処刑
その日は突然やってきた。
「エグモント=ハイデフェルトはいるか。」
「はい,私ですけど……。」
玄関に立っていたのは2人の男性。服装からすると,警官のようだ。
「貴様を虚偽申告の疑いで連行する。」
「えっ,おい,待て! どういうことだ! んぐっ!?」
押し入った2人の男に両腕を掴まれ手錠をかけられた上で猿ぐつわをはめられる。武力抵抗と魔術的抵抗を封じるとは本格的に犯罪者扱いをされている。
「どうしたんだ!? えっ,待ってくれ,君たち!」
俺の声を聞いてだろうか,師匠が奥から飛び出してきた。どんな表情かは見ることが許されないが,慌てていることだけは分かる。
「こいつは犯罪者だ。邪魔をするなら貴様も同罪と見做すが?」
「せめて説明してくれ!」
師匠を巻き込みたくないから,構わないでほしい。けれどそんな意志を伝えられないし,仮に可能であってもしないだろう。それ自体が共謀の証拠に使われかねない。
「面会時間ぐらいは用意してやる。明日にでも来るがいい。」
その場での説明はなされず,玄関の戸は乱暴に閉じられる。俺は馬車に乗せられた後,逃げ出さないように拘束され,両脇を警官が固めている。幌によって視界は事実上遮られており,外から聞こえてくる民衆の声によって辛うじてそこが市街地であることが分かる程度だ。外の人間は誰もこれが護送車両とは気付いていないのだろう。
ところで,俺は該当しないのだが,世の中には眼で見ただけで魔法を行使できる人間がいるらしい。そういう人間に対しては目隠しもするのだろうか。そうでなければ彼らにとっては万が一,逮捕や誘拐されても脱走は容易だろう。
「降りろ。」
そうして俺は逃げ出すことを許されないまま,新都に唯一存在している警察署に連行された。降りてからも警官2名が睨みをきかしており,下手な行動をとれば余罪が増えるだろう。
「入れ。」
監獄ではなく,もっとしっかりした部屋に入れられ強制的に椅子に座らされる。鍵を掛けられた後に猿ぐつわを外されたが,手錠はそのままだ。後ろに警官が1人,前に座った警官が1人。
「貴様は自分が何をしたか分かっているか?」
「いえ,まったく……」
帰ってきてからここ数日で犯罪らしい行為をした覚えはない。
「魔王を倒したなどと嘯いていたじゃないか。」
「あれは本当で……! それに証拠だってあります!」
「証拠というのはこの兜のことか? 残念だがこれは証拠にはならん。貴様が魔法で作り上げたものだ。」
「違います!」
「被疑者の言うことなど信用に値せぬ。当局はそのように判断したのだ。」
俺に弁解をさせる気はなくて,状況を説明するためだけに用意された場だったのだろうか。
「それともあれか。鎧以外の証拠があるのか?」
魔王の兜を投げたり回転させたりと弄びながら挑発してくる。
「……何なら納得するんですか。」
「そうだな……魔王の首,というのはどうだ。」
「魔王は消えてしまいましたから無理です。」
「それも辻褄合わせの戯言だな。用意できない言い訳に過ぎない。」
「では魔王城に出向いて俺が嘘をついているかを確認してきてください。」
現場を見ていない者にとって疑わしいのはたしかだ。無闇矢鱈に相手の発言に悪意を見出すのはよろしくないし,彼らと同類になってしまう。
「……既に行っている。調査隊が戻るまでは判決を下さない。他に言うことがなければ独房に移動するぞ。」
時間はかかってしまうが冤罪を免れることができそうだ,このときはそう確信していた。
一方で人間時間にして最後の勇者帰還直後のこと。
「――とのことでした。」
黒紫色の兜を持った番人による王に対する緊急謁見で,魔王討伐の件が報告された。
「そうか,遂にか……。」
