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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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闖入者

 ドルーヴはかなり大きな施設らしく、商店が連なる表通りから外れた場所にあるらしい。

 細い裏道に入ると、路面に布を引いて商売をする者が見られるようになった。

 扱う商品も怪しげなものが多い。

 干からびた鶏の足、壊れた人形や古びた宝石箱、何かの部品などが雑然と置かれていた。

 長針のない置き時計につい気を取られていると、そっと肩に手を置かれた。

「ローザリア様、はぐれてしまいますよ」

 優しく微笑むのはカディオだった。

 裏通りとはいえ、ドルーヴに繋がっているためか交通量が多い。

 確かに油断したらはぐれてしまいそうだ。

「ありがとうございます、カディオ様。レンヴィルド様の護衛ですのに、わたくしのことまで気にかけてくださって」

「いいえ。人を助けるのも騎士の務めですから」

 カディオはそこで、フワリと相好を崩した。

「というよりローザリア様のことだと、騎士だとかそういうの抜きで体が動いてしまうんですよね」

 赤い髪を困ったように掻きながら笑うから、ローザリアは狼狽えてしまった。

 何てことを平然と言うのか。天然なのか。

 頬が赤いことがばれてしまわないよう、ローザリアは顔を俯けた。

「ローザリア様? もしかして、どこか具合でも悪いんですか?」

 カディオの見当違いな優しさも、今だけは聞こえないふりを許してほしい。

 そうして意識を逸らしている内に、いつしか本格的にはぐれていたことに気付いた。

 混雑ぶりから考えると、合流は難しいかもしれない。目的地は一緒なのだから、ドルーヴで落ち合うのが無難だろう。

「すみません、カディオ様。わたくしが足を止めてしまったばかりに」

「気にしないでください。それより殿下方が心配してるかもしれませんし、行きましょうか」

 歩き出すも、またすぐ足を止めることとなった。

 前方を、少女が立ち塞がったのだ。

 彼女は敵意を剥き出しにして、こちらをーーというかローザリアを睨んでいる。

 まだ学園入学前だろう、小柄で華奢な少女だ。

 時間をかけて整えられたと分かる栗色のくせ毛と、印象的で大きな青い瞳。鼻の頭にはうっすらとそばかすが散っていて、それがきつい表情にかろうじて愛嬌を添えている。

 少女は開口一番、罵声を飛ばした。

「カディオ様の本命は、あなたじゃないんだから!」

「……はい?」

 思わずカディオと顔を見合わせると、彼女はさらに火が付いたように怒りを露にする。

「あなたもそりゃ綺麗だけど、全然全く相手にされてないんだから! カディオ様に遊ばれているだけだと分からないなんて、哀れな人!」

 必死に嫌みを言っているようだが、全く教養を感じられないため微塵も刺さらない。

 学園生ではないようなので名前を思い出すのに時間がかかったけれど、この年頃で厳しい教育を受けていない令嬢など限られている。

「――あぁ。確かスーリエ家には、両親と年の離れた兄二人に甘やかされて育った末娘がいると聞いたことがあるわね」

「どういう覚え方よ、当たってるけど!」

 言い分から察するに、カディオの隣にローザリアがいる状況が気に食わないのだろう。

 たまたまレンヴィルド達とはぐれているだけなのだが、確かに二人きりでいるように映るはずだ。

「カディオ様には、綺麗なだけじゃなく格好よくて、凛とした方が似合うのよ! あなたごときが邪魔をしないで!」

 スーリエ家の令嬢は頬を紅潮させて怒鳴り続けているけれど、やはり迫力に欠けた。

 毒舌や皮肉というのは、日々たゆまず磨き続けることで鋭くなるもの。

 そんなことすら知らない無知で純粋そうな少女に、見本くらい示してみてもいいだろう。

「……礼を失しているのはどちらの方かしら? 人に指を向けてはいけないとか、親しい間柄でもないのに突然話しかけるのは不躾だとか言いたいことはたくさんあるけれど、まず何よりしっかり名乗るのが礼儀ではなくて?」

