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ねじれの位置で勇者は価値を問う  作者: 水無月透花
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追放日誌

「王,執行完了しました。」


「……うむ。余計な手間を増やしおって。二度とその面を見せるでないわ。」


 最も豪華な衣服を身に纏った男は侮蔑に満ちた表情で俺を一瞥して去って行った。それに続いて俺を木に縛り付けた兵士も離れていく。


 どうしてこうなったのかが分からない。魔物の森に置き去りにする追放刑。昔は流刑といって遠くまで飛ばされていたのに比べれば遙かに近いのだが,都市が鉄壁城塞であるため,戻れないという点では何ら違いはない。


「……!」


 口は封じられていないから魔法で脱出し,追放者に追いつこうと考えていたのだが甘かった。手足を縛り付けている紐に口封じをかける効果もあるようだ。このまま永遠に動けないとすると飢え死ぬのが先か,それとも魔物に襲われるのが先か。他の方法で紐を切らないといけない。


 多少もがいたところで切れはしないが,幸いにも木の皮は荒いものであり,擦り続ければ道がひらけるかもしれない。


 そう思ったのだが,結構丈夫だ。他の方法も考えながら作業していると,似たようなことがかつてあったことを思い出す。人々にとって英雄と賞賛される行動をとった人が歴史上にいたそうだ。たしかその人は最後は謂われのない罪で火刑に処されて死亡してしまったという。その光景がまるで自分が経験したことかのようにありありと思い描ける。


 ……いいや違う。知識が映像化されたのではない,過去の言語が映像化されている。思い出したぞ,魔王を倒してわけもわからず罪を言い渡されたのは前世の俺だ。良くも悪くも人間は何も変わっていなかった。今思えば夢も前世の記憶だったのだろうが,このことは後々考えるとしよう。


「……よし!」


 どうにか手を縛り付けていた紐は切れ,声帯も使えるようになった。多少時間はかかってしまい,追いつくのは困難になってしまったが,拘束を逃れるのは簡単だ。地面から尖った岩石を出現させて紐だけを切断する。


 これからどうするか。都市に帰ることは無理だし,こちらから願い下げだ。隠し持っていた種がいくらかあるのでそれを育てられれば植物性の食物は賄える。動物性のものは森に生息している獣を狩って食べればいいか。


 水分は魔法で作った水で平気だろうか。魔法のエネルギー源は大気中から回収して出力しているので理論上は生存できるはずだ。


 住居はどうする?資材になりそうなのは周囲に余りある木。建築方法は本で読んで知っている程度で実務経験はなし。農業も機械の補助がある状態で成功していただけで,1人で全て行う場合は貴重な資源を無駄にするかもしれない。


 何であれ手を動かそう。魔法で周囲の木を伐採し,広場を作る。そして丸太の束を汎用木材に加工する。……地属性だと仕事が大雑把なので木材への加工は難しいか。適当な工具を見繕ってからにするか,それともある程度は木の形を保ったまま仮家を建てるか。雨風を凌げる程度のものをとりあえず作るのが現実的だな。


 人類史の最先端の変革に関わった人間が石器時代からやり直すことになるとは皮肉なものだ。食と住の問題は行動できているが,衣はどうする。拘束されたときに身ぐるみ剥がされずに済んだから着ているこの服もいつまでも保つわけじゃない。石油は手軽に取れないので同じような化学繊維で作るのは無理。やはりこちらも先祖返りして植物繊維から作るか,獣から皮を剥ぐか。季節に応じて使い分けるとなれば両方だな。



 本当に簡易的だが家が完成。熱帯雨林には比ぶべくもないが木々の影になって湿気のある地面。それよりは木の上のほうがましだろうということで高床式にした。それでも寝心地は良いとは言えない。早いところ金属工具や農具を作れるようにならなくては。


 今日の食事はたまたま通りかかった魔物の肉。毒があるかもしれなかったが毒抜きはできないので火を通すだけで食べた。もし食料になるなら数日分は保存食として使えそうだ。明日起きれることを祈って寝ることにする。



 農作業を開始。耕したり水を引いたりするのには魔法が便利だ。むしろこれを手だけでやっていたら何日かかることか。成長促進させることで数日中に第一号の野菜と炭水化物が得られそうだ。小麦は土地の栄養を馬鹿食いする割に摂取可能栄養価が低い,しかも加工前提の構造をしている。それよりは加工不要の米のために水田を用意しよう。幸いにも米粒が入っていた。というか都市内の計画で最初に手をつけたのが米だった。



 早速採れた食料を口にする。味は都市内で作っていたものに劣らず。だが種類が少ないので栄養価の偏りは免れない。自然に生えている植物から品種改良を開始するか。そんなところまでやり直したくはないのだが。温室栽培が可能になるまでは使える種は限られる上に野草を食べ続けるのか。毒にはいっそう注意するとしよう。そういえば魔法で解毒薬を含む薬品が作れるのだったかな。死ぬ前に作っておかないとな。



