友人
お久しぶりです!(^-^)
瑞々しいレタスの歯応えと、完熟トマトの旨み。塩気の強いジューシーなベーコンと、濃厚なチェダーチーズ。パンにたっぷり塗られたマスタードマヨネーズがガツンと効いている。
それらを見事に融合させているのは、耳までフワフワの柔らかいパンだ。
しっとりとしていて、噛めば噛むほど小麦の味が口一杯に広がる。同時に、黒胡麻の香ばしさが鼻を抜けていった。
「ーーおいしい。このパンに練り込まれている黒い粒は、胡麻だったのね」
「当たりー! うちの人気商品なんだー」
「すごいわ。ルーティエさん、本当にお料理が上手なのね」
「やだな、照れるよー!」
彼女は軽く流しているが、本当にお世辞抜きでおいしかった。
ポテトサラダのベーコンも一度カリカリになるまでフライパンで焼いてあるし、パンに塗るものもバターやクリームチーズなど、挟む具材によって種類を変えている。
玉子焼きも、中のほうれん草からはバターと塩コショウの風味がする。別で下味を付けしっかり炒めているのだ。
何より一つ一つが、手間を惜しまず丁寧に作られていると分かる。
だからこそ、彼女の真心が伝わるのだろう。
宮廷料理とは全く異なる、食べるだけで元気がもらえる料理だった。
男性陣に負けない量を平らげた頃、ローザリアはすっかり笑顔に変わっていた。
「満足ですわ……。ご馳走さまでした」
食器やランチボックスの片付けはアレイシス達に任せ、紅茶を飲みながら人心地つく。
吹き抜ける柔らかな風が前髪を揺らした。
「よかった。ちょっと作りすぎちゃったかなって思ってたけど」
「そうね、少なくてもよかったかしら。あればあるだけ食べてしまいそうだもの」
「何それ最高の褒め言葉」
カップで指先を温めながら、ルーティエも嬉しそうに笑う。
「ーー元気が出たなら、よかった」
風に載せるように、彼女がそっと呟く。
湖面のように静かな瞳が、ひたりとローザリアを見据えていた。
「最近ずっと、何か悩んでるようだったから」
「あ……」
やはり、気付かれていたのだ。このどうしようもない醜さを。
ローザリアは恥じ入るように俯いたけれど、彼女の眼差しはどこまでも透明で優しい。
「始めは、悩みがあるなら聞かせてほしいと思ったよ。でも私は貴族じゃないから、聞いても理解できないかもって気付いたの。だったら、他に何ができるだろうって」
紅茶を見つめるその横顔は、綺麗だった。
一点の曇りもない眼差しは、彼女を無邪気なだけの人間ではないと語っているようだった。
凛として、可憐。彼らはきっと、この強さに惹かれたのだろう。
「私は単純だから、おいしいものを食べると元気になるんだ。それと、友達と騒ぐのも好き。こんなことしかできないけど、少しでもローザリアさんの気分が晴れたら、嬉しいな」
翡翠色の瞳をこちらに向け、ルーティエは微笑んだ。春の訪れを感じさせる風に彼女のストロベリーブロンドがなびく。
温かな日差しを受けて弾ける笑顔が、絵画のように美しかった。けれどルーティエの躍動的な美は、時間を止めてしまうのが惜しいとも思う。
束の間見惚れていると、彼女は好奇心一杯の表情になってローザリアににじり寄った。
「ねぇねぇ。ところでずっと思ってたんだけど、ローザリアさん綺麗になったよね」
「はい?」
首を傾げるローザリアに構わず、彼女はシルバーブロンドの毛先に触れた。
「うっわぁ、何これ髪も肌も艶々! 神々しい! 女神様みたい!」
「まぁ……。美容に力を入れているので」
最近は南国の木の実から採れる油を髪に塗って就寝しているので、日々艶を増している。肌も手入れを怠っていない。
それも全て、貴族のあれこれとは程遠い悩みから派生した行動だと思えば、ローザリアは居たたまれなかった。真っ直ぐな眼差しが刺さりすぎる。
ルーティエの発言には全肯定を見せるジラルドも、さすがにこれには苦笑いだった。
「女神って……さすがに言いすぎでは?」
ところが、アレイシスとフォルセは後輩とは別の反応を見せた。
揃って神妙な面持ちでローザリアを眺める。
「まぁ……綺麗になったよな。前よりさらに」
「そうだね。まるで内側から光っているみたいに、肌も輝いているし」
優しい義弟と幼馴染みの慰めに、ローザリアは弱々しく微笑んだ。
「変わりたいと、思ったの」
彼らの前で情けなく弱音を吐くのは、初めてのことかもしれない。
ルーティエの前向きな言葉に、優しさに、少なからず感化されているようだ。
