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ねじれの位置で勇者は価値を問う  作者: 水無月透花
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魔法の勉強

「あなたも不思議な人ですね。何か目的があって図書館に来ていますよね。」


 本を返し終えて帰ろうとしたとき,司書が話しかけてきた。普段なら我関せずといった様子で手元から視線を外すことがないのだが,彼女は席を離れて俺の横にいる。


「なんでそう思うんだ? というか他人に興味とかあったのか。」


「そんなに私が人に無関心に見えますか。」


 どの口が言うか。彼女は毎日図書館に籠もって本ばかり読んでいて,人との関わりを一切持たないような人間だ。


「それは私の興味を引くような人間がいないからです。貴方もそう思いませんか。」


「同意を求められても困る。」


 彼女の関心の対象になるような人間を知らない。そのことを失念している。


「現代の人間はつまらないです,単調です。私からすれば本の中の登場人物や,その本を書いた人間の方が色彩豊かです。」


「それはそうかもな。この都市には生気がない。」


 彼女も同じ感想を抱いていたとは意外だった。都市に住まう人間はたしかにいるのだが,閑散としている。誰もが防音の自宅に籠もっているため,道に出る人間はいないし外出の必要はない。


「本当にそうです。人々が生きようとしているのではなく,この都市のシステムに生かされています。」


 かつての人類は利便性を求めて労働を機械へと明け渡していった。その結果,考える葦の生産は減少していき,遂には自然発生的なものを除いて消え去った。図書館があるのも記録媒体として紙も採用し続けることになったからだけだ。


「それで良いのか人間は?」


「彼らがどう思うのかは分かりませんからね。でも見た感じ,幸せなんじゃないですか。」


 彼女が指さした先の家は窓から中の様子が窺えた。住人は1人で機械に囲まれ,疑似体験で喜びを得ているようだ。


「幸せならいいのか,人類は発展を求めていくべきじゃないのか。これでは野生動物にすら劣る。こんな他人に無関心な社会でいいはずがない。」


 少しずつでも前に進むのが人類で,こんな家畜のような人のあり方は認めたくない。


「あなたは変えるつもりなのですか。」


「ああ。最初の質問に戻るが俺はこの灰色の社会を変えるために勉強しているんだ。」


「どうしてそんなに熱くなれるのですか。革命を起こしても私たちに微塵も利益はないでしょうに。」


 彼女は淡泊に突き放しながらも俺の話を聞きながらついてきている。


「そうだな,目に見えて利益はない。でも俺は人々が心から笑える世界が見たい。」


 夢で見たあの景色を現実のものにしたい。司書風に言うなら灰色の世界に色彩を与えたい。


「……変な人です。」


 吐き捨てるように彼女は言う。そんなの不可能だと思いながらも期待してしまっているようだった。


「面白いことになりそうですけれど,私は協力しません。」


 彼女の興味の対象となる人間が増えそうだと思ったし,好感触だと思っていたのだが彼女は断ってきた。


「理由は?」


 彼女はやや黙って思案して。


「直感です。」


「答えになってないな。」


「問い詰めても論理的な回答は出てきませんよ。漠然と,まともな結果にならない気がするだけです。」


「それはあんたがってことか? 俺もなのか?」


「どうでしょうね。私は未来予知ができるわけではありませんので。」


 彼女は自身の目を指さして,いたずらに笑った。おそらく本当に予知はできないのだろうが。


「それで,具体的にどうなさるつもりなんです?」


「協力しないんじゃないのか。」


「話を聞くぐらい別にいいじゃないですか。」


 わざわざ隠すほどのものでもなく,いずれこの都市の人間全員に知れ渡らなくてはならないものだ。彼女は興味関心以上の何かがあるわけではないだろうし,教えても構わないだろう。


「じゃあ質問だが,この都市の人間に色がないのはなぜだと思う?」


 原因なんて考えたこともなかったようで,彼女は目を丸くした後、少し黙った。歩きながら周囲を見渡し,どこにも記されていない答えを探す。


「皆が均一だからですか。」


「それは色がないことの言い換えでしかない。なんで人類は均質になったんだ?」


「機械化ですか? ですがあれは幸福追求の結果のはずです。」


「当初はな。理念としてはとても優れていたし,そのために人々は努力した。だが完成してからはどうだ。人々はその完成されたシステムに任せきりになり,努力をやめた。思考することをとめた。結果,この都市は発展することなく現在に続いている。」


 図書館でアクセスできる機械記録によれば,人類は偉大なる労働機械の発明以降,同じようなサイクルを繰り返し,ただ単に種の保存のみを行っているようだ。むしろ思考力の観点で言えば退化しているように思う,この短期間ではあるが。だがこのまま続けば身体能力は退化し,思考は単純化され,言語も僅かになっていくだろう。


「それは単に進歩の果てに辿り着いただけではないでしょうか。」


「そうだったら,俺には打つ手なしなんだが……。」


「方法があるのですね。」


「一応な。何かしらの人的方法で機械の質を上回ればいい。」


「そうはいっても過去の人々の叡智の結晶ですよ。たった1人で勝てる相手ではないでしょう?」


 機械は単調作業を繰り返し,状態を元に戻す機能は搭載しているようだが,改善することはただの1度も行っておらず,不可能とみていい。だからといって過去の人間が障壁というのは早計というものだ。


「何も相手にしなくてもいいじゃないか。その上に積み上げればいい。その手段はあそこに蓄えられているだろ?」


 後方にあり,今までいた建物を指定する。彼女は振り返って確認したところで合点がいったようだ。


「図書館……それで入り浸っていたのですね。でもどうするのですか。」


「そうだな。まずはここからだ。」


「えーと……?」


 目の前にあるのは都市外周部の植物が綺麗に生えそろっている場所。


「この一部区画に細工をする。で,成功――簡単な例で言えば味が良くなったら――その手法を拡大する。」


「農業ですか。たしか機械が管理しているのでしたよね。」


「だな。都市全体の必要量の1.2倍を生産しているから,その1割未満を借りるのは問題ないんだと。」


「正式に許可をとったのですか? あの王から?」


「いいや。あの王様には聞いてないぞ。管理している機械が確認不要だって言ったからな。」


 重大な決定が要求される場合,都市の最高権力者にお伺いを立てるように設定されているらしいが,俺の計画は些細な変化と見做されたらしい。今の都市からしたら大きな変化だろうが,機械も当時の価値基準で止まっているのか。


「そうですよね,あの堅物が許可を出すはずがありませんよね。」


「で,ここで魔法を使う。」


「話だと攻撃に特化していたようですが。」


「だが攻撃力を持たないものもあった。使うのはそっちだ。」


 植物に生命力を与えて実践する。初心者用魔法であったり,補助用魔法の応用だ。


「なるほど。これで良い作物を作って広めると。」


「そういうことだ。人の手で今の生活を良くできると知ったら頑張り出す人間も出るだろ。」


「かもしれませんね。こんな風になってからさほど時間は経っていないようですから。」


 彼女の立ち会いの下,勉強の成果として上質な作物を作り始める計画が動き出した。何世代も経て厳選したものを生産していくのもまずは手元の1世代目からだ。1作物でこの方法が上手くいけば,それを面積,種類の2方面で広めていく。かつて行われた手法の1つで,品種改良というらしく,それを高速化させてみよう。今はまだ,もう,机上の空論になってしまったが,余裕が出れば工業にも手を出してみるか。


「楽しみですね,完成。」


 彼女は珍しく,いや初めて,人を前にして笑った。

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