世界の終わりのエピローグ
最終話になります!
皆様、ここまでお付き合いくださり、
本当にありがとうございました!(*^^*)
心地よい沈黙が、温室に満ちる。
カディオは目を瞬かせるばかりで、表情はほとんど変わっていない。
けれど無反応じゃないと分かるのは、彼の瞳が溺れた月のように潤んでいるから。
ぎこちなく、彼は視線を外す。
「……さすがに、こっちも動揺するんですが」
「まぁっ! では、結婚してくださる?」
「極端!」
勢いにたじろぎ、カディオはソファの背もたれギリギリまで後退った。
胸から溢れる想いを突発的に伝えてしまったが、ローザリアは今さら失態に気付いていた。
そういえば彼は、なぜか甘い雰囲気になりかけた時に限って避ける傾向にあるのだ。
すぐに想いが通じ合うようなご都合主義的展開は、その辺には転がっていないらしい。
「カディオ様は、わたくしがお嫌いですか?」
「いや、そんなことは決して」
「ではなぜ、そのように困った顔をなさるの?」
「うぅ、」
瞳を潤ませ上目使いで見つめれば、カディオはすぐに根を上げた。
「ローザリア様。実は俺はね、中身が…………大体三十八歳くらいなんだよ」
彼の口調は、物凄く重大な事実を打ち明けるように重々しかった。
けれど態度は、普段よりさらに親しげな気がする。これが、本当に全ての虚飾を剥ぎ取った彼の姿なのかもしれない。
なのでローザリアも真剣に対応した。
「なるほど。大体とおっしゃるわりに、とても具体的ですわね」
「今は、そういう細かいことはスルーで」
「スルーとは?」
「流して気付かないふりで、という意味だよ」
「分かりました。スルーいたします」
従順に頷くと、彼は物言いたげに唇を動かしたが、やがてガックリと項垂れた。
「……とにかく。前世の価値観では、おじさんが十六歳の子どもに手を出すのは犯罪だったんだ。あなたが純粋に慕ってくれているのは、本音を言うと前から気付いてた。けどね、分かるだろう? ものすごい罪悪感なんだよ。まるで雛の刷り込みのように、あなたは俺を肯定してくれるから」
チラリと前髪の隙間から向けられた瞳には、切なさがせめぎ合っているようだった。
慕わしさはある。けれど、どうしても前世の感覚が邪魔をする。
相反する思いに縛られているために、彼は動けなくなっているのだ。
「おっしゃりたいことは分かりましたわ。カディオ様が肝心なところでわたくしを避ける理由も、理解いたしました」
「……その言い方だと、何だか物凄いヘタレ扱いをされてる気がする」
「ヘタレがどのような意味なのか詳しく存じ上げませんが、少々奥手ではあると思っておりました」
「ぐぅ。彼女いない歴十六年寂しい独身男だったから否定できない……」
どんより落ち込むカディオは分かっていない。
ローザリアが従順になるのも、一心に慕うのも、彼に限ってのことだ。
否定しないのも、甘やかしてグズグズにして、ローザリアなしではいられないようにするため。全て計算ずくだった。
「分かりましたが、全く問題はございません。その程度の年齢差、貴族界ではよくあることですもの」
実際、三十歳以上年の差がある夫婦もいる。
ましてやカディオの実年齢は二十五歳。結婚する分には何も問題がなかった。
それでも彼は、頑として頷かない。
「あなたはとても綺麗で、魅力的だ。若いし、立派な家の一人娘だし、性格……も、いい方? だと思うし。とにかく、俺なんかには勿体ないくらい素晴らしい女性なんだ」
性格に関してやや言葉を濁されたのは不満だが、ローザリアはこれも問題ないと頷き返す。
「外見は瑞々しい若者、中身は落ち着きと包容力のあるおじ様。素敵だと思います」
「どこまでも前向きだな!」
中身がおじさんだというわりに、素のカディオはかなり若々しい性質のようだ。
祖父のリジクとの方が年齢が近いというのに、威厳の欠片もない。前世の世界がそういう風潮だったのだろうか。
