感動の再会とはいきません
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「お二人共、おはようございます!」
「おはよう、ルーティエ嬢」
「おはようございます。今日もお元気ですね、ルーティエさん」
「はい! 元気が取り柄ですから!」
和やかに交わされる朝の挨拶を、若干かやの外に感じながら見守る。
ルーティエ。とても聞き覚えのある名前だった。
朝からミリアと因縁について語り合った、例の特待生の少女だ。
名前を聞かずとも、そうだろうと思っていた。
貴族令嬢ではあり得ない振る舞いや、なぜかそれを不快に感じさせない天真爛漫さ。慎ましい女性としか接したことのない貴族令息達は、軒並みこれにやられているのだろう。
女性側の意見として言わせてもらえば、馴れ馴れしい態度も気に入らないし、カディオに対する『さん』付け呼ばわりにも不快感を覚える。
縁戚関係でもないかぎり男性とは適度な距離感で接しなければ、親密なのではと余計な誤解を招く。貴族令嬢とはそういうものだ。
だからこそ、ルーティエは学園に集う令嬢達の非難の的になる。現に今だってかなりの刺々しい視線が送られていた。
――本人はこれに気付いていないのか、はたまた気付いた上でこの態度なのか……。
だとしたら、かなりの食わせ者かもしれない。
それでも作法を学んでいない平民なのだから仕方ないと目をつぶっていれば、カディオのたくましい肩をさりげなく叩いたではないか。
――これは、由々しき事態ですわ。
今朝までは何とも思っていなかったルーティエが、あっさりと敵認定された瞬間だった。
華やかな女性遍歴を考えればライバルはさぞ多かろうと踏んでいたが、そこそこ爵位も高いためどうとでもなると思っていた。
けれど相手が平民では、高位貴族からの揺さぶりなどあまり意味をなさない。
特に、天真爛漫に見える全てが演技なら、下手に手を出すと逆に利用されそうだ。
「カディオ様、そちらの方は?」
厄介な相手だとえげつないことを脳内で考えつつも、ローザリアは笑顔で会話に割り込んだ。
「あぁ。彼女はルーティエさんと言いまして、この学年唯一の特待生です。勉学の環境が整っていない城下町育ちで、結構苦労をしているみたいで」
カディオは説明中も、優しい笑みを少女に向けたままだった。
ルーティエの影響力に歯噛みする思いだったが、ローザリアはおくびにも出さず頷いてみせた。
「そうなのですか。ルーティエ様、わたくしはローザリア・セルトフェルと申します。仲良くしていただけると嬉しいわ」
ようやく、ルーティエと正面から対峙する機会が巡ってきた。
金髪に赤毛の交じったストロベリーブロンドに、パッチリと大きい瞳は明るい翡翠色。
顔立ちは可憐で、一見すると深窓の令嬢にしか見えない。けれどひと度動き出せば、教育の行き届いた令嬢との差は歴然だ。所作の一つ一つに気配りが足りない。
なのに溌剌とした表情や仕草から目を離さずにいられない、光のように魅力的な少女だった。美の追求に余念がない令嬢達と比べると、圧倒的な天然の美しさがある。
一方、彼女も若干表情を固くしながらローザリアを凝視していた。
「何で引きこもりの『薔薇姫』が学園に……」
口中での呟きは、カディオとレンヴィルドの耳に届かなかっただろう。
ルーティエはすぐに取り繕うと、頬を上気させて胸の前で両手を合わせた。
「ごめんなさい、あんまり綺麗だから見惚れちゃってました! 私、こんなに綺麗な女の子を見るのは初めてです! 今日編入してきたんですか?」
「ええ。分からないことばかりで、ご迷惑をおかけするかもしれないけれど」
「こちらこそ! 平民なので、不快にさせることもあるかもしれません」
当たり障りのない会話をしながら、やはり油断ならない女性だと断定した。
彼女の発言は、周囲で聞き耳を立てている令嬢達に対して失礼極まりないものだし、ローザリアがここにいる理由にもちゃっかり探りを入れている。鈍い男性は気付かないかもしれないが、『仲良くしてほしい』に対する明言を巧妙に避けているし。
しかし最も警戒すべきは直前の呟きだ。
