一網打尽
「この頁岩、調べたらどうなるかしら? 鉱山によって成分の含有量は異なると申しますしーー」
建築組合の男が震えながら膝をついた。
子爵は僅かに眉を動かしたものの、それでも平然としている。
ローザリアはまず組合の男から崩そうと、チラリと視線を向ける。
「もし、カラヴァリエ伯爵領から盗まれた頁岩が、あなたの建築組合から発見されたなんてことがありましたら、ねぇ?」
「ーーた、偶々だ! 誰かが俺をはめようと、仕組んだことかもしれない!」
男が、堪らずといったふうに叫ぶ。
子爵は忌々しげに彼を睨んでいるが、まさに目論見通りだ。
ローザリアはわざとらしくため息をつきながら首を振ってみせる。
「そういった難癖をつけられる可能性を考えて、言い逃れられない現場を押さえたのですけれど」
深夜の密会、建築組合から発見された頁岩、状況証拠ばかりでなく、確たる証拠を示せと。
往生際は悪いが一理ある。
その時、頃合いを見計らっていたかのようにグレディオールが現れた。一枚の紙を差し出し、再び影のように消えていく。
渡された紙に素早く目を通すと、ローザリアは会心の笑みを浮かべた。
「頁岩だけでは足りないのでしたらーー」
やり取りを見守っていた男達に向け、高らかに紙を掲げた。
「ーーあまりにも不用意に残された念書などは、いかがかしら?」
しかもご丁寧に二人の署名入りだ。これこそ、動かしがたい証拠。
組合がカラヴァリエ伯爵領で採れた頁岩を盗み出すこと、その際子爵が手勢を貸すこと。男の組合にドルーヴ建設を任す代わりにその費用を抑えることなど、事細かに明記されていた。
証拠となるものがあればと思っていたが、これほど足の付きそうなものを文書で残しているとは。
ーー金庫に保管していたとしても、グレディオールが相手では時間稼ぎにもならないでしょうしね。
ドラゴンである彼に人間の常識は通らない。
「これを、頁岩と合わせて王家に提出させていただきますわね」
「……それを、返す気はないかね?」
子爵が、慎重に口を開いた。
ローザリアは答えない。
彼は息をつくと、ゆっくり顔を上げた。そこに嘲りを浮かべたまま。
「そうか。実に、残念だ」
子爵が卓上のベルを鳴らすと、反対側の出入り口からぞろぞろと男達が現れた。全員もれなく武装をしている。
私兵だ。しかもここに来るまでに遭遇した制服姿の者達とは異なり、明らかに荒事や後ろ暗いことに慣れた様子の面々だった。
人数は九人。果たして、カディオ一人に捌ききれるだろうか。
彼らがもしシンを捕らえようとした者達ならば、その証言は証拠の一つとなる。だとしたら、殺さずに捕縛する必要があった。
それだけで難易度が跳ね上がるというのに、彼には人を傷付けることへの恐怖心があるのだ。
転生前、カディオは治安のいい国で生きていたという。手習い程度の武術は嗜んでいたらしいが、刃物を振るったことすらないのだとか。
視線を送ると、カディオはしっかり目線を合わせて頷き返した。
「大丈夫です。今日はあらかじめ、模造刀を準備してきましたから」
「……そうですか」
そういうことを気にしたわけではないのだが、大丈夫というのなら信じよう。
戦闘の邪魔にならないところまで下がると、彼はローザリアを守るように進み出た。
男達は、人数の差から彼を侮っているようだ。ろくに構えもせずニヤニヤしている。
その油断を利用すべく、カディオは先制攻撃に動いた。あっという間に距離を詰められ一様に驚いているが、構え直す暇はない。
いきなり腹を蹴り込まれた大男が、一発で吹き飛んだ。カディオは息つく間もなく隣の男の側頭部に手刀を叩き込み、その流れでさらに別の男の顔面にこぶしをお見舞いする。
やられた男達はピクリとも動かなくなり、合わせて三人が戦闘不能となった。
残った男達はさすがに顔色を変えて、各々の武器を構える。
カディオの模造刀に対し、彼らは真剣だ。
ローザリアもさすがに固唾を呑んで見守る。
じり、と彼を囲むように間合いを詰めていく男達の内、一人が斬りかかっていく。
湾曲した幅広の剣が、ギラリと鈍く光る。
カディオはこれを、鍔で受けきった。
金属でできているとはいえ、模造刀は真剣と斬り合うために造られていない。
この先の戦闘を思えば、極力刀身の磨耗を防ぎたいのかもしれなかった。
カディオは相手の勢いを器用にいなすと、よろめいた男に膝蹴りを入れる。
その隙に斬りかかろうとしていた男の剣を真っ向から受け止め、押し返した。その勢いのまま背後にいた男と衝突する。
カディオは間合いを取られないよう、グルリと剣を一閃させた。
彼らに生じた一瞬の躊躇いを見逃さず、また一人手刀で沈める。
一気に半分まで数を減らした男達は、見る間に戦意を喪失していく。
それでも彼は攻撃の手を緩めない。