王はその事実を喜ばしく思う一方で,憂慮していた事態が起こってしまったと考えていた。現在の王国は周辺国との関係が良く,表だった強大な武力は要らぬ衝突の原因となり得る。従って,この情勢下では単一個人がたとえ魔王相手であっても国家を滅ぼしたという事実は驚嘆に値する。
「それはまことかね。」
「現状ではそうお考えになられるのが妥当かと。直ちにこの兜の検査と魔王城の調査を行わせます。」
「どれほどの時間を要する?」
「兜は数日中に,魔王城の調査は半月ほどかかります。」
調査というかほとんど往復時間であることは明らかだ。ここでは転移魔術がないので是非なきこと。
「数日か……。それまでに決断を下さねばな。」
王としての命令ではなく,思考が独り言として漏れている。
「よい,ひとまず調査を開始せよ。」
「はっ。」
この日は番人も素直に王の間を退出していった。その後,数日間にかけてこの王は常に悩みを抱えたような気の重い雰囲気を纏っていた。
時間飛んでこれは勇者捕縛直前の話。
「報告いたします。かの勇者,エグモント・ハイデフェルトが持ち帰りました兜ですが,年代測定の結果より非常に信憑性が高いとの結果が出ました。」
ものというのは「いつ生まれたか」という情報を常に持っている。それは物性には影響しないがたしかに持っていて,ある魔術手段を用いて確認することができる。その技術力を他に回せれば……。
「ですが,奇妙なこともありまして。」
「申してみよ。」
「鎧が帯びていた魔力を調べたところ,勇者の魔力と非常に似通った反応が検出されました。」
「似通った? 同じではないのかね。」
王は訝しみ,聞き返す。完全に一致しているわけでもないというところが奇妙だ。
「はい,同一ではありませんでした。ですが,一般的な血縁以上に近しいとのことです。」
王はますます混乱するばかり。たしかに魔力波形が血縁以外で似通っていることは稀。
「同一人物の可能性は?」
「それも視野に入れて検証中です。」
勇者が作ったものではないから,同一人物なんてことは有り得ないと思う。王も同じことを熟考して。
「……なれば仕方あるまい。ひとまずかの勇者を逮捕せよ。」
「は?何を仰いますか王。」
この番人はたしかに都合の悪い情報も含めて状況を正確に報告した。勇者が祝福されるかと思って報告しに来たというのに真逆のことを告げられた。怒りではなく困惑を抱くのも至極当然だ。
「繰り返す,かの勇者を逮捕せよ,これは王命である。」
王は堂々と,複数の者がいる前で告げた。そうしてエグモントが逮捕されることになったわけだ。ただし,今後証拠が次々と表れ,彼の無実が証明されるのは目に見えているし,王も分かっていた。
更に調査隊が帰還した後。
「ということで魔王城は既に保有者がいなくなっていました。あの,お言葉ですが王,勇者は解放すべきでは?」
「……そうだな。この件では無実だ。」
「と言いますと。」
「勇者の独房からこのような書が見つかったそうだ。」
王が手にしているのは王暗殺計画について記された数枚の紙。これを勇者が書いたと主張したいようだが,事実は異なる。王が彼を処刑するために用意した偽の証拠だ。
「なっ!?」
距離を詰めて確認したところで番人も驚いた。
「魔王だけでは飽き足らず遂にわしを狙うようになったということだ。これは国家反逆罪と言えよう。」
「いや,しかし……。」
権力差を無視してでも口出しを考えるほどの事態。なぜなら国家反逆罪は死刑になるからだ。流石にこの国も市中引き回しは残酷にすぎるとして廃止している。
「どうした,何か言いたいことがあるのであれば申してみよ。」
「彼は勇者ですよ。王を殺そうなどと計画するとは思えませぬ。」
「勇者だからこそだ。強大な力,放っておけば手遅れになろう。早急に対処せねばなるまいて。」
王は決断を急ぐ。何がなんでも彼を抹消するために。
「それにあまりにあやつの味方をするのであればお主も罪に問われるぞ?」
