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#B「並んで歩く」~今津くんサイド~

――彼女と出逢うた、というか、遭遇したんは、まだ中学生になったばかりの頃やった。


「定期、どこやろ……」


――反抗期を迎え、どこへ行くにも文子さんと一緒に行動するのが嫌になり、定期ぐらい一人で買えると息巻いたまでは良かったんやけど、お受験やマニュアルやゲームの攻略本みたいには、トントン拍子に事が進まんかった。自分が社会常識に欠けてることを、まったく考慮していなかったからや。


「何してるん、こんなとこで?」

「定期、買いたくて」

「ホームで売ってるわけないやない。ジュースやお菓子やないねんから」

「えっ。じゃあ、どこ?」

「まったく。中学生にもなって一人で定期ひとつ買えへんて、とんだボンボンやね」

「だって。こういうことするの、はじめてやから」

「あきれた。……まぁ、エエわ。私も買いに行くところやから、一緒に行こ」


――こうして、彼女に連れられて、なんとかミッションをクリアしたわけやけど。正直、いま思い返しても恥ずかしい。


「おはよう」

「おはよう? えーっと……」

「あなた、恩人の顔を忘れたん? ニシキタで一緒に定期を買うてあげたんは、誰?」

「あぁ! あのときの」

「思い出したようやね」

「ありがとうございました」

「どういたしまして。ところで、――ここ、女性専用車両なんやけど?」

「えっ!」


――今津から芦屋川にある男子校に通う途中で、園田から六甲にある女子校に通う彼女と顔を合わせるのは、必然的なモノやった。ほんで、顔を合わせる機会が増えれば会話する回数も増えるんも、また自明の理や。


「相手の爪がかすめたんや。大した怪我やない」

「ほんなら、エエけど。こじれんうちに、ちゃんと仲直りしぃよ?」

「はいはい。わかっとる」

「どうやろな。でも、珍しいなぁ。暴力に訴えるなんて」

「小競り合い程度や。女の子同士やと、こういうことは無いん?」

「うーん。男の子同士みたいに、すぐに手が出るわけやないけど、喧嘩が無いわけやない。長時間、同じ場所で席を並べとったら、ときにはツマランことで口論になるもんよ」

「へぇ、そうなんや。そっちの友だち付き合いも、なかなか面倒臭そうやね」

「ホント、嫌になるわ。ひとりぼっちやったら、内部進学をやめてたところや」

「あっ。それじゃあ……」

「あと三年間、よろしゅうな」


――このあと、異性間の友情が恋仲に発展するのも、思春期の男女にはありがちなことやろう。特に、学び舎が禁欲を強いられる環境であれば、なおさらのこと。


「お待たせ」

「わっ!」


 夙川公園のベンチに座り、頭上で満開に咲き誇る上品なピンクの桜花を見上げつつ、ボーッともの思いに耽っていた少年に向かって、少女が足音を忍ばせて近寄り、だしぬけに耳元で呼びかけた。少年は、その唐突さに驚いて目を丸くし、隣に座る彼女の手にしている袋を見て、ようやく回想から覚めた。

 少女は、クスッと小さく笑いつつ、あおやま菓匠と書かれた包装紙を開ける。


「あったで、桜餅と三色団子」

「良かった。ナンボやった?」


 少年が腰を浮かせ、ジーンズのポケットに手を入れようとすると、少女は、それを片手で制しながら優しく言う。


「ここは、私が払うから。ドーナツひと箱より、ずっと安いもん」

「いや、それは、遅刻した罰金代わりやから。それに、女の子に払わせるんは、男として……」

「エエから、エエから。男やったら、細かいこと気にしな! なっ?」


 少女が少年の背中をバシッと景気よく叩きながら紙箱を差し出すと、少年は団子の串に手を伸ばしつつ口を噤む。


――強く押されると、何も言えなくなるんよなぁ。どうやら、一人前の彼氏になれる日は、まだまだ先のことになりそうや。 


 若い二人の青春恋愛ラブストーリーは、ようやく復路に差し掛かったばかり。はたして、終着駅に待っているのは、どんなクライマックスだろうか。

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