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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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善行のすすめ

 放課後の図書館を一人歩いていると、机に向かっている男子生徒の姿を見つけた。

 春めいた日差しが窓際の席を柔らかく照らし、ポカポカと気持ちよい日和。だというのに彼は頭を抱え、わき目も振らず勉強に集中している。

 背中を丸めて必死に難問に取り組む姿は、幼い頃のアレイシスを彷彿とさせた。

 養子として引き取られたばかりの頃、彼もよく勉学に行き詰まって四苦八苦していた。

 何だか懐かしく思えて、そっと近付く。

「……こちらは、別の公式が必要になるのでは?」

「えっ、あ」

 驚いたように顔を上げる男子生徒に、ローザリアは笑顔を返した。

「ほぼ自力で解けているのに、余計な口出しをしてしまって申し訳ございません。失礼いたしました」

 邪魔にならないよう側を離れると、そのままカウンターで借りていた本の返却を済ませる。

 最近のローザリアは、創作の物語なども読むようになっていた。

 結局ただの空想ならば現実に戻った時虚しいだけだと思っていたけれど、自由を知った今なら純粋に楽しめる。少々子どもっぽいが騎士物語も好きだ。

 次は何を借りようか思案していると、進行方向で見知った人物が書架に寄りかかっていた。

「レンヴィルド様、お行儀が悪いですわよ」

「あなたこそお行儀がよすぎるようだけれど、一体どうしたの?」

 間髪を入れずに返すのはレンヴィルドだった。

 チラリと彼が視線を送る先をたどると、先ほど話しかけた男子生徒がまだこちらを見ていた。あのやり取りを見られていたらしい。

 彼は王弟殿下と目が合った途端飛び上がり、慌てて机に向き直っている。

「お気の毒」

「それもこちらの台詞だよ。今までどれほど噂をされても周囲に無関心だったあなたが、どういう風の吹き回しなのかな?」

「あら。人に優しくすることは、咎められるほどの罪悪なのかしら?」

「では城下で何かを調べ回るのも、あなたが言うところの善行なのかい?」

 カディオから、二人で出かけた時の様子でも聞いているのだろう。

 騎士であるからには報告の義務があるし、それ自体は構わない。けれど。

「……レンヴィルド様?」

 いつも通りの皮肉の言い合い。

 そのはずだったのに、レンヴィルドの表情がやけに固いことに気付いた。

「もしや何か、怒っていらっしゃいます?」

 彼自身は抑えているつもりなのだろうが、まとう空気がいつもより刺々しい。感情の制御に長けたレンヴィルドのこんな姿は初めて見る。

 ローザリアの問いを、彼はぞんざいに首を振って否定した。

「怒ってなどいないよ。ただ、あなたが何を考えているのか分からない。それだけだ。私の与り知らないところで何かあったらと思うと気が気じゃーー」

 まくし立てるような言葉を途切らせ、レンヴィルドが我に返る。

 彼はゆっくりと顔をしかめた。その瞳には、苦い感情が浮かんでいる。

「……いや、忘れてくれ。感情的になりすぎた」

「とんでもございません」

 半ば自動的に答えつつ、ローザリアの頭は全速力で稼働していた。

 レンヴィルドが何に対して怒ったのか、さっぱり分からない。

 他人に優しくしたことを本気で咎めているはずがないので、裏で何か嗅ぎ回られることが気に入らないのだろうか。

 今までならば何をしでかすか分からないと、困りながらも笑っていたのに。

 ーー何か隠したいことがあって、その真相にわたくしが触れかけている?

