交渉
「何者だ。というかそこで押し合っていてもいいことないぞ。」
その日の午後は奇妙な連中が押し寄せていた。獣人と呼ぶには毛深くなく,どちらかと言えば小人族と表現した方がいいような,そんな連中。ゴブリンやオークのカテゴリに入れるのは失礼な気がするが,間違いなくヒトではない。
「はあ,我らはこの森に住むドワーフですわ。みたところ人間なのにここで何しとるんです?」
わざわざ内側の結界に詰め寄っていることを考えればこいつらの正体はともかく,それなりに頭がいい。1日の制限数が狩られるのを確認した上で侵入しているわけなのだから。いや,もしかするとただ単に尖兵を寄越してそいつらを全滅させただけかもしれない。こいつらを食べるのは気が引ける……保存庫にはなし。流石にそんな特攻を仕掛けはしなかったか。
「で,何してるのか,だったな。生きている。」
「はい?」
ドワーフ一同困惑して首をかしげる。言い方が悪かったか。
「そのままの意味だ。この森で生活している。」
「へえ,それはまたどうして。」
「追放されたからな。ここから北にいったところに機械仕掛けの都市があるだろ,あそこからだ。」
指さしてもいないのに一斉にそちらの方向を見る。真っ先にリーダー格,先ほどから喋っている個体,が振り返ってそれに従うように他の連中も向き直った。
「なるほど,事情は分かったんでそろそろ入れてくれやせんかねえ。ここに見えない壁があって近寄れんのです。」
「そうだな,そこには壁が俺が作った結界が張ってあるからな。今入れてやる。」
「ありがとうございやす!」
「んなわけあるか。お前らの目的も分からないのに招き入れる奴があるか。」
自分でやっておいてなんだがくだらない三文芝居だな。
「おっとそうでした。改めて我々はドワーフという小人でして。妙な領域ができたっつうんで調査をしていたら中心部に辿り着けたというわけでさ。」
「……帰れ。」
碌でもないことになる予感しかない。要するに俺はこいつらの調査対象というわけだ。折角の自宅を荒らされてたまるか。
「そんなこと言わずにお願いしますよお。」
どうにかして許しをもらえないかと結界の向こう側でごまをすっている。ドワーフにも序列のある社会があるのか。それとも人間社会に関わっていた頃に影響を受けたのか。
「絶対にお断りだ。あと,知っていると思うがそこにずっといると勝手に殺されるから注意しとけよ。」
「荒らしたりしませんから,ね?」
胡散臭さしか漂っていない。奴らの好奇の目が何よりの証明だ。警告なんて聞いちゃいない。
「……お前らの調査対象はなんだ。可能な奴はくれてやるよ。」
「そうですねえ,そこの植物,そっちの建物,土地そのもの,あとはあんさん。」
「……植物はほらよ,これだ。」
奴らに届くように一番古くて今日食べる予定だったものを投げる。そいつらは興味津々で受け取ったものを観察し始める。
「建物はあんたらが面白がるもんでもない。普通にその辺の木を加工して建てた。」
「じゃあその加工に使った物を是非……。」
「駄目。俺が危険。それと土地は明け渡せないし,俺は出ていくつもりはない。」
工具なんて投げつけるだけでも十分な凶器になる。生成物は俺の物扱いなので余裕で結界を通り抜け,命中させてくるかもしれない。
「そんなー。」
心底残念がっている,ように見える。本心から思っているのかは知らない。人間とかつては友好的だったと伝承に記されていたが,今は状況が違う。
「さあ帰った帰った。俺はあんたらに用はないんだ。」
「本当にそうですか? 何か欲しいものありませんか?」
こちらの事情など知っているはずもないのに彼らは見透かしたような問いを投げてくる。
「人間って欲にまみれていますよねえ?」
「帰れ。」
この余計な一言がなかったら揺さぶりにもなっただろうにな。願望を教えるとそれを弱みとして使われる可能性もある。とはいえ,やり過ごせたとしても簡単には引っ越せないのでこちらが逃げることはできない。
「また明日来ますね,じゃ!」
「来るな。」
それ以上は粘着せずにドワーフは颯爽と帰っていった。どれだけ拒否しても来るのだろう。仕掛けを理解しているかどうかは次に来たときの個体数と様子で把握できるだろう。
「ごめんください,人いらっしゃいますかあ?」
翌日,守らなくていい約束通りにドワーフは現れた。家を出なければ彼らもすぐに帰るだろう。
「家に居るんですよねえ? 電気付いてますよ!」
まさかの居留守が通じないドワーフ。ここで電気を消してはかえってここにいることを示すだけだ。消し忘れたということにしておこう。
「聞いているんですよねえ,返事してくださーい。」
厄介な取り立て屋みたいな連中だ。実際に取り立てられたことはないし,今も取り立てられるだけの弱みを握られているわけではないのだが。
「人間は他の個体と共存しないと生きていけない脆弱な生き物なはずです。あなたは孤立しているのですし,我々と協力するしかないですよね。」
こちらにはそんな気はないのに厄介だ,いちいち反応するだけ無駄だ。相手に悟られないように反応を探るときっかり数が昨日と一致した。となると,この結界の仕掛けをある程度理解しているとみた方がいいし,いずれ解析されて侵入される可能性が高い。奴らは協力者どころか脅威として考えるべきだ。
結界の防衛機構は常に更新し続けたとしても常に有利なのは攻撃側だ。いずれ陥落される。であればもう1つ模倣したものを用意してあげる方がいいのか。