とはいえローザリアには、そんなカディオの素直さと明るさ、何にも縛られない自由さが、とても好ましく映るのだ。
燃え立つような赤毛も、金色の瞳も。褐色の美しい肌も。彼を形作る何もかもが胸を揺さぶる。
剣だこでかさつく指先に、そっと触れた。
「カディオ様、どうか受け入れてくださいませ。わたくしはわたくしの全てを尽くし、あなたをお守りすると誓います」
鮮やかに、年相応の少女らしい無邪気さで、ローザリアが笑う。
カディオからすれば、こうも盲目的に慕われ、愛しいと感じない男がどこにいるのかというもので。
「いや、俺これでも騎士なんだけど……」
最早顔を覆い隠し、うめくことしかできない。
完全なる負け戦だ。これ以上踏み込まれてしまえば、あとがないと言うほどの。
ローザリアもそれを分かっているから、攻める手を緩めない。
「カディオ様とこうしていると、ドキドキが止まりません。わたくし、どうしたらいいのでしょう?」
「そんなこと聞かれても……うぅ、しっかりしろ、俺の倫理観……」
「カディオ様、こちらを向いてください。……顔を上げてくださらないなら、せっかくですしお隣に行ってもよろしいですか?」
「淫行……青少年保護条例……」
カディオが何やらぶつぶつ呟いている内にと、ローザリアはこっそり彼の隣を確保した。
◇ ◆ ◇
「……あれは、落ちるのも時間の問題だろうな」
温暖な地域から取り寄せたオレンジの木の影。
一連のやり取りをこっそり見守っていたグレディオールは、小さく呟いた。
「落ちる? つまりは、ローズ様の勝ちということですね!?」
「勝ち負けではないと思うが……まぁ、いずれローザリア様の思惑通りに運ぶだろうな」
幼少期に出会い、八年もの間世話をしてきた少女が恋をする。幸せそうに寄り添っている。それは、何とも形容しがたい光景だった。
「……猫型ロボットがいるなら、結婚前夜に連れて行ってもらいたいところだ」
きっと幸せそうな二人を見られるに違いないと考えていたら、隣でミリアが首を傾げた。
「ロボット? ってまた例の、あちらの世界の言語というヤツですか?」
「あぁ。便利に動く人形のようなもの、と言ったら分かりやすいか」
彼女達は側にいることが多いので、つい別の世界について話してしまうことがあった。
そういった素地があったために、ローザリアは転生などという眉唾な話を、すんなり受け止めることができたのかもしれない。
「世界を超越するなんて、ドラゴンって何だか神様みたいですよね」
「そんなわけがないだろう。私はあくまで巨大なドラゴンだ」
グレディオールは、ただ大きかっただけだ。それこそ、別の次元を垣間見ることが容易い程度には。
そもそもこの国に語り継がれている伝説には、間違いが多い。
実際のところ、彼の本体は王国ではなく、大陸全土の礎となっている状態だった。
「私は、世界という境界からほんの少しはみ出してしまっているだけで、決して超越した存在ではない。よく見えるだけだ」
「はみ出るほど大きいというだけで、十分異常なんですけどね。それほどよく見えるなら、ローズ様がいなくなった時もすぐに見つけられたのでは?」
「たった一粒の砂金を見つけ出すのが至難であるように、目印がなければ分からないこともある」
「便利なようで不便ですねぇ」
神様のようと評しておきながら物凄く罰当たりな感想を漏らすミリアは、肩をすくめて話を変えた。
「あなたの言うあちらでは、ローズ様が登場する物語があるんですね」
口調に若干の棘を感じるのは、ローザリアが悪役として描かれているためだろう。作者に文句の一つでも言いたげだ。
だが、グレディオールも同じ気持ちかと言うと、首を傾げざるを得ない。
「物語と現実とは、大きく変容した。……作者の意図は、一体どこにあったのだろうな?」
もしかしたら、こちらから転生した者がいるのかもしれない。そしてその何者かが、創作した物語をあちらで広めた。
