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【コミカライズ限定ハピエンしました!】悪役令嬢? いいえ、極悪令嬢ですわ。  作者: 浅名ゆうな
番外編

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29/61

ミリアの可愛いご主人様

 彼女を初めて見た時、こんな綺麗な人間が存在するのかとひどく驚いた。

 絹糸のように艶やかなシルバーブロンドに、透き通ったアイスブルーの瞳。内側から光がにじんでいるのではと錯覚するほど透明な肌。何より、人を惹き付けてやまない完璧な微笑。

 まだ九歳という年齢にして、ローザリア・セルトフェルは自らの魅力を理解する淑女だった。


 弱小貴族出身、さらには家が没落してしまったミリアには、彼女のまとう雰囲気すら攻撃的に思える。正直、彼女と話が合うのか不安だった。

 孫娘の話し相手になってほしいと、セルトフェル侯爵であるリジクは言った。

 借金で屋敷が差し押さえられ、働かなくては今日の寝る場所さえない。途方に暮れていたその時、声をかけてくれたのが彼だった。

 どうやら、生前の祖父と旧知だったらしい。一人で生きていくしかなくなったミリアが放っておけなかったのだと笑っていた。

 そうして別の働き先を見つけるまでということで、回ってきたのが『友人の少ないローザリアの話し相手』という役割だった。

 見れば見るほど人形のように思える美貌が、形ばかりの笑みを浮かべる。

「あなたが、ミリアね」

「初めまして、お嬢様。ミリアと申します。至らない点も多いかと存じますが、どうぞよろしくお願いいたします」

 頭を下げると、少女は笑みを苦笑に変えた。 

「そんなにかしこまらないで。ミリアの方が年上なのだし、わたくし達は友人になるのでしょう?」

「ありがとうございます。私などに、おそれ多いことでございます」

 十三歳という年齢で働き口を探しているミリアに、彼女は何も聞かなかった。

 父が賭博で作った借金のために家が没落したことを、事前に聞かされているのだろう。そこまで気が遣える九歳というのも空恐ろしいが、今のミリアにはありがたい。

 生活が一変してから、およそ二週間。

 家族がバラバラになってしまった衝撃は未だ覚めやらず、生きる希望も見出だせない状態だった。

 ――元々、家族としては終わってた。それでもどこかで、私は期待してたんだわ……。

 両親は、互いに想い合う相手がいるにもかかわらず、政略結婚をした。

 もちろん新婚当初から関係は冷えきっていて、二人は歩み寄ろうともしなかった。どころか、憎み合っているようですらあった。

 それでも、ミリアは信じていた。いつかは家族らしくなれるはずだと。

 けれどその希望すら、もう断たれてしまった。

 ミリアは、なぜ自分が生にしがみついているのか、分からなくなっていた。


   ◇ ◆ ◇


 目まぐるしく時が過ぎ、セルトフェル邸に厄介になってから一ヶ月が経った。

 話し相手だけでは手持ち無沙汰だったミリアは、手伝い程度にローザリアの身の回りの世話をするようになっていた。

 彼女についても、いくつか分かってきた。

 まず、着替えも湯あみも使用人を頼らないこと。

 侯爵家の直系なのだから、もう少し周りを頼ればいいものをと思う。けれど『薔薇姫』という事情から使用人が最小限にしかいないのだから、仕方のないことかもしれない。

「姉上、今日は僕と遊んでくれますよね?」

「僕に決まっているだろう? 君が何だかんだ邪魔をするから、婚約しているというのに全く二人きりになれていないのだけれど?」

「だっていつもフォルセ兄上ばかり、ずるいです」

「婚約者なのだから当然だよ。アレイシスはそろそろ義姉離れするべきだ」

「姉上は、どちらと遊びたいですか?」

 ローザリアの目の前で小競り合いを繰り広げる、二人の見目麗しい少年。

 足繁く通う彼女の婚約者であるフォルセ・メレッツェンと義弟アレイシス・セルトフェルは、最近会うたび張り合っている。

 子どもとはいえ身分の高い者同士の喧嘩は、心臓に悪い。ミリアの隣で眉一つ動かさずにいるグレディオールという青年が信じられない。

 けれど信じられないのは、にっこり微笑むローザリアも同様だった。

「わたくしはどちらでも構わないけれど。こういった場合は選んでもらえるよう、より魅力的な提案をするのが有効な手段ではないかしら?」

 容赦なく火に油を注いだ。

 両者は一瞬黙り込むも、すぐに睨み合った。

「僕が今日お土産に持ってきた、ロメール王国産の最高級茶葉を味わってみるのはどうだろう!? かなり高地で栽培されているものらしくて、普段飲んでいる紅茶と全然風味が違うんだよ!」

「兄上は黙っててください! 姉上、僕は何も持っておりませんが……心を込めてバイオリンを演奏します!聞きたいとおっしゃってましたよね!?」

「ならば僕はとっておきのものを! シャンタン国で採れる、ライチという果物を手に入れたんだ!」

「それなら僕だって、姉上好みの甘さで作った苺のタルトをご用意できます! 僕、料理長とは親しくしているんです! 姉上に喜んでいただくために、彼と試行錯誤してみました!」

