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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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調査デート

 レスティリア王国とシャンタン国とは、海を挟んで隣同士の国だ。

 にもかかわらず今までほとんど交流を持たれていなかった要因は、主に王国側にある。

 肌の色や文化の違いに対する忌避感。

 相手を見下すことによって、自分達が上位であると信じてきたからだ。

 差別感情は根深く、貿易すら行っていないというのが現状だった。

 そんなシャンタン国の船が、まるで忍ぶように深夜の入港を果たしている。

 以前ミリアに聞かされた時から、ずっと気になっていたのだ。

 そこに折よく現れたのが、不審人物と噂されていたシャンタン国出身の青年。

 民族の特徴である象牙色の肌。そして、起伏の少ないすっきりとした顔立ち。

 これが偶然だなんてどうしても思えない。

 あれから数日。

 食堂で昼食をとっていてさえ、ローザリアは散らばった情報の分析に明け暮れていた。

 というのも、話す相手がいないからだ。

 食堂内はいつも通りの賑わいを見せている。

 窓の外はまた雪がちらつき始めているけれど、暖炉と人の熱気が広い空間を暖めていた。

 けれど食堂の特別席、特権階級のみが使用できる区画には、現在ローザリアしかいない。

 本来ならば王族や執行部、役員のために用意された席だが、『薔薇姫』として敬遠されているためローザリアも特別席の利用を許可されている。

 カリスマという意味での特別ではなく、一般席に混じると恐慌をきたす生徒が現れるからという、やむにやまれぬ事情のためだ。

 普段は執行部の役員達が忙しいため、ほとんどレンヴィルドと二人で利用している状態だった。

 たまにフォルセや他の役員達と鉢合わせても、仕事の話をしていれば割って入ることもできない。

 ローザリアにとって気軽に話せる相手は王弟殿下だけだったのだが。

 最近は、レンヴィルドも会長就任に向けて役員達と行動を共にすることが多い。

 そのためローザリアは、昼食中いつも一人きり。

 目の前にあるクリームシチューのポットパイは、とてもおいしいものだ。

 パイに覆われた表面をスプーンで崩すと、中から湯気と共に熱々のシチューが顔を出す。

 鶏肉と少しふやけたパイ生地を一緒に食べれば、口の中にミルクと野菜の旨みが広がり、体が芯から温まる。

 なのに、何かが足りないと感じてしまう。

 寒い冬に触れるふとした温かさは、単純に幸せと直結していると思う。

 それは誰かと笑い合うことで生まれる胸の温かさにも、よく似ている。

 同じく食堂に集まっていたルーティエが見えた。アレイシスとジラルドと一緒だ。

 羨ましい、と思うのは贅沢なのだろうか。

 屋敷の外を自由に歩ける。学園に通える。

 最初は、それだけで十分だったのに。

 ーーそうだわ。昔のわたくしは、書物から得た情報を分析するのが、何よりの楽しみだった……。

 義弟や婚約者と遊ぶより、外の世界へと想像を膨らませる方が好きだったなんて、彼らにはとても言えないけれど。

 これもある意味成長と呼べるのかもしれない。

 そうして胸の内の寂しさに折り合いを付けていると、特別席にやって来るデュラリオンと目が合ってしまった。

「あ……」

「ごきげんよう、カラヴァリエ様」

 ローザリアは、すぐさま笑みを取り繕って対応する。あの時言葉を交わしたわけではないので、これが初めての会話となる。

 デュラリオンは、二列ずれた向かいの席に着いた。二十席以上ある特別席の、何とも微妙な位置。

 彼が食事に手を付け始めてからしばらくすると、ローザリアは話を切り出した。

「先日は騒ぎに巻き込んでしまい、失礼いたしました。その後、憲兵からの連絡はございましたか?」

 たまたまその場に居合わせたことで、彼も同じく聴取を受ける羽目になっていたのだ。

 謝罪に対し、彼は首を振った。

「いや、特には。殿下付きの護衛騎士以外の聴取は、単に形式的なものだったのだろう」

「そうですか。あれ以上ご迷惑にならなかったようで、安心いたしました」

 笑顔で胸を撫で下ろすと、なぜかデュラリオンがこちらを注視していた。どこか珍しいものでも眺めるような目付きだ。

「何か?」

「あぁ、いや……失礼した」

 彼は我に返ると、慌てて食事を再開させた。

 訝りながら、ローザリアも手を動かし始める。

 あとは特に会話らしい会話もなく。

 ローザリアは、生まれて初めて気詰まりというものを体験した。


   ◇ ◆ ◇


 それから二週間が経った放課後。

 もうじき冬の月も終わろうというのに、最後に全てを振り絞るかのようにこんこんと降り続けた、雪の晴れ間。

 久しぶりに空が青色を覗かせたので、ローザリアは出かけることにした。

 目的地はドルーヴだ。

 やはりどうしても、あの時出会った青年の挙動が気にかかる。

 彼が観察していた階段のひび割れを確かめれば、何かを掴めるかもしれない。

 ルーティエ達は既に外出しているようなので、レンヴィルドを誘いに行く。一学年上とはいえ生徒数が少ないため、彼の教室はそれほど遠くない。

 しかし悠々と歩くローザリアの前に、立ちはだかる者がいた。

「セルトフェル君、今日こそ私と美しい平面幾何学の定理について話し合わないか」

「……ごきげんよう、ラボール先生」

