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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
第二章

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面会

 ごろつき達が収容されている牢にたどり着くと、彼らは様々な反応を見せた。

 ほとんどはローザリアに、というよりその背後に控えるグレディオールに畏怖の視線を向けている。

 当然だ。彼らは以前、従者の恐るべき力を見せ付けられている。

 よく見れば端整な顔立ちをしているけれど、なぜかぼやけた印象の青年。多くを語らず主人の側に控え続ける従者。

 その正体は、レスティリア王国の礎になっていると言われる、伝説のドラゴンなのだ。

 ゴロツキ達には『とても強い従者』と説明をしているが、ドラゴンの力を目の当たりにしたからには恐れおののくのが人間の本能というものだった。

「ごきげんよう、皆さま」

 シルバーブロンドを背中へと流しながら、ローザリアが進み出る。

 すっかり恐怖を植え付けられたごろつきのリーダー格、ジャコブがその分後退した。

「久しぶりだというのに、その反応ですか」

「そういう態度を取らざるを得ないようにしたのは、どこのどいつだよ」

「誘拐未遂という大それた事件を起こした、ご自分達の責任ではないかしら?」

「ーーそんな大罪人に、どうか断罪の鉄槌を!」

 嫌みの応酬をにこやかに交わしていると、勢いよく割り込んでくる者がいた。

「お嬢さん、あなたがずっと待ち遠しかった!」

 がたいのよさと風貌の恐ろしさからは考えられないほどキラキラした眼差しを向けられ、ローザリアもつい後退ってしまった。

「あなたも相変わらずね、ザルグ……」

「お、お嬢さんが俺の名前を覚えててくれた! これで美しいおみ足が檻なんかものともせずに踏み付けてくれたら、俺は今日死んでもいい!」

 熱苦しく迫ってくる丸坊主には、ローザリアですら圧を感じる。

 けれど何より恐ろしいのは、ピタリと背後に張り付いた従者の存在だった。

 他のごろつき達も、グレディオールから発せられるただならぬ殺気に気付いたようだ。鉄格子を掴むザルグを、必死に引き剥がしにかかっている。

「馬鹿か! このままじゃお前、本当に人生終わらせられるぞ!」

「やべぇ! さっさと黙らせるんだ!」

「鉄の檻に守られてるはずなのに、なぜか危険な予感しかしねぇ!」

「うるせぇ離せ! 俺は既に目覚めちまってんだよ! 誰にも止めることなんかできねぇんだ!」

 なぜかザルグは初対面の頃から、やけにローザリアに心酔していた。

 グレディオールの威圧などものともせずに、ただ一心にこちらを見つめている。ローザリアは虚ろな表情になった。

「あなたが何に目覚めたかなんて知りたくもないけれど、そろそろやめないと本当にグレディオールに消されるわよ」

「どうせ消えるならお嬢さんに消されたい!」

 グレディオールの刺すような怒気が増したのを感じながら、ローザリアは乾いた笑みをもらした。

「殿下方。お見苦しいものをお見せして、大変失礼いたしました」

「いや。労役所での待遇面に問題がなさそうだと知れたのだから、こちらとしてはありがたいよ」

 確かに今の彼らは、労役所に入る前と大差ない。

 土壁の技術修得以外にも労働を課せられているはずだが、むしろ栄養状態がよくなっているようにすら見えた。

 ジャコブはレンヴィルド相手でも態度を変えることなく、億劫そうに欠伸を押し殺した。

「俺らはろくに働いてなかったし、適当に生きてたからな。ここでは規則正しい生活が徹底されるし、労働時間もきっちり守られてる。貧民街よりずっと過ごしやすくて、ありがたいくらいだぜ」

「労役所の方が暮らしやすいなんて、我々の立場としては身につまされる意見だけれどね」

 苦いため息をつくレンヴィルドを、ヘイシュベルが神妙な表情で見上げた。

「彼らは貧民街の出身ゆえに、今まで苦労をしてきたのですね……」

「そうだね。犯罪者の中にも、やむにやまれぬ事情がある者もいるということさ」

「なるほど、勉強になります!」

 微笑ましいやり取りではあるものの、ごろつき達は白けた顔になった。

「おいあんたら、人を社会見学のだしにすんなよ。見せ物みたいで不愉快だ」

 ジャコブが吐き捨てると、ヘイシュベルは恥じ入るように俯いた。

「す、すみません。配慮が足りませんでした」

 相手は明らかに高貴な身分であり、まして少女と見紛うほど華やかな容姿をした少年だ。

 ジャコブは罪悪感に胸が痛んだのか、後味悪そうに黙り込む。

 ローザリアはドレスの裾をさばくと、少年と目線を合わせるように腰を屈めた。

「恐れながら、殿下。あなたは将来国を統べる尊き方なのですから、安易に頭を下げてはなりません。これがもし外交の場であったなら、他国の公使につけ入る隙を与えてしまいます」

「すみません……」

「けれど、自らの非を認めることができるというのは、誇るべき長所です」

 ヘイシュベルがおずおずと顔を上げる。

 レンヴィルドより僅かに青みを帯びた瞳は、まるで緑玉のように透き通っていた。

「ご覧ください。彼らの目から、明らかに敵意が失われておりますでしょう? 謙虚な心を忘れなければ、民の声に真摯に耳を傾けることができる。それはいつか、あなただけの武器になるでしょう」

