災難続き
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何とも気まずいまま、ローザリア達はドルーヴにたどり着いた。
かなり巨大で、全体像を見渡すことはできない。
黄みを帯びたレンガ造りの建物、上品さを演出する華やかな彫刻。窓枠すら緻密な彫りが施され、白鳥や塑像が外周を飾っていた。
硝子細工の花で彩られたエントランスは、冬とは思えないほどの鮮やかさだ。
少々装飾過多な貴族の邸宅のようだが、異なる点がただ一つ。それは、おびただしい数の人で埋め尽くされていることだった。
夜会でもまずないほどの人の多さで、ローザリアは呆気にとられてしまった。
この中に突入するなんて、もはや無謀に思える。
けれど後ろにも既に列ができていて、留まることなど不可能に近い。
ローザリア達は波に押し流されるように、ドルーヴのエントランスへと近付いていく。
「すみません。はぐれないように」
カディオがひどく申し訳なさそうに、ローザリアの手を繋いだ。
やむを得ずだと分かっているのに、どうしても緊張してしまう。
大きくて、ゴツゴツと節くれだった指。彼の体温となめらかな肌。指先は乾燥のためか、ほんの少し荒れている。
繋ぎ返したら、はしたないだろうか。はぐれないためだと解釈してくれるだろうか。
ーーそれとも、カディオ様もわたくしのように意識してくれる?
先ほどまでの気まずさも手伝って、彼の気遣いに礼を返すことさえできていない。
そうして迷っている内に、エントランスをくぐり抜けていた。
中も混んでいるけれど、狭い路地に比べて開放的なホールで迷子の心配はない。
するりと離れていく手に込み上げる寂しさを、ローザリアは見ないふりをした。
「細い道を進み続ける閉塞感を解消することによって生まれる解放感。これも全て計算の内だとしたら、経営者はかなりの敏腕である可能性が……」
「ローザリアさん? どうしたの?」
思考に没頭していれば気が紛れると考えたのだが、近付いてきたルーティエに普通に心配された。
彼女達とは、すぐに合流することができた。
揃いの制服に身を包んだ男達に囲まれ、否応なく目立っていたのだ。
「あのね、ここでローザリアさん達を待ってたら、オーナーさんがレンヴィルド様に気付いちゃって。ぜひ案内したいって言ってるんだ。予定と違って自由に見て回れなくなっちゃうけど、いい?」
「なるほど。それでこの一角だけ混雑が緩和されているのね」
仰々しい男達の壁は、店側が差し向けた警備員というわけか。
ローザリアは、レンヴィルドに話しかける壮年の男性に視線を移した。
それなりに上質な衣装を身に付けた男性だ。
領地運営だけでは税収が芳しくない貴族は、副業をしている者も多い。彼もおそらくその口で、この複合型施設を誕生させたのだろう。
それなりに出歩いているレンヴィルドをわざわざ特別扱いする王都民は、意外にも少ない。
私的に楽しんでいるところに水を差すのは野暮だと知っているからだ。
なので、彼が爵位持ちであることは想像にかたくない。記憶が確かならば、おそらく子爵。
出迎えられれば無下にはできなかった。
残念だが今回は、視察じみた通り一遍の見学になりそうだ。
「楽しみにしてたのになぁ……。何か、ごめんね」
「あなたが謝る必要はないわ。きっかけはわたくし達がはぐれてしまったからなのだし」
「でも、お揃いの何か、探したかった」
ルーティエはどこか拗ねた口調で、ローザリアは微笑ましくなってしまった。もやもやした気分も、彼女と話していると浮上していく。
「せっかくなのだから、楽しみましょう。もし遊び足りないのなら、また二人で来ればいいのだし」
「……うんっ!」
ローザリアが笑いかけると、ルーティエは子どものように満面の笑みを浮かべた。
それを不満に思うのが、まだまだ幼稚で余裕のないジラルドだ。
「何さりげなく二人きりで遊ぶ約束をしているんだ!? 不公平だと思わないのか!」
いまいち迫力に欠ける姿は、やはり先ほどの令嬢と似たところがある。子犬のようで、ついほっこりしてしまう。
「思いません。ご不満に感じるのでしたら、ご自身もお誘いになったらよろしいでしょう?」
「いちいち文句を付けてくるのが約二名いるせいで、二人きりなんて程遠いんだよ!」
ジラルドの嘆きに、名指しされた約二名も異議を申し立てる。
「それはお互い様じゃないのか? 俺だって、お前に何度邪魔されたか分かんねぇし」
「正統性を主張したいのなら、ジラルド君は潔白であるべきだったよね」
