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ねじれの位置で勇者は価値を問う  作者: 水無月透花
3/10

心機一転

「やあ_____。元気?」


 少し外に出たら近所の人に話しかけられる。


「ああ。そっちは,って聞くまでもなさそうだな。えらく嬉しそうだな,何かあった?」


「そうなんだよ,聞いてくれるか,嫁さんがさあ,3人目を身ごもったんだ!」


「それはおめでたいな。」


「だろ? 今年は豊作になりそうだし幸せだよ!」


「く,苦しい……。」


 喜びを分かち合いたいのは分かるが,こうも締め付けられると息ができない。


「おっとすまんすまん。じゃあな!」


 彼と別れて俺は町を散策する。建物はどこも石や木で造られていて,高くても3階がせいぜい。年によって農作物の出来に差が出る。子供の内に死亡してしまうこともある。そんなにも不安定なのに,人々にはいつも笑顔が満ちている。


「やっほー,_____。もうすぐ出発なんだって?」


 どうしても自分の呼び名が聞き取れない。そもそもこれは俺で合っているのかどうか。


「4日後だってさー。」


「へえ,頑張ってね!」


 誰かに激励される。しかし彼女が心から俺のことを応援してくれていることは伝わってくる。記憶の限りでは知らない顔なのだが,どういうわけか知っている気がする。


「よっ_____。そろそろだと聞いたんだが,お前の魔術の腕で大丈夫か?」


 俺と同い年か,少し上ぐらいの男に声をかけられる。


「俺はやれることはやったつもりだ。それにどこまでやったって絶対はない戦いなんだ。」


「だよなー。なんだって軍を投入しないんだ?」


 攻撃先が余程巨大なのだろうか,それともこちらの戦力不足なのか。


「なんでも,予言によれば勇者単独で攻め落とすんだとさ。それに一回だけ軍を組んだことがあるそうだが,そのときは向こうがそれ以上の戦力で固めてきたもんだから大敗を喫したんだとか。」


 口をついて出るのは全く予期していなかった言葉。


「そういやそうだったなー。なんだって数百年前の予言に縛られてるんだよ。今やったら軍でも勝てるかもしれないじゃん。」


「そんなことしたら働き手がいなくなるって。」


「それもそうか。じゃ頑張れよ!」


「無責任だなおい。」


 やや乱暴に俺の背中を叩いて激励したら,彼は独りで歩いていってしまう。


「おはようございます。」


 またあの夢を見たらしい。特に強烈な印象を抱かせる場面もないが,どことなく人々の表情は明るくて,幼少期からたまに見る。最近は減っていたのだが,場所と時間が影響したか。


「寝てたのか俺。」


「そうですね,本を腕で押しのけた上で机に突っ伏して瞼を下ろしていました。また口からは時折意味不明な言葉が漏れていたことを考えますと,睡眠状態にあったかと思われます。」


「冷静な分析どうも。」


 変なところで寝たからか,最近見ていなかった夢を見たのは。あれは幼少期の頃から見続けている夢で,別に起伏のある物語を持っているわけでもないのにどこか胸中をざわつかせるものだ。あれのせいで俺はこうして閑散とした図書館に赴いて書をあさり,勉強する羽目になっている。


「別に構いませんよ。あなたがいることで仕事ができてしまっているだけですので。」


「帰れってことか。」


 俺の背中を叩いて起こしたこの人は図書館司書。通常ならば労働機械が行うべき労働を趣味でやっている人。


「いやいや,滅相もない。で何を読んでいたのです?」


「これだよ。『大地を誘導する魔法』。随分昔の言葉で書かれてるから解読する必要があるんだがな。」


「はあ,魔法って太古の伝承のことですか。」


 彼女の言う通り,魔法は民間伝承として扱われており,現代で信じる人はおろか知っている人が少ない。とは言うものの,どうにもその全てが偽りのようにも思えなかった。


「たしか,エイダ・バイロンの時代には既に否定されていたのでしたっけ。」


「らしいな。」


 エイダ・バイロンは労働機械,社会を維持させるために必要な活動を代行するもの,の創始者。彼女のおかげで現代の人類は労働から完全に解放された。歴史を正確に記録しているのはその機械が動き始めてからなので,彼女の時代を基準にするのにはある一定の合理性がある。その時代には魔法と科学が分断され,魔法は過去の幻想ということで闇に葬られた後だったという。