 少年達が、手の付けられない勢いで自分の計画を主張し出す。しかし内容が、段々食べ物寄りになっているのは気のせいだろうか。

 ローザリアは、とてもいい笑顔で振り返った。

「話が着かないようだから、行きましょうか。グレディオール、ミリア」

「かしこまりました」

 侃々諤々の舌戦をあっさりと受け流し、関係ないとばかり微笑む彼女は強者だった。ミリアには絶対真似できない。

 もう一つ分かったこと。

 ローザリアはどうやら、婚約者であるフォルセ・メレッツェンを異性と考えていないようだった。あれほど分かりやすく好意を向けられているのにだ。

 前を歩く少女は、ミリアの足取りが重いことに気付いたようだった。

「ミリア?」

 問われているのに、答えることができなかった。

 胸を色んな感情が渦巻いている。

 両親は没落すると、すぐに再婚した。婚姻前の恋人と、関係を絶っていなかったのだ。

 邪魔だからという理由で、ミリアはどちらからも見捨てられた。確かに血は繋がっているのに、まるで無責任に。

 愛、などというものを、ミリアは信じていない。

 両親の関係だって改善されることはなかったのだから、希望を持つだけ無駄なのだ。婚姻など所詮、利益のために交わされる契約でしかない。

 だから、ミリアは働くという選択をした。

 実家の没落に伴い、ミリアを後家として迎え入れるという話もあった。

 うまく取り入れば楽に生きることはできただろう。分かっていても、到底受け入れられなかった。

 結婚に夢など見ていない。

 けれど愛のない様子をまざまざと見せ付けられるのは、ミリアにとって苦痛でしかなかった。

 ローザリアの表情が、ふと悲しげにかげった。

「……ごめんなさい。あなたには、わたくしの態度が不誠実に映るでしょうね」

 体が震える。

 幼い少女は、ミリアがやっとの思いで呑み込んでいる激情を、見透かしているようだった。

 彼女の細い指が、そっと肩に触れる。

「それでもーー柔軟な考えを持ちなさい、ミリア。他者の失敗や価値観の相違を逐一否定していては、決して幸せになれないわ。……そうして、いつか自分自身を受け入れてあげて」

 自分を受け入れるなんて、できるはずがない。実の親にさえ存在を否定されたのに。

 苛立ちが込み上げて、ミリアはそれを小さな子どもにぶつけてしまった。

「……いつもそうやって、諦めているのですか?」

 我に返って、ハッと口を噤む。一気に血の気が引いていった。

『薔薇姫』がどんな境遇か知りながら、何て無遠慮な質問。彼女は一切悪くないのに、八つ当たりもいいところだ。

 ましてや相手はセルトフェル侯爵の孫娘。決して許されることではなかった。

「もっ、申し訳ございません……!」

 ミリアは勢いよく頭を下げた。

 けれど返ってくるのは気詰まりな沈黙ばかりで、生きた心地がしない。

 投げやりになっていたくせにと、本能的に生を求める自分をどこかで嘲笑う。

 あまりに沈黙が長いので、怖々と顔を上げる。

 ローザリアは、ミリアを見つめていた。その眼差しに怒りはなく、どこかいたずらっぽい。

「諦めているというより、考えないようにしている、が正解かしら。自分が世界で一番不幸だと嘆くのは簡単だけれど、それではつまらないもの」

「つまらない……ですか」

 ざっくばらんな考え方すぎて、ミリアはただ呆然と繰り返してしまった。繊細な容貌をしていながら、ローザリアは想像以上に豪胆だ。

「だって、嘆いている暇などないもの。世界には興味深いものがたくさんあるけれど、時間は有限よ。楽しんでいればあなたも、きっと忙しすぎて悩んでいられないと思うわ」

 ローザリアは輝くような笑顔になった。

 楽しいと言い切れる彼女の強さを、眩しく思う。

 夢中になれるものを見つければ、ミリアも自身を認められるのだろうか。

 フッ、と肩から力が抜けていくようだった。

 ローザリアの言葉は、不思議と胸に響く。

 おそらく彼女自身が、様々な葛藤を乗り越えてきたからだ。そしてどんな境遇にあっても、当たり前の優しさを忘れていないから。

 彼女がこんなにも魅力的なのは、何も外側ばかりのことではなく、内面が美しいからなのだろう。

 恐ろしいと思っていた少女は、意外なほど豪胆で、強かった。温かかった。作り物でない笑顔は、年相応に可愛らしく。

 リジクに言われた通り就職先は探していたけれど……もう少しだけ、彼女の笑顔を見ていたいと思った。できれば守り、支えながら。

「ローザリア様。私、正式に雇っていただけるよう旦那様にかけあってみようと思います」

 しっかり見つめ返しながら宣言すると、ローザリアは面白そうに目を細めた。

「あら。うちの採用基準は厳しいわよ?」

「承知の上です。昔から体を動かすのは得意だったので、何とか頑張ってみせます」

「そう。……楽しみにしているわ」

 ローザリアは、はっきりと微笑んだ。

 その翌日から古株の使用人達にしごかれるようになり、確かにミリアは悩む暇などなくなった。

 無事採用試験を乗り越えた直後、同僚のグレディオールの正体を知らされ、とんでもない主人を選んでしまったらしいと知るのは、その後のお話。 




こんにちは令和!


そして、ついに書籍の発売日となりました!


同情でも何でもいいので

お買い上げいただけると嬉しいです!m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] この入り方のパターン化みたいなの好きです
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