けれどそれが悪意による行動なのか、いまいち判断しづらい。あのまま未来が変わらなければ、ローザリアが悪事に手を染める可能性は皆無ではなかったのだから。
彼女が今ああして笑っていられるのは、物語が広まっていたおかげとも言える。
もちろん、色々な偶然が重なったゆえにたどり着いた結末なのだが。
――何よりのきっかけであるカディオ・グラントとルーティエの転生は、果たして偶然なのか、はたまた神の配剤か……。
答えは、千年を超えて生きるグレディオールにさえ分からない。
「――そ、そうやって赤くなるから! というかさっき、自分から触ってきたよね!?」
カディオが動揺に声を高くしたため、思考の中断を余儀なくされた。
何ごとかと視線を戻すと、肘掛けに置いていた手が偶然触れ合ったことが、なぜか大騒ぎに発展しているようだった。
僅かに触れただけだろうに、ローザリアの頬は薔薇色に染まっている。
「自分から触れる分には、心の準備ができていますもの。好きな殿方に触れられたなら……赤くなって当然ではございませんか?」
唇を尖らせながら可愛らしく開き直るローザリアに、カディオが撃沈した。やはり、時間の問題だ。
ローザリアは、歴代の『薔薇姫』の中でも出会いから規格外だった。たおやかに見せかけて計算高いところは、レスティリアによく似ている。
王国の名を冠する初代女王。
彼女は建国の過程で、一度死んだ。
甦らせたのはグレディオールだ。
彼女に三つある心臓の内、一つを分け与えた。
その影響で女王の子孫には、まれにドラゴンの心臓を持つ者が現れるようになった。それが誰も知ることのない、『薔薇姫』の秘密。
のちに起こった政争の末、女王の一人娘が降嫁した。そのために、セルトフェル侯爵家がドラゴンと何らかの契約を交わしたという伝説に塗り替えられてしまったようだ。
ドラゴンが血の芳香に敏感なのも、単に自身の香りを嗅ぎ分けているだけ。
異質な力が混じっているためか、『薔薇姫』の人生は波乱に満ちたものが多い。
中には『薔薇姫』であることに絶望しながら、非業の死を遂げた者すらいる。
女王の子孫達が激動に飲み込まれていくのを、グレディオールは沈痛な思いで見守っていた。
愛した人の笑顔を取り戻したかっただけなのに、自らの軽はずみな行動の影響で、彼女の子ども達が不幸になっていく。
時には彼女達の人生に、介入したこともあった。けれどドラゴンの力を持ってしても、まるで呪いのような運命が変わることはなく。
どれだけ悔いたか分からない。永遠に近い生すら投げ出したくなるほどの絶望を、何度も何度も。
けれど――――。
グレディオールは瞳を細め、楽しそうに言い合いをしている男女を見つめた。
……ローザリアならば、どんな逆境も乗り越えていける気がした。むしろ困難さえ、平気で利用してしまいそうな。
だからこそグレディオールは、彼女を側で見守っていたいと思うのだ。
幸せに満ちた生涯を、終わりのその時まで。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
これにてお話は完結となります。
悪役令嬢ものに初めて手を出してみて思ったことは、
『悪役令嬢もの書いてる人達、マジで尊敬する……』でした。
本当に難しいです。
定番の流れの中に独自性を出すというのは、物凄いことなのだと分かりました。
反省点はたくさんあります。
全然極悪じゃなかったですしね。
タイトルの出落ち感が、書き始めた当初から心配しておりました。
何の偶然かランキングの上位に入ってしまって、
もうずっとガクブル。
自称極悪令嬢ということで勘弁してくださると
嬉しいです。
そしてまさかのグレディオール締め。笑
急に出張って来た感。辛笑
ですが、書いていてとても楽しい作品となりました。
今後彼らが幸せになる姿を想像すると楽しいです。
皆様にも、少しでも面白いと思っていただけたなら幸いです。
ここまでお読みいただき、本当に本当にありがとうございました!m(_ _)m




