援を得て現在我々のおよそ二倍の戦力を有する。このままだらだらと戦っていても負けるのは我々だ。よって我々は、今日、勝利し、この戦いを終わらせる。そのために策は考えてあるしもうすでにいくつか手を打ってある。私の指示通りに動いてくれれば必ず勝つ。今日も君たちに期待している」
「ほらね、やっぱりだ。今日は働きがいがありそうだ」
訓示を聞いてファラスからは笑みがこぼれた。
日が上って昼前、昨日同様戦闘が始まった。両軍空が見えなくなるほど矢を撃ち尽くし、騎馬隊が激突した。しかし昨日までと違い今日はペルシア軍の圧力が強かった。ローマ軍は怯み、特に左は敗走寸前であった。
「今だ!」
ダラ要塞の左に位置する丘の上からからファラスを先頭にへルリ族が、東ローマ軍左翼を押し込んでいたペルシア軍の横っ腹に突進した。するとそれに呼応して東ローマ軍左翼の騎兵は反転攻勢に出た。
「まず左の決着をつける。中央から歩兵五千を出せ」
ベリサリウスが指示し、直ちに歩兵が出た。
「ペロゼス将軍!申し上げます。右翼、壊滅的打撃!丘と正面の二方向から叩かれたようです」
「なんだと、さっきまでは押し込んでいると報告していたではないか」
「しかし...どうなさいますか、将軍」
「仕方がない。早急に右翼は退却せよ」
「ブゼス将軍、敵右翼、退却しようとしています」
「ならん。一兵たりとも逃すな。中央からきた歩兵で行手を阻め。包囲陣が完成するまでのまでの時間を騎兵で作る」
「右翼はどうなってる?」ベリサリウスがプロコピオス に尋ねた。
「現在スニカスとアイガンが後退しつつ応戦しています」
「それでいい。もう少し後退したところでヨハネス、キュリルスはスニカスらと連携して敵左翼を撃破、マルケルスは敵中央軍を急襲せよ」
「左翼はどうなのだ?」
「現在左翼は敵に軽騎兵と交戦中。かなり前進している模様です」
「待て、何かがおかしい。右翼も同じようにやられた。敵の右翼は全兵力を我々に向けているか?」
「いえ、現在交戦している相手は敵右翼の一部です」
「まだ右翼は帰ってこないのか?」
「現在退却に苦戦している模様」
「仕方あるまい、右翼に不死隊1万をぶつける」
「敵の主力歩兵部隊が左翼に向かっています!」
「数は?」
「およそ一万」
「左翼の敵騎兵はどれほど残っている?」
「数十騎です」
「右翼の状況は?」
「マルケルス将軍が間も無く出られるかと」
「右翼のマルケルスは騎兵二千を率いて直ちに敵本陣を奇襲せよ。左翼は現有戦力で対処する。歩兵が敵の前進を止め、騎兵が取り囲む」
「マルケルス将軍!二千騎を率いて直ちに敵本陣を奇襲せよとのことです」
「ヨハネス、キュリルス右翼は頼んだぞ」
「倍はしんどいですね」
「こっちは15倍くらいだぞ」
「歩兵は騎兵の敵じゃないでしょう」
「馬鹿かそんなに多けりゃ敵になるわ」
「死なないでくださいね、マルケルス」
「死なねぇよ、多分な」