表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/61

確保

 のどかな陽光が降り注ぐ昼下がり。

 道端には色とりどりの花が今を盛りとばかりに咲き誇っている。

 レスティリア学園では在校生が卒業生に花束を贈る習慣があるらしく、卒業式当日の学園は美しい賑わいを見せていた。

 咲き乱れる花を見ていると、季節を先取るようなあの光景を思い出す。

 新年度への切り替え準備のために設けられた、短い春期休暇の初日。季節はすっかり春めいてきた。

 菫の可憐な花を横目に、ローザリアは人通りの少ない道を歩く。

 半歩後ろには従者であるグレディオール。

 舗装の剥がれた道は歩きづらいが、歩調を緩めることはない。

「貧民街であっても花の美しさは変わらないわね」

「花は、咲く場所を選んだりいたしませんから」

 ローザリア達は、貧民街に来ていた。

 目的はただ一つ、件の不審人物に会うことだ。

「こちらです、ローザリア様」

 グレディオールはドラゴンの特性ゆえ、様々な感覚が明敏だ。普段は遮断しているらしいが、視覚や聴覚が人よりも優れている。

 嗅覚も同様で、彼には不審人物の匂いを追わせているところだった。

 ミリアを連れて来なかったのは疑問を解明するための調査に向かわせているためと、万が一の危険に備えたためだ。

「もう、すぐそこまで来ております」

「ありがとう。あなたは本当に有能ね」

「私をこのように使うのは、世界広しと言えどローザリア様だけでしょうね」

「あら。お褒めいただき嬉しいわ」

 鼻の利く犬のような扱いが若干不満らしいものの、ローザリアは相手にしない。使えるものは何でも使う主義だ。

 貧民街の治水事業の正式決定が秋も深まる頃だったため、着工は冬が明けてからと聞いていた。

 今はのどかな光景が広がっているけれど、そろそろこの辺りも職人達で活気づくはずだ。

「あぁ……どうやら、あそこにいるようです」

 不審人物とされる青年を発見したのは、ローザリアにとっても見覚えのある場所だった。

 以前ごろつき達に誘拐されかけた時、グレディオールが爆風と共に彼らの根城を吹き飛ばした場所。

 彼がこしらえた川の抉れを見物しようとする者があとを絶たなかったため、壊れた家屋もそのままに立ち入り禁止となっている区域だった。

 青年がまさにその抉れを覗き込んでいたので、ローザリアは鋭い声を発した。

『そこは足が付かないほど深いので、流れが緩やかだと油断していると痛い目を見ますわよ』

 シャンタン国の公用語で警告を飛ばすと、青年が振り向いた。

 相変わらず外套で顔を隠しているが、グレディオールが捜し出したのだから間違いないだろう。

『また会うなんて思わなかった。……運命か?』

 彼が真顔で発した軽口は、聞き取れなかったことにして流す。確かレスティリアの言葉も話せたはずと、言語を切り替える。

「ごきげんよう。こちらは見ての通り、立ち入り禁止となっておりますよ」

「そうなのか? それは申し訳ない。この打ち捨てられた家屋が、どうしても気になった」

 言いながら、彼はスッと立ち上がった。偶然にしては白々しい遭遇に、警戒しているのが分かる。

 その動作で、フワリと香が匂い立った。

 以前に会った際も気になっていた、奥深く上品な香り。これを頼りに、グレディオールに動いてもらっていたのだ。

 おそらく、伽羅という稀少な香。

 原産地であるシャンタン国内においても富裕層にしか許されない、最高級品。

 不衛生な香りが漂う貧民街には、何とも似つかわしくなかった。

 青年は、二人しかいないことを確認するや、踵を返して走り出した。今までのゆったりした動作からは予想外なほど速い。

 けれど甘い。こちらにはグレディオールという最強の切り札がいる。

 彼は命令を受けずとも動き出した。その駿足は、もはやローザリアの目で追えない。

 グレディオールは瞬きの間に青年へと追い付くと、手荒に襟首を掴んだ。

「ぐえっ」

 青年から、情けない苦鳴が漏れる。

 これは、念のため丁重に扱えと伝えておかなかったローザリアのミスだ。

 グレディオールは首根っこを掴むと、青年を引きずりながらこちらに歩み寄る。何とも雑だ。

「……グレディオール、彼は貴人なの」

 彼は数回目を瞬かせると、判断しかねるように青年をぶら下げた。

「それは、大変失礼いたしました……?」

「全く疑問を隠しきれていないわよ。それに、あなたが謝ることではないわ。言い含めておかなかったわたくしの責任だもの」

 ドラゴンにとって人の貴賤など些末なことだというのを、すっかり忘れていた。

 ローザリアは地面に膝をつくと、まだ座り込んでいる青年と目線を合わせた。

「わたくしの従者が手荒な真似をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。どこか、痛むところはございませんか?」

「……俺は、密入国者ではない」

「えぇ、存じ上げております。けれど、行方をくらまし好き勝手歩き回られては、品位を疑われましてよ。ーー殿下」

 付け加えた敬称に、青年は黙り込んだ。

 しばらく微動だにしなかったが、やおら暑苦しい外套を外した。

「……よく、分かったな」

 現れたのは、彫りの深いレスティリアの民とは異なる、けれど確かに優美な美貌。

 なめらかな象牙色の肌は傷一つなく、艶やかな黒髪も常日頃から手入れされてきたものだ。

 何より、暖かな灯火のようなーー燃え立つ朝焼け色の鮮やかな瞳。

「古い文献に、シャンタン国の民は自国を『暁の国』と呼ぶことがあるとありました。シャンタン国の王族の瞳が緋色であることからも、特別な色であると。少し考えればすぐに分かることですわ」