 ローザリアが示した先で、ジャコブはばつが悪そうに鼻の頭を掻いている。

 頼りなさげに肩を縮めているヘイシュベルの心が少しでも解れるように、ローザリアはいたずらっぽく片目をつぶった。

「これも、立派な人心掌握術の一つですわ」

「おいおい! 子どもに何つー物騒なこと教え込んでんだ、お嬢さん!」

 ジャコブが間髪を入れずに怒鳴るが、あくまで笑顔のままかわしきった。

 学習意欲が旺盛な子どもに知恵を授けて、何を文句があるのか。

 ヘイシュベルはなぜか、これまで以上の憧憬をローザリアに向けるようになっていた。

 頬を紅潮させ、興奮ぎみにこぶしを握っている。

「やはりローザリア様は、思い描いていた通りの素晴らしい方でした! 強さと知性、貴族としての品格、全てが僕の理想です!」

「それは、何とも末恐ろしい理想だね……」

「レンヴィルド様、どういう意味でしょうか?」

 ローザリアの問いすら届かない様子で、レンヴィルドは苦悩していた。

「これまでのローザリア嬢の悪辣ぶりを、今こそ説くべきなのか? けれど夢を打ち砕くのも可哀想だし、かといってさらに強い憧れへと昇華されれば目も当てられない……」

「ですからそれは、どういう意味でしょうか?」

 甥の理想像に危機感を募らせているようだが、その失礼極まりない悩みはローザリアに聞かせて大丈夫なものだろうか。

 彼は思い詰めた表情のまま、ヘイシュベルの両肩に手を置いた。

「確かに彼女の政治手腕や豊富な知識には、目を見張るものがある。学ぶ点も多いだろう。とはいえヘイシュベル、どうかその優しさだけは、決して失わないでほしいんだ」

「レンヴィルド様、そろそろわたくしあなたを、侮辱罪で訴えようかと思いますの」

 その時、仲間達の拘束を無理やり振りほどいたザルグが、ローザリアに迫った。

「お嬢さん、その怒りをぜひ俺に!」

 興奮のあまり周りが見えていないのか、鉄格子の隙間から彼の太い腕が飛び出す。

 まず咄嗟に思い至ったのは、己の従者を制御することだった。

 グレディオールの力は強すぎる。

 その上今の彼は気が立っていて、常よりも冷静さを欠いていた。相手を死なせないよう手加減できるか、微妙なところだ。

 グレディオールを視線で押し止めると、ローザリアは目をつむった。耐えるより他何もできない。

「ーー!」

 けれど、なかなか衝撃は襲ってこなかった。ローザリアは恐る恐る顔を上げる。

「大丈夫ですか、ローザリア様?」

「は、はい……」

 問いを発したのは、カディオだった。

 ずっとレンヴィルドの側に控えていたはずが、ザルグの太い腕を軽々と受け止めている。

 カディオはそのまま大男の腕を折り畳むと、格子の向こうへ押し返した。ごろつき達も想定外の剛腕に、目を白黒させている。

 騒々しい空気を一瞬で鎮めてみせた騎士は、手柄を誇ることなくレンヴィルドの方へと戻っていく。

「あの、カディオ様。助けていただき、ありがとうございます」

 呆然としていたローザリアだったが、何とかお礼をひねり出す。

 カディオは歩みを止めることなく、それに柔らかく瞳を細めて応えた。すうっと気配を消し、再び任務に戻っていく。

 鼓動を高鳴らせるローザリアだったが、ジャコブのため息で我に返った。

「あー。悪かったな、うちの馬鹿が迷惑かけて。そんで、一体何しに来たんだよ? 俺らもうすぐ清掃活動に行かなきゃなんねぇし、そろそろこいつが手ぇ付けられなくなりそうだから、手短に頼むわ」

「あぁ……そうでしたわね」

 カディオがさりげなく格好よすぎて、すっかり本来の目的を忘れかけていた。

 ローザリアは不審者について、改めて詳細な説明を求めた。

「あぁ、やっぱその件か。前にお嬢さんとこの侍女さんに話したもんな」

 ジャコブは得心しつつ話し出した。

「不審者は顔を隠してる時もあるらしいが、体格からおそらく男だろうって話だ。至るところに出没してるらしいが、頻繁に現れるのは貧民街だと。何が恐ろしいって、フラフラしてたかと思えば、なぜか壁に話しかけてるんだとよ。聞き取れないような声でブツブツとな」

「まぁ……。それは、やはり面会にくる者から聞いた話なのね?」

「あぁ。だから俺も詳しく知ってるわけじゃねぇ。けどよ、わざわざこんなところまで来て嘘をつくってのも妙だろ?」

 傷付けられたり金品を奪われたりといった被害は出ていないが、とにかく不気味ということらしい。

 ジャコブが語る話には嘘がないように思えた。

 同じく事情を聞いていたレンヴィルドも、表情を険しくしていた。



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