「……失礼します。」
それ以上の抗議をすることはせず,番人は退出してしまった。
「……本当にすまぬ。これも国のためなのだ。」
そしてこれが当日。
「嘘だ!俺はやってない!」
昨日まではなんともないどころか,誤認逮捕の可能性が高いと言われていた。それなのに今日になって急に別件で処刑?どうなっているんだ。
「しかしこうして証拠がだね。」
男が見せたのは書いた覚えのない書類。国家反逆罪と断じられた根拠が根も葉もない嘘とはどういうことなのか。
「俺は知らない!」
「犯人は皆そう言う。諦めて移動してもらうぞ。」
国家反逆なんて滅多に起こることじゃないが知っている。数少ない死刑になる罪だからだ。
「離せ!」
「抵抗すれば罪が増えるだけだ。おとなしくしてくれ。」
言葉の割には手に力がかかっている。進め,と後ろからどつかれる。処刑場に進むごとに周囲を固める監視者が増えていく。
「待ってくれ! 彼はそんなことしないはずだ!」
「下がった下がった! 観衆はこの線から入らないように!」
外に出た途端,師匠が止めようとしている声が聞こえた。しかし,彼1人では無謀のようだった。
「さて,最後に何か残す言葉は?」
中央広場に特別に設けられた処刑場。裁判すらない,殺人と呼ぶべき行いのなされる場所。その手前に来て,牢の鍵を開いたときからいた男が問う。
「俺は勇者じゃない方が幸せだったか?」
「かもしれんな。」
男は顔を逸らして非常に申し訳なさそうにそう言った。覚悟なんて決まっていない。まだ生きてやりたいことだって沢山ある。それでも既に道を違えてしまったのなら。
「もう始めよう。」
「……ただいまよりエグモント・ハイデフェルト死刑囚の処刑を開始する。」
男の合図と共に俺の身体は木に縛り付けられる。そうか,知らされていなかったが火刑なのか。足元にはそのための薪が組み上げられていく。
「Verbrennung!」
そしてある魔術使いの手によって火が付けられた。……熱い。謂われのない罪に問われたこの身を焼き尽くす地獄の業火。肉の焦げる臭いが立ちこめる。可能ならばもう一度やり直したい,勇者なんて特別な存在のいらない平和な世界で。
「非国民め!」
「反逆者!」
「恥知らず!」
民衆は知らないのだろうな,俺が魔王を倒したことを。石が飛んでくることはないが聞こえてくるのは罵声ばかりだ。人に理解される存在でありたかった。
「後__はどう____。」
「__に埋葬しておいてくれ。____勇者____だから_。」
もう声もはっきりとは聞こえない。そんな中,最期にこの国の王の姿を垣間見た気がした。
死亡確認,と。人間とはどうしてこうも愚かで浅はかなのでしょうか。
「さて聞こえているのかしら?これは独り言です。お気の毒ですが勇者の冒険は終了しました。ですが,その功績と残存寿命を考慮した結果,新たにやり直すことが可能となりました。」
物質的には何もない空間に浮かんだ死者の意識に語りかける。
「選択権はありません。その資源の有効活用を。ご希望通り『平等で平和な世界』に送り届けます。」
並行世界検索……結構近いところにあるのね,ここにしてしまおう。
「では良い来世を。――あ,やば。」
失敗した。これ並行世界じゃないのか。影響次第では大目玉……ってああ,そういうことか。既にこの失敗は織り込み済みだったということなのね,ニコラウス。
「これなら本来の業務通りに戦士として攫った方が良かったかしら。」
「駄目に決まってるでしょう?」
極東の水先案内人に釘を刺されてしまった。管轄が近いからよくちょっかいを出してくる嫌な奴。
「分かってますよーだ。ちぇっ,結構優秀だったんだけどなー。」
さてと,次に死にそうで使える魂はどこにあるかなーっと。再びマルチモニターに囲まれた作業机の前に座って退屈な業務に戻った。