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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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友人

お久しぶりです!(^-^)

 瑞々しいレタスの歯応えと、完熟トマトの旨み。塩気の強いジューシーなベーコンと、濃厚なチェダーチーズ。パンにたっぷり塗られたマスタードマヨネーズがガツンと効いている。

 それらを見事に融合させているのは、耳までフワフワの柔らかいパンだ。

 しっとりとしていて、噛めば噛むほど小麦の味が口一杯に広がる。同時に、黒胡麻の香ばしさが鼻を抜けていった。

「ーーおいしい。このパンに練り込まれている黒い粒は、胡麻だったのね」

「当たりー! うちの人気商品なんだー」

「すごいわ。ルーティエさん、本当にお料理が上手なのね」

「やだな、照れるよー!」

 彼女は軽く流しているが、本当にお世辞抜きでおいしかった。

 ポテトサラダのベーコンも一度カリカリになるまでフライパンで焼いてあるし、パンに塗るものもバターやクリームチーズなど、挟む具材によって種類を変えている。

 玉子焼きも、中のほうれん草からはバターと塩コショウの風味がする。別で下味を付けしっかり炒めているのだ。

 何より一つ一つが、手間を惜しまず丁寧に作られていると分かる。

 だからこそ、彼女の真心が伝わるのだろう。

 宮廷料理とは全く異なる、食べるだけで元気がもらえる料理だった。

 男性陣に負けない量を平らげた頃、ローザリアはすっかり笑顔に変わっていた。

「満足ですわ……。ご馳走さまでした」

 食器やランチボックスの片付けはアレイシス達に任せ、紅茶を飲みながら人心地つく。

 吹き抜ける柔らかな風が前髪を揺らした。

「よかった。ちょっと作りすぎちゃったかなって思ってたけど」

「そうね、少なくてもよかったかしら。あればあるだけ食べてしまいそうだもの」

「何それ最高の褒め言葉」

 カップで指先を温めながら、ルーティエも嬉しそうに笑う。

「ーー元気が出たなら、よかった」

 風に載せるように、彼女がそっと呟く。

 湖面のように静かな瞳が、ひたりとローザリアを見据えていた。

「最近ずっと、何か悩んでるようだったから」

「あ……」

 やはり、気付かれていたのだ。このどうしようもない醜さを。

 ローザリアは恥じ入るように俯いたけれど、彼女の眼差しはどこまでも透明で優しい。

「始めは、悩みがあるなら聞かせてほしいと思ったよ。でも私は貴族じゃないから、聞いても理解できないかもって気付いたの。だったら、他に何ができるだろうって」

 紅茶を見つめるその横顔は、綺麗だった。

 一点の曇りもない眼差しは、彼女を無邪気なだけの人間ではないと語っているようだった。

 凛として、可憐。彼らはきっと、この強さに惹かれたのだろう。

「私は単純だから、おいしいものを食べると元気になるんだ。それと、友達と騒ぐのも好き。こんなことしかできないけど、少しでもローザリアさんの気分が晴れたら、嬉しいな」