ローザリアの名前を聞いただけで『薔薇姫』と理解するなんて、到底平民らしくない。
――いいえ。名前を聞いてというより、わたくしの顔を見て判断したような……。
とはいえ、カディオと違って貴族間の情報に詳しいのは確かなようだ。
彼らのこのちぐはぐさは、一体何なのだろう。
没落気味とは言っても男爵家であるのに、貴族としての常識をあまり知らないカディオと。
全くの平民であるはずなのに特待生として入学できるほどの学力を保有し、また貴族の噂にも詳しいルーティエと。
何より、彼らの印象は全く逆であるはずなのに、同一の空気を感じるのはなぜなのだろう。違和感は深まるばかりだ。
「――せっかく同じクラスなのですし、私達が教室までご案内しますよ」
空気を変えるようなレンヴィルドの一声で、ローザリア達は歩き出す。印象をよくするため、すかさず礼を言った。
「レンヴィルド殿下のお心遣いに感謝いたします」
「殿下は必要ないですよ、ローザリア嬢。けれど、少々意外でした。アレイシス殿の義姉と言いましても、立ち振舞いが全く似ていませんね」
義弟の目に余る素行不良を思い、ローザリアは憂鬱なため息を押し殺した。
「義弟は、レンヴィルド様にご迷惑をおかけしていないでしょうか? 年々粗暴になってしまって」
頬に手を添えて緩く首を振ってみせると、レンヴィルドは苦笑をこぼした。王族らしい気品に満ちた雰囲気が、途端に年相応の青年らしくなる。
「失礼しました。ローザリア嬢は、ちゃんとお義姉さんをしているのですね。今の表情、私の兄上にそっくりでしたよ」
お義姉さん、という言い方が微笑ましくて、ローザリアは思わず笑ってしまった。
王族であることとは別に、きっといい兄弟関係を築いているのだろう。
「レンヴィルド様も、いい弟さんなのでしょうね。うちのアレイシスにも見習ってほしいくらいです」
侯爵位を継ぐための勉強は怠っていないようだが、最近の彼は下町にも出没しているらしいとは、ミリアの言だ。悪い仲間とつるむあまり、染まってしまわなければいいのだが。
品行方正であれとは言わないが、不祥事だけには気を付けてほしいものだ。
「アレイシス殿は、おそらく大丈夫ですよ。今は少々視野が狭くなっているようですが、自らの義務をよく理解している男です」
レンヴィルドの視線が、一瞬だけ背後に向いた。やや距離を置いた後方に、笑い合うカディオとルーティエの姿がある。
あらゆる身近な男性を虜にしているのだと思っていたが、冷静に彼女を見極めている者も中にはいるらしい。
「こうして、心から心配してくれる義姉もいることですしね」
いたずらっぽく付け加える彼には、ローザリアを慰める意図もあるのだろう。もしかしたら義理の姉弟であることも、最近疎遠なことも把握されているのかもしれない。
それでも、温かな心遣いが嬉しい。穏やかな美貌そのままの人柄に、カディオを目的とせずとも親しくなりたいと思った。
「……わたくしとアレイシスの絆は、普通の姉弟とも変わらないものだと思っております」
「はい、私もそう思いますよ」
レンヴィルドの笑顔に、ローザリアは何の含みもない笑顔を返した。
クルミ材の廊下の開け放たれた窓から、花の香りを乗せた風が吹き込んだ。絹糸のように滑らかなシルバーブロンドが、光輝を振り撒きながら柔らかく舞い上がる。
青い空も緑の色も、箱庭にいる時と少しも変わらないはずなのに、何もかもが違って見える。
――やっぱりわたくし、外に出てみてよかった。
窓の向こうの景色を眺め、改めて感慨に耽る。
外の世界はこんなにも眩しくて、鮮やかで。胸を清涼な風が撫でているように軽やかな心地だった。
知らず足を止めていたローザリアを、レンヴィルドが見つめていた。微笑むと、再び歩き出す。
それからしばらく進むと、ようやく教室が見えてきた。一学年に二クラスしかないため、間違えるほど部屋数も多くない。
装飾の少ない教室には三列の長机があり、列ごとに段差が設けられている。後方からでも授業内容が分かりやすい仕組みだろう。席順は自由なようだ。
「――義姉さん」
教室の奥から神妙な顔で近付いて来たのは、件の義弟アレイシス・セルトフェルだった。