「侵略はしませんからお願いしまーす。」
調査の先に乗っ取りの目的があるのだとしたら餌を与えることすらまずい,と。わざわざ教えてくれて助かる。
結局,ドワーフが帰る頃には日が傾き始めていた。奴らの相手を厭うあまり,1日の有効時間を削られてしまった。外側の結界で侵入拒否にしてしまおうか。その間に代わりになる場所も作る。一度拠点ができているので再度同じ物を作るのは容易い。
「どうして無視するんですか? あなたにとっても悪い話じゃないですよね?」
結界を何度張り替えても奴らは入ってきた。その間に護りを設けていない模造品の調査が終わったらしく,必要以上に内部結界には入ろうとしなくなった。その代わりに彼らの目的は交易になっていた。調査記録を元にして自らでも作ってはいるらしいのだが,人間の発想が入った物品を手に入れるには直接譲り受ける方が楽だとか言っていたことがある。
「欲しいものを教えてくださいよ。そうしたら必ず用意しますから。」
元の生活水準に戻すところまでは到達した。次に手をつけたのは攻撃のための準備だ。今現在必要なものと言えば……。
「寿命。」
「はい,今なんと?」
しまった,気を抜いていたら彼らの言葉に耳を傾けてしまっていた。そして返事もしてしまうとは。今後もミスを積み重ねて彼らに言葉を漏らしてしまう可能性を考えると素直に一度交渉に応じた方がいいように思えてきた。不足した情報で下手なことをされても困るわけだし,そもそもこいつらに害意はない……それが最初は厄介だった。だが,今では彼らに包囲されることで行動を制限されていることの方が問題になってきている。
「物として求めるのは1つだが,それ以外にも条件がある。それを全て受け入れるというなら交渉に応じる。」
「話ができるだけでも前進です。して条件とは?」
ドワーフからすれば散々焦らされた後なので,貴重な機会を逃すまいと下手に出てきた。しかし,その内容を聞いても態度を崩さずにいられるだろうか。
「まず1つ。俺とこの空間に危害を加えるな。」
「ええ,それはいいでしょう。新たにお作りいただいた空間がありますし。」
「2つ目は俺の軍隊の兵士になれ。ある戦争をするまで,世代が変わってもだ。」
「戦争とは?」
「この森からそう遠くない場所に機械仕掛けの人間の都市があるのは知っているな。そこに攻め込む。そのときに使える兵力がほしい。」
彼らは互いに顔を見合わせ動揺した。多少ざわつく中,リーダー格の個体だけがこちらを見据えて恐る恐る問うてくる。
「……つまり我々である必要は?」
「極端な話,ない。別に他の奴だって構わないが,多ければ多い方がいい。」
都市の持っている無敵城塞の攻略は俺1人でいい。1回限りの仕事を分担のために教える方が手間だし,後々のことを考えると根幹部分は1人で全てをこなさなくてはならない。
「……ふむ,いいでしょう。」
大方,いざそのときになったら代役を立てて自分らは安全にいこうという腹づもりだろう。今指摘すると余剰戦力をかき集める足がなくなるから泳がせておく。しっかりと警告はしてあり,その録音もしている。
「で,最後。不老不死の薬を持ってこい。」
「……え? なんですかその無理難題は。」
今度は目を丸く見開いて,有り得ないものを見たかのように硬直していた。
「大抵のものは自分で生産できるが,そればっかりは手元にない。」
然属性の魔法の応用をするにしても,生成に必要な時間が人間では足りそうにない。つまり,薬を作るのに薬が必要という堂々巡りになってしまう。
「我々も入手方法はおろか,噂すら聞いたことがないですねえ。」
「無理ならいいんだ。帰ってくれ。」
難しそうに思えても可能なところまであがいてみせる。若返りの薬も並行して作らなければいけなくなるが,別に彼らに頼り切りにならなくたっていい。
「いやいやいや,必ず作りますとも!」
自信満々に,というよりは取引を行うために虚勢を張って宣言した。
「そうか,じゃあ5年後までな。」
あまり長くなりすぎると,他人に頼った意味が薄れてくる。肉体が衰えていく前に飲めないのであれば,時間稼ぎをしながら作るまでのこと。
「そんな無茶な!?」
「無理ならいいんだぞ。交渉決裂だ。」
「そんなー。……分かりました,その困難な依頼を引き受けましょう。」
こちらだって無理難題だとは分かっている。嘘を見抜くこともできなければ騙されて終わるだけだろう。用心しよう。
「本当に完成したのか。」
彼らの執念の勝利というべきか,きっちり5年後になって不老の薬を持ってきた。求めていたのは寿命が無限大に延ばせることであって,殺されても死なない体ではない。だから解析通りの効果を示すなら彼らは要件を満たしたことになる。
「はい,ですが強い副作用が出ることが確認されておりまして。」
「副作用?」
持ってきたときに喜びに満ちた表情ではなかったのはそのためか。
「はい,人間が飲むと種族が変化する,つまり人間でなくなるそうです。」
「……それだけか。」
「はい。」
いつ突き返されてもおかしくないと怯えながら彼らは返答する。
「些細な問題じゃないか,そんなの。」
「へ?」
「元々,追放された時点で俺は人間じゃないようなものだ。それが肉体的にもそうなるというだけの話だ。」
「それじゃあ……。」
「ああ,そちらは物を提示した。ゆえにこちらからも渡すものがある。ちょっと待ってろ。」
驚愕が喜びに変わり,わっと歓声があがった。