 日を経る毎に微小変化はあるものの,作業に慣れてきた。すると雑念が混ざってくるようになって,2度の裏切りに苛立ちが募る。2度目は勝手に始めて反感を買ったことではあるのだが。俺は人類に不要な存在なのか。1度目に至っては幼少期からずっと大人の指示に従っていただけなのにいざ用済みどなれば始末されるなんてたまったものじゃない。……怒りに任せても身を滅ぼすだけか,人類の頭は太古からほとんど変化していない事実を思い出して冷静になろう。



 自宅と田畑の外側に2重に結界を施した。1枚目は侵入者防止用で切り拓いた広場をすっぽり覆っている。2枚目は広場の約3倍の半径のもので,侵入してきた獣を仕留める空間だ。それぞれ領域と排他的経済領域といったところ。これで少しは夜も安心して眠ることができるだろう。昆虫やそれに類する生命は家には侵入できないようにしようか。



 最初から領域内にいた獣を失念していた。内側にいる奴は食料にしてくれる。家には俺以外の生物が入れないようにしておいた。



 金属生成と加工の魔法を編み出した。地属性と雷属性を組み合わせることで理論的には任意の金属を生成できる。とはいっても実践したのはまだ鉄と銅だけだ。合金にするには炎属性も必要。酸化還元反応も制御できるようにしなければ。使う度に錆びてしまうようでは費用対効果が薄くて体に悪い。余所の鉱山で発掘してくるというのは真っ先に考えたのだが,この大陸の鉱山は粗方掘り尽くしてしまっているのだった。それで人類は発展してきたのだから文句を言うつもりはない。



 どうにか農具を1つ作ることができた。この鎌があるだけでも大違いだ。次は……調理器具をそろえることにしよう。何度も改良しては使い捨てることになるだろうが仕方なし。別に答えが分からないわけではない。手元にある材料が僅少な状態では段階を踏んでいくことになりがちなだけだ。なので使い捨てといっても数ヶ月保つものもあるかもしれない。



 加熱方法が増えるだけでも料理の幅が広がった。それだけで1日頑張ろうと思える。なので家を改装する作業を開始した。森全域から均等に木を伐採しては運び込んだ。近場で済ませた方が楽なのだが,周囲一帯の木々が消滅する。後々の影響を考えれば今苦労するだけの方がましだ。砂漠化はよくない。それでこの大陸の木々の大半が人工林になったこともあるそうだ。燃料にしていたとはいえ使いすぎではなかろうか。



 今日は肉が多い日だった。1日で食べきれるものでもないのでほとんどは保存食になった。保存庫も作るか。もしかして獣がやたらと迷い込んだ理由は昨日あちこちに出向いたからなのか。今後は勝手に入ってきたものの内,資源にとして回収する量は制限をかけた方がいいか。例えば1日の中で自動的に仕留める重量を設定しておいて……そうすると後から入ってきた獣に取られるか。今まで手動回収していたのを転送式にするか。



 加工するのに工具は多い方がよい。同じ作業なら魔法で並行して行えるためだ。細かい部品毎の窪みはそれぞれで手を加えることになるのだが。大量生産しないのにもかかわらず,1人で全部こなすと同じようなことが要求されるようだ。



 処刑場の様子を見に行ったら向こうも兵士を寄越していた。しかし彼らは現場の確認だけして帰っていった。形式的な死亡確認というやつだろうか。彼ら個人には恨みはないし,かえって生存の証明をしてしまうだけなのでその場は何もせずにやり過ごした。



 追放から1年。ここで生きていくには充分になってきた。衣食住は安定して揃った状態を維持できるようになった。そろそろ生きてどうしたいかを考える時期だ。人間の寿命では都市に戻ることはできないし,ここには俺1人なので子孫は望めない。仕返しの方法を……。



 魔法の研鑽の中,ふと思い出したことがある。不老不死になれば,いやそれに準じた状態になればいいのではないか。少なくとも寿命を延ばせればいい。然属性は生命を操る魔法だ,そこに手がかりがあるはず。探しに行くのは現実的じゃない。大体,富士の薬だとか,扶桑樹だとか,地域が遠すぎる。神の加護で不老不死になる場合もあるが当てにしてはならない。ドラゴンの血液や吸血鬼なんかも不老不死には使えるらしいが,そもそもあいつらどこに生息しているんだ。どちらにせよ姿を現せば被害が災害規模になると思うのだが。



 魔法は日常レベルだったら初心者用から低級程度で事足りるのだが,戦闘にはより上位の魔法が使えないと話にならないことが分かってきた。そして困ったことに上位のは学習していない。属性不一致で独学のものを使うだなんてとてもじゃないが十分な威力にはならないだろう。単身で挑むには不安しかないが地属性だけになりそうだ。



 生産構造の改善を重ね続けた結果,俺の魔力をほとんど食うことなく,大気中の魔力を回収して,あるいは廃棄物を可能な限り循環させて生産を行うことができるようになった。これで食料は安定し,多少の工業製品はいつでも必要なときに交換ができるようになった。規模の拡大をしようと思えば可能なようにもしてある。だがこれでようやく始まりだ。都市にいた頃の生活に戻せたに過ぎない。復讐に必要なのは兵士と武器だ。あの都市の陥落は兵力がなければできない。

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