おいしい打ち明けごと
今年最後の更新となります!
みなさまよいお年をー!
ポカポカ暖かい日和、ローザリアはルーティエとランチの約束をしていた。
事前に準備していたランチボックスのふたを開ける。素直な彼女は、その中身を見た瞬間翡翠色の瞳を輝かせた。
「おにぎりだ!!」
カディオとほとんど同じ反応に、ローザリアは思わず笑ってしまう。
そう。先日カディオに試食させたおにぎりを、ついにルーティエにも提供してみたのだ。
「な、何で!? 何でおにぎりがここに……あっ、やっぱりローザリアさんって転生者だったの!?」
勢いよく振り向くルーティエの瞳には、驚きと期待が満ちている。
ローザリアは罪悪感を胸に、緩く首を振った。
「残念ながら、わたくしは転生者ではありません。――ですが、あなた以外の転生者の存在を、ずっと以前から知っておりました」
カディオはおにぎりを食べたあの時、転生者であることを明かす決意をした。
ローザリアはそれに賛同した上で、真実を告げる役割は自分に任せてくれないかと申し出た。
カディオはその事実を、いつでも明かすことができた。それを遠回しな手段で阻止してきたのはローザリアだ。
時に、確認のかたちで。明かす必要性はないのだと誘導しながら。
卑怯だったと思う。
ルーティエが心から寂しがり、仲間を求めていたことも知っていたのに。
「あなたと同じ転生者は――カディオ様なのです」
生き生きとした彼女の表情が、消え失せる。
ローザリアは、それを真っ向から受け止めた。
どんな罵りも受けるつもりだった。
友達面で裏切り続けていた、当然の報い。彼女の感情を直接受け取るべく、ローザリアはこの役割を願い出たのだから。
許してほしいなどと乞うつもりはない。
けれどもし、彼女が自分から離れていこうとしたら、全力で繋ぎ止めると決めていた。
謝罪を何度でも繰り返し、贖罪をし、たとえ今までと同じ関係には戻れなくても。そう思えるようになったから、伝えることができたのだ。
「……何て顔、してるの」
毅然とした表情を保っていたはずなのに、春風のように頬を撫でたのは、ルーティエの細い指先。
ローザリアは瞠目した。彼女の柔らかな笑みがあまりに綺麗だから、どんな言葉も出てこない。
「私が、怒ると思った? まぁ、ある意味怒ってはいるんだけど」
ルーティエは笑顔のまま、ローザリアの頬をむにっと摘まんだ。誰かに頬を伸ばされるという初めての体験に、また絶句する。
彼女は朗らかな笑い声を上げた。
「怒ってるのはね、そんな辛そうな顔をするくらいなら、もっと早く言ってくれればよかったってところだけ! 黙ってたこと自体は怒ってないよ!」
おそらく間抜けな顔を笑われたのだろうけれど、今は戸惑いが強すぎて抗議するどころではない。
「……わたくし、辛そうな顔をしておりました?」
「それくらい分かるよ。もう、友達だもん!」
なぜ、ルーティエは怒らないのか。裏切りを告白したあとで、なぜ友達と言い切れるのか。
純粋に不思議だけれど、そこが彼女の強さなのだともどこかで理解している。それゆえにルーティエは眩しく、人を惹きつけてやまないのだ。
「確かに、転生仲間がいればいいなって思ってたこともあるよ。きっと励ましあえるだろうし、色んな気持ちを分かってくれるって」
「そう、ですよね」
「でもカディオさん大人だし、男の人だし。何でも話せるかって言ったらちょっと微妙だよー。私がイメージしてたのは、同年代のお友達だもん! カディオさんは前世でも世代が違う気がする」
年代差を的確に言い当てている辺りには感嘆するものの、あっさり切り捨てられてしまった彼に同情を禁じ得ない。
後々彼ら二人で話すこともあるだろうが、ローザリアが心配していたような親密さにはならないような気がしてきた。
それも覚悟の上で、より一層カディオの心を手に入れるべく励むつもりだったのだけれど。
ルーティエが、ローザリアの両手を握った。
「私には、転生仲間はもういらないの! だって、ローザリアさんがいてくれるから!」
温かな手から伝わる真心に、ローザリアの胸がじんわりと熱くなる。
――わたくしにも、ルーティエさんがいるわ。
照れくさくて言えない代わりに、思いを込めて繋いだ手を握り返す。
上気した頬、澄んだ翡翠色の瞳。陽光を弾くストロベリーブロンドと、それよりもさらに目映い笑顔。カディオとは違う、けれど特別な人。
ルーティエは、急に顔をずずいと近付けた。
「それで? 黙ってたのはやっぱり、カディオさんを独り占めしたいから?」
「ひ、独り占め?」
「カディオさんが好きなことくらいお見通しだよー。それを今打ち明けたってことは、とうとうお付き合いすることになったのかな?」
「なっ……」
独り占め。お付き合い。
恋愛ごとに慣れていないローザリアには、少々過激な言葉だ。
「そ、そんなはずないでしょう。カディオ様は、積極的な方ではございませんし……」
「だったら自分からいっちゃえばいいじゃん!」
自分から告白することを、はしたないことだとは思わない。むしろあの朴念仁が相手ならば手っ取り早く有効な手段と言えるだろう。
「……だって」
「え?」
「だって、ここまできたらカディオ様の方から、愛を告げられたいではございませんか……」
互いに憎からず思っているというのは、ローザリアの勘違いではないだろう。
ふとした時に目が合ったり、からかえば赤くなったり。シンとの仲を不安に感じていたなんて、まさしくその根拠となり得るだろう。
なのに、なかなか関係は進展しない。進めようと思えば容易いのに。
それは、ローザリアの意地だった。
「……こんなの、一生に一度のことではございませんか。愛しているという言葉を望むくらい、罪ではないでしょう……?」
ぼそぼそと、目を逸らしながら言いわけがましく呟く。すると、ルーティエが堪えきれないとばかり飛び付いてきた。
「あー、ローザリアさんが可愛いすぎる! そんでもって人の恋バナって楽しい!」
彼女らしいやり方で許してくれたことに感謝しつつも、ローザリアは頬を赤くする。
からかわれてばかりではいられない。
「あなたこそ、アレイシス達とは現在どうなっているのですか?」
「えー、アハハ。ホラ、そろそろおにぎりを食べようか。せっかくだし」
「わたくしからも散々本音を聞き出したのですから、誤魔化そうとしても無駄ですからね」
――二人はその後も楽しく言い笑い合いながら、おにぎりを頬張るのだった。