 すっかり油断していた。

 未だにしつこく数学談義を迫ってくるラボールは、レンヴィルドのクラス担任だった。

「平面幾何学は嫌いか? では、球欠や球台だったらどうだろう?」

「どうもこうも、わたくしには先生のおっしゃっている意味が分かりかねます」

「とぼける気か。君が既に、『賢者の塔』に集う学者と同等か、それ以上の知識を保有していることはお見通しだぞ」

「買い被りでございましょう」

 のらりくらりとかわし続けるにも限界がある。

 特に彼は数学に興味を示すと好感度が上がるのだとルーティエから聞かされていたから、会話すらも細心の注意が必要だった。

 困り果てていると、思わぬ助け船が入った。

「ラボール先生。すみませんが、彼女を解放していただけませんか。これから、執行部の手伝いをしてもらう予定なんです」

 廊下の先から声をかけてきたのは、何とデュラリオンだった。

 彼が歩み寄ってくると、ラボールは至極残念そうに息をついた。

「用事があるなら仕方がないな。だが、私は絶対に諦めないぞ」

 案外あっさり引いていく数学教師を見送ると、ローザリアはデュラリオンを見上げた。

「カラヴァリエ様、助かりました。本当にありがとうございます」

 丁寧にお辞儀をすると、彼は青色の瞳をうっすらと細めた。

「……以前にも思ったが、噂とは適当なものだな」

 独白のような口調に、ローザリアは首を傾げる。

 彼は食堂でも見せた、あの珍しいものでも眺めるような目付きだった。

「会話をすればむしろ理性的だし、明らかに迷惑を被っていても決して無下にはしない。等身大の君は、『極悪令嬢』という呼称とはかけ離れている」

 不思議そうに見下ろされ、束の間言葉を失った。

 真っ直ぐな瞳を見ていれば、彼の生真面目な人柄が伝わってくる。

 先ほど白々しい嘘までついて庇ってくれたのも、おそらく純粋な善意だったのだろう。少し、カディオに似ている。

 ローザリアは口角を持ち上げると、ゆっくり笑みをかたどった。

「……それは、わたくしが思っていたより善人で驚いた、という解釈でよろしいでしょうか?」

 途端、デュラリオンは凛々しい眉を下げる。

「う、そんなつもりは……いや。すまない。今の言い方では、そう取られても仕方がなかった」

 ばつが悪そうな謝罪にも、確かな誠意がある。

 ローザリアは微笑みから皮肉の棘を取り除くと、すぐに話を切り替えた。

「ところで、レンヴィルド様はまだ教室に残っておられるでしょうか?」

 同クラスであるはずのデュラリオンならば知っているだろうと問いかける。すると、彼は再び後ろめたそうに眉尻を下げた。

「殿下に用事があったのなら、そちらも詫びねばならない。その……彼はおそらくまだ手が離せない」

「はい……?」

 首を傾げつつもデュラリオンと別れ、彼の言葉の意味を確かめるために教室を覗き込む。

 そこには、書類の山に埋もれた亡霊ーーのように存在感が希薄になった、レンヴィルドがいた。

 傍らには、心配そうに顔を曇らせるカディオとイーライがいる。

 なるほど。謎の謝罪の意味が分かった。

「お取り込み中、よろしいかしら?」

 静かに問いかけると、彼はゆっくりと振り返った。鬼気迫る形相だ。

「やぁ、ごきげんよう」

「……だいぶ血迷っておりますわね。先日楽しみ損ねたのでドルーヴにお誘いしたかったのですけれど、困りましたわ」

「現状を理解した上で、さらに私のせいで楽しみ損ねたという追い討ちをかけるその強靭な精神力は、称賛に値するよ」

 大変な状況下であろうが、いつも通りの受け答えができる彼の胆力にも感心する。

 問題がなさそうなので、ローザリアは話を進めることにした。

「何日も雪で籠っていたので、ようやく出かけることができると楽しみにしておりましたのに」

「ーー分かった。分かったよ。では、カディオを連れていくといい」

 疲れたように肩をすくめるレンヴィルドに、ローザリアは満面の笑みを浮かべた。

「話が早くて助かりますわ」

「はじめからそれが目的だろう?」

「いいえ。レンヴィルド様が忙しくないようでしたら、ご一緒していただくつもりでした」

 会話中も淀みなく動き続けていた彼のペン先が、僅かに止まる。

 けれどそれもほんの一瞬で、レンヴィルドは普段と変わらぬ様子でカディオを振り向いた。

「カディオ。彼女の護衛を頼まれてくれるかい?」

「ですが……」

 護衛というのはほとんど大義名分で、遊びに出かけるようなものだ。

 忙しく働いている主の手前、カディオは快諾することができない。

 レンヴィルドは、気にしなくていいと笑った。

「いいね、これは命令だよ。……そうだな。手土産でもあれば嬉しいかな」

 彼が付け加えるように提案すると、カディオの表情が明るくなった。

「そうですね! 疲れには甘いものと言いますし、殿下に相応しいものを選び抜いてみせます!」

「いや、君の選りすぐりの甘いものは、少々遠慮したいかな……」

 かなりの甘党であるカディオに対し、レンヴィルドは一般的な甘さを好む。やる気を見せる騎士に、頬が引きつっていた。

 とはいえ、予定は決まった。

 まさかこんなに早く実現するとは思っていなかったけれど、念願のカディオとのデートだ。



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『悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ』

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