「な、何よ! 頭がいいことを自慢したいのか知らないけど、嫌みな言い方しちゃって!」

 真っ赤になってキャンキャン吠える姿は、誰かを彷彿とさせる。

 分かりやすく小物だ。

「それで何のご用かしら、お嬢さん? まさかご自分こそがこの方の本命だと?」

「お、お嬢さん!? これでも私来年デビュタントだし、学園に入学する年齢なんですけど!?」

 チラリと窺うと、カディオはもはや蒼白だった。

 それもそうだろう。過去の『カディオ・グラント』が、幼い少女に手を出したかもしれないのだ。

 しかも転生後の彼には、記憶を探っても真実など知りようがない。驚愕を通り越して恐怖だ。

 レスティリア王国では、十五歳になる令嬢達が年始めに国王妃殿下の下に集い、一斉にデビューする習わしがある。

 初々しい少女達をエスコートするのは妃殿下が選び抜いた近衛の精鋭達で、これをきっかけに騎士との繋がりを持つ令嬢も多い。

 けれど目の前にいる少女は来年デビュタントだと言っているので、縁戚関係でもない限り『カディオ・グラント』との接点はないはずだ。

 いくら社交界で浮き名を流してきた遊び人とはいえ、まだ十四歳の少女に手は出していないだろう。と、信じたい。

 気の強そうな少女は焦りを見せながらも、つんと顎を反らした。

「わ、私が言いたいのはね、あなたなんかあの方に遠く及ばないってことなの! あの方ほど素敵な方はいないわ! 旦那様が数年前に他界し、辛い境遇にもかかわらず遺された領地を毅然と守り続ける、とても素晴らしい方なんだから!」

「……なるほど。未亡人というわけですか」

 再び背後のカディオを見遣ると、今度は顔を赤くして狼狽えていた。男という生き物はなぜこうも、背徳的な響きを好むのか。

「相手が未亡人でよかったですわね、カディオ様。貴族の婚外恋愛は暗黙の了解とされておりますので、まだ理解もできますわ」

「できれば理解しないでほしいです……」

 ひんやり囁くと、彼は情けなく肩を落とした。

 けれど、身持ちの固い未婚の令嬢に言い寄っていなかったようで本当に何よりだ。

 ローザリアは改めて少女に向き直った。

「一連の暴言は、あなたが敬愛なさっている方からの差し金かしら?」

「そんなわけないじゃない! あの方はどんなに悲しくたって、絶対弱音を吐かないのよ!」

「ではあなたがなさっていることは、むしろその方の名誉を傷付けることとわきまえなさい」

 反論をぴしゃりと跳ねのけると、強気な少女はグッと押し黙った。

「自らを慕う者の気持ちを利用して、侯爵家の令嬢を罵倒させる。あなたの尊敬する方が、そのような軽挙妄動に出られる短慮な人間だと勘違いされても仕方のない状況ですわよ」

 ローザリアはことさらゆっくりと、少女に歩み寄った。嘲るように、獲物をなぶるように。

 そしてアイスブルーの瞳を細めながら、『極悪令嬢』に相応しい冷酷な笑みを浮かべた。

「わたくしに面と向かって暴言を吐く度胸は認めるけれどーー理解できたのなら大人しく帰りなさい、お嬢さん?」

 壮絶な迫力に、少女はサッと顔色を失った。

 すっかり威勢も衰えたので怖じ気づいて逃げていくかと思えば、去り際に一睨みを忘れない。

 本当に、なかなか気骨のある少女だ。または、その女性を心の底から尊敬しているか。

 渦中にいるにもかかわらず、終始狼狽えるばかりだったカディオを振り返る。

「こうして街に出るたび、あなたの元恋人やらその関係者やら、面倒な輩に絡まれるのかしら?」

「うう、すみません」

 チクリと嫌みを言うと、彼は萎縮するように肩をすくめた。

 ローザリアの知る『カディオ・グラント』は、素直で飾り気のない優しさを持つ男性だ。女性の心を弄ぶような性格でもない。

 そもそも彼は転生者なのだから、過去の所業とは無関係だとも分かっている。

 なのにどうしても、もやもやした感情を振り払えなかった。

 真っ直ぐな性根の少女が全力で慕い、庇おうとする女性がいる。そんな女性がカディオの本命だと。

 ……それが、抜けない棘のように胸を引っ掻くのかもしれなかった。



『TS転生ボスと七人の元養い子たち』が

完結しましたので、更新を一旦停止させていただきます!

お付き合いいただき、ありがとうございました!

m(_ _)m

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