 調べるといっても、ルーティエへの贈り物を選ぶついでに暴行事件の現場を少し覗いただけだ。

 確かに気になる点はあったけれど……。

 混乱と胸のざわつきを、ローザリアはとりあえずきっぱりと封じることにした。

 完璧な笑みを飾ってこの場を切り抜ける。

「先ほどのご質問にお答えいたしますね。ネガティブキャンペーンはわたくしの性に合わないので、ポジティブキャンペーンを行っている。ただそれだけのことですわ」

「ネガ……? 何だいそれは」

「あぁ、失礼いたしました。つい従者の言葉が移ってしまいましたわ」

 グレディオールが時折口にする単語は、こちらの世界に存在しないものだった。しかも使用を控えようと思ったばかりなのに。

「つまり、よい人間を演じることによって利益を得る、ということです」

「その身も蓋もない解釈で合っているのかはなはだ疑問だけれど、それよりも今さら感がどうしても拭えないのはなぜだろう……」

「あら。わたくしだって心を入れ換えることくらい、ありますのよ。ーーそれでは、こちらで失礼させていただきますわね」

 胡散臭げなレンヴィルドの視線をヒラリとかわすと、ローザリアは出入り口に向かって歩き出す。

「……あ……」

 カディオが引き留めるように上げかけた声に、気付かなかったふりをする。

 弱りきった表情にも、伏せられた瞳にも。




 結局、何も借りないまま図書館を出てしまった。手痛い失敗だが今回は仕方がない。

 いつもと様子の違うレンヴィルド。寂しげなカディオ。彼らの顔が、まだ頭をちらついている。

 今まで、対人関係で悩んだことなどなかった。

 だから、こんなにもうまくいかない。自分の感情すらままならない。

 わだかまる気持ちを抱えて廊下を歩いていると、前方にフォルセがいることに気付いた。

「フォルセ」

「あぁ、ローザリア」

 立ち止まり振り返る彼に、元婚約者というぎこちなさはもうない。

「こちらにいるということは、図書館帰りだね?」

「えぇ。そういうあなたは、これから執行部員としてお仕事かしら?」

 フォルセが抱える書類のファイルを見下ろしながら問い返す。

 図書館の近くには、確か執行部室があった。

「最近は輪をかけて忙しそうね。ルーティエさんとの時間も、ずいぶん減ってしまったのではない?」

「そうだね、って君に言っていいのか悩むところだけれど。猫の手も借りたいくらいなのは確かだよ」

 おどけたように肩をすくめるフォルセに、ローザリアはここぞとばかりに迫った。

「では、わたくしの手を借りるのはいかが? 簡単な雑用くらいであれば、重要書類に触れることもございませんし」

「そういうわけにはいかないよ。そもそも役員以外、執行部室は立ち入り禁止だし」

 困りながらも断られ、ローザリアは目を伏せた。

「そうよね……。今日は何となく一人になりたくなくて、お仕事の手伝いでもしていれば気が紛れると思ったのだけれど」

 泣き落としにかかったけれど、そこはさすが幼馴染み。あっさり騙されてはくれない。

「寮に戻ればミリアとグレディオールがいてくれるじゃないか」

「では、元婚約者のよしみで」

「本当にすぐ切り替えるよね。しかも元婚約者なんだから、むしろ何のよしみもないよね」

 言い出す端からすかさず策を封じられ、ローザリアは束の間口を噤んだ。

 これは、切り札を使わねばならないようだ。

「元はと言えばあなたの身勝手で、婚約を破棄したようなものなのに」

 恨み言を呟くと、彼は頬を引きつらせた。

「うわ、それを言われると……でも君だって、別に僕との結婚を望んでいたわけでは……」

「どうぞよろしくお願いいたします」

 笑顔で念を押すと、苦々しげにしていたフォルセがガックリと白旗を振った。

「……確約できるのは交渉までだ。許可が下りなかったら、諦めてくれ」

「交渉の機会を与えていただけるだけで十分よ。あとは、わたくしが許可をもぎ取るまでだもの」

「自ら交渉するつもりなのかい……」

 フォルセは頭痛を堪えるように、こめかみを揉みほぐした。

「ところで、なぜそんなに執行部室に興味が……」

 彼が疑問を口にしかけたところで、前方を歩いていた女生徒が白いハンカチを落とした。

 ローザリアは素早く動いてそれを拾う。

「落とされましたよ」

 振り返った女生徒は、『極悪令嬢』に話しかけられるという想定外の事態に硬直する。

 失礼な反応だがローザリアは構わず、その手の平にハンカチを握らせた。

「あら。リボンが曲がっておりますわよ」

 制服を飾るカスタードクリームのような色合いのリボンが、僅かに歪んでいる。

 体に触れないよう気を付けながら、そっと位置を正した。

「『身嗜みは人を映す鏡』と言いますから細部まで手を抜かないように、ね」

 小首を傾げて微笑むと、若干青ざめてすらいた少女の頬に赤みが差した。

 同性をも惑わすとは、これも美容の効果か。

 ローザリアが再び歩き出すと、隣に追い付いたフォルセが口を開いた。

「君が親切だなんて、一体何を企んでるんだい?」

「人聞きが悪いわね。わたくしが優しいのはそれほどおかしなことかしら?」

 レンヴィルドといい、なぜ善行を疑うのか。

「答えるつもりはありません。日に何度も同じ説明をするなんて二度手間だもの」

「……君ってひどく理不尽だよね」

「えぇ。あなたにだけは」

 フォルセの長々としたため息が、廊下に響いた。



本日、コミカライズの第二話が更新されました!

レンヴィルド登場回です!

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