両方から肩に手を置かれ、ジラルドは冷や汗を掻いている。この三人、何だかんだいい関係が成り立っているようだ。
ところ構わず口喧嘩を始めてしまいそうな彼らを、ルーティエが一喝した。
「ちょっと、みんな! 喧嘩するなら今度のお出かけの話、なしになるからね!」
三人は、慌てて口を閉じる。
なるほど。ルーティエが頂点に君臨しているからこそ、良好な関係が保てているらしい。
ローザリアははっきりと力関係を見た気がした。
時機を見計らっていたのか、きりのいいところでレンヴィルドから声がかかる。
「君達、そろそろ行こうか。子爵が裏側も案内してくださるそうだよ」
まだ表も回っていないのに、経営側を見学することに何の意味があるのか。
そういった不満は貴族らしく呑み込んで、ローザリア達は誘導されるがままに歩き出した。
その際、子爵と目が合う。
レンヴィルドに向けていたにこやかさとは比べものにならない、嫌悪に満ちた表情。
一目で、『薔薇姫』への侮蔑だと分かった。
危険な存在が自由に歩き回っていることへの不満を募らせているのだと。
例え王族に認められても、未だ根深く残る『薔薇姫』への偏見と反発は多い。
目に見えるかたちで証明すれば話は早いのだろうが、その努力をローザリア自身が放棄しているため仕方のないことだった。
自らの自由のために、グレディオールの存在を明かすつもりはない。そのため、躍起になって彼らからの賛同を得るつもりもなかった。
館内は、どこを見渡しても豪奢な造りだった。
螺旋階段の手すりは金色だし、巨大なシャンデリアには優美な硝子の白鳥が留まっている。蔓草模様の金細工が施された壺は鮮やかな青色で、壁面を埋める絵画は赤や黄色の原色が目立つ。
華美がすぎて段々目がチカチカしてきた。
「一階は飲食店でまとめ、二階には衣料店、宝飾店が入っております。宝飾店には紹介のない者は入れない仕組みになっており、警備も厳重です」
二階は高級な品物を扱う店舗が多いようで、一階に比べると閑散としている。
子爵は説明を省いたが、おそらく平民向けの服飾店も一階にあるのだろう。
貴族と平民の扱いに明確な差を付けている。
防犯上間違っているわけではないが、彼自身から平民を見下す下劣な感情が伝わってきて不愉快になった。こちらにルーティエがいることを微塵も配慮していない。
やはり、子爵抜きでもう一度遊びに来るべきだ。
あれほど楽しみにしていたルーティエが、これではあまりに不憫だった。
「……あら?」
ローザリアはふと、レスティリア学園の制服を着た青年がいることに気付いた。休日なのでやたらと目立つ。
落ち着いた栗色の髪に、青色の瞳。背が高く体格もしっかりしていて、意志の強そうな眉が特徴的な青年だった。
「デュラリオン」
フォルセが彼に声をかける。
現執行部員同士の気安さを感じる、親しみのこもった声音だった。
ーーあれが、デュラリオン・カラヴァリエ。執行部の現会計で、レンヴィルド様を会長に担ぎ上げようとしている……。
デュラリオンはレンヴィルドに礼をとってから、フォルセに向き合った。
「こんなところで会うなんて、珍しいな」
「それはこちらの台詞だよ。君こそ一人で一体何をしているんだい?」
「俺は、少々買いたいものがあったのでね」
むっつりとした表情だが、不機嫌というわけではないらしい。口調も動作もきびきびしていて、非常に生真面目そうだ。
作為的なものだと理解しているが、彼があの量の仕事をレンヴィルドに押し付けているなんて、にわかには信じられないくらいだ。
「楽しむのもいいが、殿下がいらっしゃることを、くれぐれも忘れるなよ」
「分かっているよ。君は心配性だな」
「当然だろう。王族をお守りするのは、我々貴族の務めーー……」
デュラリオンの言葉を遮るような怒号が響いたのは、一階からだった。
続けて硝子が割れる音が聞こえ、ローザリア達は階下を確認する。
どうやら王都民同士が諍いを起こしているようで、胸ぐらを掴み合う姿が見えた。
両者だけの問題で済めばまだいいが、館内は非常に混み合っている。先ほどの硝子で怪我をした者はいないだろうか。
「皆さん、そこから決して動かないでください! イーライ、頼んだ!」
呆然とするローザリアの隣を風のようにすり抜けていったのは、カディオだった。
いよいよ明日、コミカライズがスタートします!
美麗なイラストはもちろん、
設定や展開も同じはずなのにとても読みやすくて面白いです!
詳細は明日お伝えいたしますので、
もう少々お待ちくださいませ!m(_ _)m