「ですが貴方はそれに興味を抱いた,と。」


「そういうことだ。居てもいいなら邪魔しないでくれるか。」


「はいはい。」


 わざとらしいため息をついて司書は抱えた本を持って本棚に向かった。丁度読み終わったところで突っ伏している人間を見つけたからついでに声を掛けにきたといったところか。管理は労働機械がしているところに趣味で働いている変人だし,人にあまり興味がないのだろう。


 さて,この魔法,書を読む限りでは主に戦闘に使われていたらしく,少なくとも5つの属性があることが分かっている。その5つは炎,水,然,地,雷と名前が付けられており,互いに相性関係を持っている。相手に優位な属性をぶつけるのが基本だったようだ。


 少なくとも,というのはそれ以外の存在があるらしいからだ。ただし,その実態は不明で,わずかに言及がみられるのみ。名称も付けられていないようで,おそらく研究が進んでいなかったのだろう。


 とはいえ,それは大した問題ではない。以前,初心者用の魔法を使ってちょっとした身体検査を行ってみたことがあるのだが,そのときに俺は地属性と分かっている。また,自分の属性と一致していれば他の魔法よりも扱うのが容易らしく,地属性の魔法について記された書物を解読している。


 記されているのはどのような魔法現象を発現出来るのか,どうやって魔法現象を起こすのか,という2点。まずはその現象のあり方について。低級なものでは科学に頼った方が対価を抑えられるようなものだが,高級なものでは自然災害を引き起こすことだって可能になる。自然災害といえば専ら水害なこの大陸では国を滅ぼすには充分な脅威だろう。……周辺国を圧倒的な武力差で殲滅できたという理由か。


 次にそれぞれの魔法をどのように発現させるのか。大元の術式は先人達の手で土地そのものに刻まれているらしく,魔法使いが準備しなくてはならないのは術式の駆動に必要な魔力,要するにエネルギーだけだ。この大陸にいる限りは対象に意識を集中して定められた文言を唱えれば発動するものなのだが,当然のように威力の大きいものほどその言葉が長い。その間ずっと意識を集中させる必要がある上に,要求魔力も多い。煩雑な手順ではないが難易度が低いとは言えないだろう。


「すまん,ちょっといいか。」


 おおよそでどういった内容が記されているのかは分かるのだが,魔法を行使するのに必要となる詳細な部分が読み取れない。


「はい?ここから先が読めないと……。私からするとその手前が読めること自体が不思議なのですが。……音読してくれます?」


「ああ――」



「読み終わりましたか? そうですか。結論から言いましょう。この本には認識阻害が掛けられています。」


 司書によると,本の中には特殊加工の一種として読者とその周囲の人間に対して影響を及ぼすものがあるという。今回の場合は内容を理解できなくする効果があったようだ。


「それで私とあなたで異なっている,あなたの方が読める理由ですが心当たりあります?」


「……さあ?」


 比較可能な変数が多すぎる。そもそも単純比較だとしても以上,以下,未満,超過のどれで判定しているのか分からないし,部分一致や完全一致なんかもある。


「ですよね。最初から期待してないです。」


 そういって司書は本を取り上げる。


「人力確認方法もなくはないですが,素直に任せましょうか。ということでお願いします。」


 解読途中だった本を止める間もなく機械に渡してしまった。


「おい,読んでいる途中だぞ。」


「別にいいじゃないですか。すぐに終わりますし。」


 そう言いつつ彼女は俺の隣の椅子を引いて座る。説得力が感じられない。


「……で,人力ってのは?」


「気になりますか。先ほどの本ですが,著者が記されていましたね。その情報を元に同じ著者の本をかき集めてそれぞれ読んでみるのです。そこにある著者の癖から推理するわけです。」