「それなのに気ばかり焦ってしまって。外皮だけ磨いても意味がないことは分かっているのだけれど、自分には知識以外何もないから」
「外皮って、身も蓋もなさすぎるだろ」
すかさずアレイシスから訂正が飛んだ。さすが、長い付き合いだけある。
特に慰めなどは期待していなかった。抽象的すぎて、彼らも感想に困るだろう。
けれど、意外なところから返事があった。
「お前が、何も持っていないはずないだろう」
不快げに眼鏡を持ち上げたのはジラルドだった。
「知識もさることながら、優れた容姿に高い地位、信頼できる使用人、心配してくれる義弟も幼馴染みも友人もいる。これ以上何が必要だと言うんだ!」
「ジラルド様……」
「大体、お前は一応僕の目標なんだぞ! そのお前がそんなふうに落ち込んでいたら、何となく調子が狂うだろうが!」
鳶色のややつり上がった瞳に貫かれるようだった。強い意志の込められた眼差しはあまりに潔い。
彼は、出会った頃から変わらない。
陰で悪口を囁かれるより、はっきりと敵意を向けられる方がどれだけ小気味よいか。
ローザリアは、ゆっくりと口角を緩ませた。
「……ありがとうございます、ジラルド様」
謝意を告げると、ジラルドは真っ赤になってそっぽを向いた。
「べべ、別に僕は、お前を慰めるために言ったわけじゃーー……」
「ですが、いちいち『お前』と呼ばれるのは少々不快です。紳士であるならば、無礼であることくらいお分かりですわよね?」
「なっ、」
「わたくしのことは、どうぞ『ローザリア』と」
貴族としての体裁をちらつかせ、ニッコリと微笑みを押し付ける。
すると彼は悔しそうになりながらも、ゆっくりと口を開いた。
「ロ、ロ、ローザ……」
ジラルドの唇は戦慄き、顔も茹でたように赤い。
それでも制止はしないでいると、限界を超えたのか彼は髪を振り乱しながら絶叫した。
「クソ、呼べるかー!!」
「あら、はしたない」
彼の勢いで紅茶に被害が及びそうだったので、サッとティカップを脇によける。
ローザリア達のやり取りにルーティエはクスクス笑い、アレイシスとフォルセは何やら頷きつつ肩を叩いて励ましていた。
馬鹿馬鹿しさに心が軽くなったローザリアは、あるものを持ってきていたことを思い出した。
鞄の中にしまっていた純白の箱を探し、ルーティエへと差し出す。
「ルーティエさん。これは、以前にいただいた飾り紐のお礼よ。今日のランチの分だけ、また恩が増えてしまったけれど」
「……え、えぇぇええ!? そんな、別にいいんだよ恩なんて!」
きょとんと目を瞬かせていたルーティエが、にわかに狼狽えだす。
それでもローザリアが引かずにいると、興奮冷めやらぬ様子で受け取った。
「うわ、うわぁ、嬉しい、どうしよう! 私が勝手にしたことだからお返しとか本当にいいんだけど、でも、すごく嬉しい! 開けてみてもいい!?」
はち切れんばかりの笑顔を向けられ、何だかローザリアまで恥ずかしくなってくる。
若干視線をずらしつつ、小さく頷き返した。
お礼であってプレゼントではないので、過剰な包装はしていない。シンプルな立方体に近い箱を、ルーティエが待ちきれないといった手付きで開ける。
人に贈り物をした経験の少ないローザリアは、やや緊張しながらルーティエの反応を見守った。
「うわぁ……!」
黒いクッションに収められているのは、万年筆のインクだった。
コロンと丸みを帯びた蓋には繊細なカッティングが施され、まるで香水の瓶のよう。
凝った細工のわりには手頃な値段だし、消耗品だからもらって困るということもない。色はシンプルで飽きのこないブルーグレーを選んだ。
「そのインク、花の香りがするのよ」
「えぇ? わぁ、本当だ! 嘘みたい! こんなのもらっちゃっていいのかな!?」
ルーティエはそっと取り出したインク壺を、大切そうに抱えた。
宝物を手にした子どものような反応に、ローザリアもホッと息をつく。
「ありがとう! 大事にするね!」
「いえ、使わなくては意味がないでしょう」
あまりに目映い笑顔に、じわじわと頬が熱くなってくる。気恥ずかしさから唇を尖らせる。
すると、なぜかアレイシスとフォルセがガックリと落ち込んだ。
「君って好きな相手には、そんな感じになるんだね。元婚約者なのに一度も見たことないとか……」
「何か色々と衝撃的で、今さら胸が痛ぇ……」
胸を押さえて震える二人に、今度はジラルドが力強く肩を抱いた。何の一体感だ。
ローザリアとルーティエは顔を見合わせ、揃って首を傾げるのだった。