 翡翠色の瞳をこちらに向け、ルーティエは微笑んだ。春の訪れを感じさせる風に彼女のストロベリーブロンドがなびく。

 温かな日差しを受けて弾ける笑顔が、絵画のように美しかった。けれどルーティエの躍動的な美は、時間を止めてしまうのが惜しいとも思う。

 束の間見惚れていると、彼女は好奇心一杯の表情になってローザリアににじり寄った。

「ねぇねぇ。ところでずっと思ってたんだけど、ローザリアさん綺麗になったよね」

「はい?」

 首を傾げるローザリアに構わず、彼女はシルバーブロンドの毛先に触れた。

「うっわぁ、何これ髪も肌も艶々! 神々しい! 女神様みたい!」

「まぁ……。美容に力を入れているので」

 最近は南国の木の実から採れる油を髪に塗って就寝しているので、日々艶を増している。肌も手入れを怠っていない。

 それも全て、貴族のあれこれとは程遠い悩みから派生した行動だと思えば、ローザリアは居たたまれなかった。真っ直ぐな眼差しが刺さりすぎる。

 ルーティエの発言には全肯定を見せるジラルドも、さすがにこれには苦笑いだった。

「女神って……さすがに言いすぎでは?」

 ところが、アレイシスとフォルセは後輩とは別の反応を見せた。

 揃って神妙な面持ちでローザリアを眺める。

「まぁ……綺麗になったよな。前よりさらに」

「そうだね。まるで内側から光っているみたいに、肌も輝いているし」

 優しい義弟と幼馴染みの慰めに、ローザリアは弱々しく微笑んだ。

「変わりたいと、思ったの」

 彼らの前で情けなく弱音を吐くのは、初めてのことかもしれない。

 ルーティエの前向きな言葉に、優しさに、少なからず感化されているようだ。

「それなのに気ばかり焦ってしまって。外皮だけ磨いても意味がないことは分かっているのだけれど、自分には知識以外何もないから」

「外皮って、身も蓋もなさすぎるだろ」

 すかさずアレイシスから訂正が飛んだ。さすが、長い付き合いだけある。

 特に慰めなどは期待していなかった。抽象的すぎて、彼らも感想に困るだろう。

 けれど、意外なところから返事があった。

「お前が、何も持っていないはずないだろう」

 不快げに眼鏡を持ち上げたのはジラルドだった。

「知識もさることながら、優れた容姿に高い地位、信頼できる使用人、心配してくれる義弟も幼馴染みも友人もいる。これ以上何が必要だと言うんだ!」

「ジラルド様……」

「大体、お前は一応僕の目標なんだぞ! そのお前がそんなふうに落ち込んでいたら、何となく調子が狂うだろうが!」

 鳶色のややつり上がった瞳に貫かれるようだった。強い意志の込められた眼差しはあまりに潔い。

 彼は、出会った頃から変わらない。

 陰で悪口を囁かれるより、はっきりと敵意を向けられる方がどれだけ小気味よいか。

 ローザリアは、ゆっくりと口角を緩ませた。

「……ありがとうございます、ジラルド様」

 謝意を告げると、ジラルドは真っ赤になってそっぽを向いた。

「べべ、別に僕は、お前を慰めるために言ったわけじゃーー……」

「ですが、いちいち『お前』と呼ばれるのは少々不快です。紳士であるならば、無礼であることくらいお分かりですわよね?」

「なっ、」

「わたくしのことは、どうぞ『ローザリア』と」

 貴族としての体裁をちらつかせ、ニッコリと微笑みを押し付ける。

 すると彼は悔しそうになりながらも、ゆっくりと口を開いた。

「ロ、ロ、ローザ……」

 ジラルドの唇は戦慄き、顔も茹でたように赤い。

 それでも制止はしないでいると、限界を超えたのか彼は髪を振り乱しながら絶叫した。

「クソ、呼べるかー!!」

「あら、はしたない」

 彼の勢いで紅茶に被害が及びそうだったので、サッとティカップを脇によける。

 ローザリア達のやり取りにルーティエはクスクス笑い、アレイシスとフォルセは何やら頷きつつ肩を叩いて励ましていた。

 馬鹿馬鹿しさに心が軽くなったローザリアは、あるものを持ってきていたことを思い出した。

 鞄の中にしまっていた純白の箱を探し、ルーティエへと差し出す。

「ルーティエさん。これは、以前にいただいた飾り紐のお礼よ。今日のランチの分だけ、また恩が増えてしまったけれど」

「……え、えぇぇええ!? そんな、別にいいんだよ恩なんて!」

 きょとんと目を瞬かせていたルーティエが、にわかに狼狽えだす。

 それでもローザリアが引かずにいると、興奮冷めやらぬ様子で受け取った。

「うわ、うわぁ、嬉しい、どうしよう! 私が勝手にしたことだからお返しとか本当にいいんだけど、でも、すごく嬉しい! 開けてみてもいい!?」

 はち切れんばかりの笑顔を向けられ、何だかローザリアまで恥ずかしくなってくる。

 若干視線をずらしつつ、小さく頷き返した。

 お礼であってプレゼントではないので、過剰な包装はしていない。シンプルな立方体に近い箱を、ルーティエが待ちきれないといった手付きで開ける。

 人に贈り物をした経験の少ないローザリアは、やや緊張しながらルーティエの反応を見守った。

「うわぁ……!」

 黒いクッションに収められているのは、万年筆のインクだった。

 コロンと丸みを帯びた蓋には繊細なカッティングが施され、まるで香水の瓶のよう。

 凝った細工のわりには手頃な値段だし、消耗品だからもらって困るということもない。色はシンプルで飽きのこないブルーグレーを選んだ。

「そのインク、花の香りがするのよ」

「えぇ? わぁ、本当だ! 嘘みたい! こんなのもらっちゃっていいのかな!?」

 ルーティエはそっと取り出したインク壺を、大切そうに抱えた。

 宝物を手にした子どものような反応に、ローザリアもホッと息をつく。

「ありがとう! 大事にするね!」

「いえ、使わなくては意味がないでしょう」

 あまりに目映い笑顔に、じわじわと頬が熱くなってくる。気恥ずかしさから唇を尖らせる。

 すると、なぜかアレイシスとフォルセがガックリと落ち込んだ。

「君って好きな相手には、そんな感じになるんだね。元婚約者なのに一度も見たことないとか……」

「何か色々と衝撃的で、今さら胸が痛ぇ……」

 胸を押さえて震える二人に、今度はジラルドが力強く肩を抱いた。何の一体感だ。

 ローザリアとルーティエは顔を見合わせ、揃って首を傾げるのだった。




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