 まさか王族がこのような奇行に走っているとは思わず、関連付けるのに時間がかかってしまったが。

 訥々としたしゃべり方も、芒洋とした眼差しも、ローザリアの知る王族とはかけ離れている。

「それにしても、先ほどの口振りから推察いたしますと、我が国の上層部はあなた様の存在を認識していないようですわね」

 密入国を疑われるかもという発想になるなんて、何か後ろ暗いところがあるとしか思えない。

 青年は、無表情ながらも微妙に気まずげに顔をしかめた。こういった手合いの表情を読むのは、幸いグレディオールのおかげで慣れている。

 彼は視線を落とすと、素直に白状した。

「この貧民街にあるという土壁を、一足先に見てみたかった。彼らの技術がどんなものか、知りたかった。使節団に紛れれば、いけると思った」

「……」

 使節団に紛れ、こっそり入国する。それを人は密入国という。

 危うく喉元まで出かかった言葉を、鉄壁の笑顔で何とか堪える。

 王国内における土壁技術の普及と発展を促したのがローザリアだと知れたら、この風変わりな青年はどんな反応をするだろうか。

 密入国まで果たしてしまうほどの情熱を知っているからには、嫌な予感しかしない。

 そもそも彼の家族が国中を挙げて捜索しているかもしれないというのに、のんきすぎやしないか。

 ローザリアは様々な感情に蓋をすると、王子を立ち上がるよう促し、淑やかに礼をする。

「やはり深夜に入港したというシャンタン国の船は、正式な使節ということですのね。名乗るのが遅くなってしまいました。わたくしは、レスティリア王国セルトフェル侯爵が直系、ローザリア・セルトフェルと申します」

「シャンタン王国第三王子、シン・ティエンだ。よろしく頼む」

 シンと名乗る青年も、この時ばかりは王族らしい應揚な態度で頷いてみせた。

「シン殿下。改めまして先ほどの非礼をお詫びいたします。少々手荒になりましたけれど、まずはあなたの安全の確保を優先させていただきました」

 ローザリアは再度頭を下げる。

 彼は、涼しげな目をすうっと細めた。

「それは、街にいた怪しい者達と関係するのか」

 シンが気付いているとは思っていなかったので、ローザリアは僅かに目を見開いた。

 ゆったりした雰囲気は一見頼りないが、鋭い洞察力もしっかり持ち合わせているらしい。

 彼が今まで無事でいられたことが運でも偶然でもなかったと知り、ローザリアは笑みを深める。

「お見逸れいたしました、殿下。詳しいことは、セルトフェル邸でゆっくりいたしましょう」

 告げると、ローザリアは滑るように歩き出した。




 孫娘が何の前触れもなく王族を連れ帰れば、驚くのは当然だと思う。

 それでも貴族ならば、その驚愕を押し殺してそつなく対応するものだ。

 けれどセルトフェル邸の主人でありローザリアの祖父であるリジク・セルトフェルの怒りは、凄まじいものだった。

「ーーなぜかミリアが一人で戻ってきたかと思えば、これか」

 屋敷に戻ってすぐ、地を這うような声音で祖父が呟く。その一声だけで大広間は凍り付いた。

 リジクの背後には、申し訳なさそうに苦笑するミリアがいる。

 先に事情を説明し、くれぐれも怒りを鎮めておくようにと言い含めていたはずが、どうやら失敗に終わったらしい。

 祖父は王宮で古狼と恐れられていると聞くが、まさに獣に睨まれているようで生きた心地がしない。

 グレディオールはいつも通りの無表情だし、シンに至っては大広間に飾られた御影石の篆刻や床の大理石に夢中だ。他人の屋敷であまり自由に振る舞わないでほしい。

 ミリアはローザリアの無茶に厳しいため、今回は助けは見込めない。八方塞がりだ。

 それでもローザリアは、威圧感満載の怒れる狼に笑顔を返した。

「問題ございませんわ、お祖父様。既にレンヴィルド殿下を呼び出しております」

「自国の王子を呼びつけておきながら、問題ないか。そうか」

「いやですわ。いかにもわたくしが不敬を行っているという口振り」

「まさにそうだろうが」

「あぁ、忘れておりました。ついでに立ち寄った王都の菓子店で、お土産を買いましたの。バナナとベリーのマフィン。これらの果実には、血圧を下げる効果があるとされておりますのよ」

 故意に血圧の上がりそうな説明を添える。

 ローザリアを凌ぐ勢いで甘党な祖父は、皮肉に眉をピクリと動かしながらも勢いを失った。

 その隙を見逃さず、だめ押しとばかり微笑む。

「ただいま、お祖父様」

 久しぶりに、祖父へと向ける言葉。

 寮で生活しているので、帰省しなければリジクとは会えない。

 そこに寂しさと、自由に歩き回る喜びとが入り雑じり不自然な笑顔になってしまったかもしれない。

 祖父は何も指摘せず、静かな眼差しでローザリアを見下ろした。

 厳しさを宿す深い青色の瞳が、僅かに和らいだ。

「ーーあぁ。おかえり、ローザリア」




いつもお読みいただきありがとうございます!

本日、コミカライズも更新されておりますので

ぜひよろしくお願いします!

ルーティエとアレイシスが初登場しますよ!(^-^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