顎を狙ってこぶしを突き上げたり、振り上げた踵を無防備にさらされた背中に叩き込んだり。
次々に仕留めていく正確さは驚嘆に値する。そしてそれは、男達にとって恐怖でしかなかった。
「う……うわああぁっっ!!」
血迷った男が、ローザリアに向かってくる。
カディオは少し離れた位置にいたので、気付いた時には目の前に迫っていた。
だが。
「ーー愚かだこと」
ローザリアは『極悪令嬢』らしい凶悪さと傲慢さで、笑った。
男の前に立ちはだかるのは全身黒ずくめの青年。
無機質な、まるで人ではないかのような存在感。そこに表情はないのに、金緑色の瞳だけは凍えるほど冷たい。
「ひっ……!」
本能的な恐怖から逃げようとした男だったが、ひたりと額を押さえられて動けなくなった。
人差し指。その一本の指が触れているだけで、全ての抵抗を封じられてしまう。
それは強大な兵器の前に裸で立ち尽くしているような、圧倒的な無力感。
声を上げることすらできずに、男はへなへなと座り込んだ。
ローザリアは極め付けとばかりに、満足げな笑みで言い添える。
「よくやったわね、グレディオール。手加減は難しかったでしょう?」
その言葉に、敵対していた者達は震え上がった。
勝てるはずがない。この、たった一人の少女に。
「ーー化け物め!!」
しゃがれた声で叫んだのは、子爵だった。
彼の目にはグレディオールはもちろん、それを許容するローザリアさえ化け物に見えた。
「私は貴様を認めない! 『薔薇姫』の存在そのものが道理から外れているのだ! だから『極悪令嬢』などと揶揄される! 同じ人間でないから!」
「なっ……!」
最後の一人を昏倒させたカディオが反論する前に、ローザリアは腕を組んで進み出た。
「……道理から、外れている?」
広い室内に一つしかない明かりが揺れる。
頼りない照明は、ローザリアに色濃い影を映す。
アイスブルーの瞳だけが光を弾いて輝いていた。
それはまるで、比類なき宝石のように。
「ご存知ありませんか? 極悪とは、この上なく邪であること。邪には、道理に外れている、という意味があるのですわよ」
ゆったりと足音を響かせていたローザリアが、子爵の前で立ち止まる。
彼はみっともなく唾を飲み込んだ。
暗がりに、くっきりと浮かび上がる笑みの花。
それは凄絶に美しく、また恐ろしかった。
「ーーわたくしを『極悪令嬢』と罵ったその口で道理を説かれるなんて、おかしな方」
子爵は限界まで目を見開き、床にへたり込む。
隣で丸くなっている建築組合の男のように、ブルブルと震えだした。憔悴しきった姿はめっきり老け込んで見える。
もはや眼中にない男達を視界から消し去ると、ローザリアはカディオに話を振った。
「近衛騎士団の権限さえあれば、子爵位であっても拘束できるかしら?」
「はい。殿下から事前に許可を取ってあります」
「彼は彼で、わたくしを過信しすぎているのではないかしら……」
何もかもレンヴィルドの想定内だというならばともかく、そこまで信用されているのだとしたらこれもまた面映ゆいことだ。
空気が緩んだその時、子爵が突然叫んだ。
「私は知っているぞ! 私の友人は、お前に殺されたんだ! あの男が行方をくらますなど考えられない! お前は、人殺しーー……!」
目を血走らせ、口角泡を飛ばしながら半狂乱で叫ぶ子爵は、彼こそがおぞましい化け物のようだ。
カディオが目で追えない速さで動いた。
模造刀の切っ先を、彼の眼前に突き付ける。
一応身分ある相手であるにもかかわらず、迷いのない剣筋。そこに押し込められたカディオの怒りが、まるで突き刺すかのようだった。
「その、汚い口を閉じろ」
一拍遅れて、子爵の前髪がはらりと舞った。
恐怖に絶句する彼と同じく、ローザリアも気が遠くなった。
「も、模造刀とは、髪が切れるのですか……?」
いつもの明るい雰囲気に戻ったカディオが、無邪気に微笑む。
「普通は切れませんよ。単に今のは、居合いの技術を応用しただけです。あぁ、前にお話しましたっけ? こうして鞘から抜く動作で一撃を繰り出すことを居合いというんです。ちなみに二撃目で相手にとどめを刺すところまでが一つの流れで……」
始まった。そういえば、彼は前世から武術に傾倒している様子だった。
記憶がぼんやりしてきていると不安がっていたのに、なぜこんなところだけ鮮明なのか。やはり、戦うことを生業としているからか。
熱く語り続けるカディオの背後で、子爵が泡を噴いて気絶していた。
お久しぶりです!
昨日コミカライズの方も更新されておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
斯波先生のキャラ達の生き生きとした掛け合いは本当に面白いです!
フォルセ初登場回ですよー(^-^)