「無茶では。」


「そうですね。シリーズもので出してくれていると分かりやすいのですが,それぞれが単発であると難しく,他に加工がされたものを出版していない場合には解析も何もありませんね。」


「さっきのは作者違いでシリーズらしいけどな。」


「その場合は特にルールが分かりやすいですね。筆者同士で予め明確なルール付けをしているはずですから。」


「じゃあ他の属性のも持ってくるか。」


「お願いします。」


 機械に取りに行かせたわけじゃないから場所は知っている。全部で5冊の魔法書はそれぞれの属性の専門家が書き記しているため,全て著者が異なっている。


「これか。厚さが統一されていないのか。」


 水属性の書だけやや薄く,然と炎と雷は同程度。地属性は水に近かったかもしれない。


「お疲れ様です。結構ありますね。」


 本を抱えた俺に気がつくと司書は何かを隠す素振りをみせた。一瞬だったので手に何を持っていたのかも分からず,そもそも本当に隠したのかも怪しい。


「ああ。でどうするんだ。」


「勿論読むのですよ,全部。とはいっても流し読みで構いません。」


 彼女は適当に一番上のものを手に取って読み始めた。俺もそれに倣って然属性の書を読み始める。魔法系統そのものが2つある。気体を操作するものと,闇や暗黒を司るもの。ここでいう闇は光学的な意味よりも反生命としての意味合いだ。


 全部目を通した。とはいえ,全然読めない。目次と第1章,第2章と第3章の一部は読めるのだがその先が読めない。第1章は属性の概念そのものの解説。第2章は初心者用魔法と呼ばれる練習用の魔法。第3章の読める部分は初級魔法の攻撃型。地属性のときは派生形である回復や強化、弱体の魔法も読むことができたのだが。


「私は全然ですよ。第1章がやっとでした。よくこんな変なの読めますね。」


「あんたよりは読めるのか。でも俺みたいに本毎の差はないのか。」


「そうですね。どれも一様に似たようなところまでですね。逆にその差について何か心当たりとかあります?」


「……習熟度による差?1階級上の魔法までは読めるな。」


「習熟度って貴方は魔法を使えるのですか。……ちょっと外で見せてくださいますか。」


 彼女は興味を隠さずに距離を詰めて聞いてくる。持ってきた本を机に置いて俺たちは外に出た。どうせ人なんていないのだから魔法を放ったところで問題は起きない。加えて初心者用であれば攻撃性も持たない。


「大地の魔術よ,泡沫の幻想をここに――サンド!」


 正面の地面にどさっと砂の山が表れる。念のための配慮として,ほとんど使われていない道を避けて発生させた。多少発音になれていなくても意味があるのは楽だ。


「……。」


 司書は俺の隣で身動き一つせずに棒立ちになっていた。


「おい,何か言え。」


「本当にあったのですね。」


「疑ってたのか。」


「信じていませんでした,つい先ほどまで。」


 申し訳なさそうに彼女は言った。


「それを責めるつもりはない。俺だってほとんど信じられないままに手を出したんだからな。」


 謝られても困るのはこちらだ。誰だってそういう反応をするはずだし,魔法なんて信じない方が自然だ。初心者用魔法を学びだした頃はきっとこの都市で誰もが魔法を戯言だと言っていた。


「いえ,あのですね……。」


 彼女は依然として暗い表情のままで,差し出した手には小さな紙が握られていた。そこには短文でこう記されていた。


「判定条件:魔法習熟度,次に覚えるべきところを順次解放」


 ここまでのやり取りで明かされた理屈をすっかり説明していた。


「……いつからこれを?」


「貴方が戻ってくる直前です。」


 彼女はそう答えた。つまり,今の検証は茶番だったということになる。


「おい。」「はい!」


 脅すように言うと,彼女は怒られる生徒のように元気よく返事をした。


「時間を返せー!」「ごめんなさいー!」

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