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本性を表しました

いつも読んでいただき、ありがとうございます!(*^^*)

 その内に、カディオがやって来た。

 レンヴィルドに礼を言ってジュストコールを返し、ショールを羽織る。

 柔らかなシルクが密に織り込まれた極上品らしく、肌に触れた瞬間温もりを感じた。

「ありがとうございます、カディオ様」

「いえ、殿下のご命令に従っただけですから」

 レンヴィルドはジュストコールに袖を通すと、バルコニーの通用口に向かった。

「それでは私は、何か飲み物でも持ってこよう。カディオ、それまで彼女についていてくれ」

 気を利かせてくれたのだろう、おかげでカディオと二人きりだ。

 すると、彼はおもむろに口を開いた。

「……殿下とのダンス、とても綺麗でした」

「本当ですか? 人前で踊るのは初めてのことで緊張しましたけれど、きっとレンヴィルド様のリードがお上手だったからこそですね」

 カディオが見てくれたなら、頑張って踊った甲斐もあるというもの。ローザリアは素直に喜んだ。

 けれど彼の表情は、どこか固い。

 それに、先ほどから一度もローザリアと目を合わせようとしないのはなぜだろう。金色の瞳の奥が、暗く陰っている。

「そうですね。俺では、あんなふうに踊れない」

「え?」

 聞き違いかと覗き込むと、彼はローザリアを避けるように退いた。バルコニーの端までは、ダンスホールの光が届かない。

 辛うじて見える唇だけが、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。

「すみません。くだらないことを言いました」

「カディオ様、口調が」

 ここまで来て往生際悪く突き離そうとするカディオに、ローザリアは呆れてしまった。頑なな態度はまるきり子どものようだ。

 それでも、少しくらい自惚れてもいいだろうか。

 レンヴィルドと踊る姿に嫉妬したのだと。暗い表情の理由は、単に拗ねているだけなのだと。

 ローザリアは、スッと手を差し伸べた。彼を光の世界へいざなうように。

「……せっかくですし踊りませんか? ここなら、学習室よりは広いです」

 暗闇に、金色の瞳が揺らめく。

 褐色の獣は躊躇いながら、それでもしっかり手を握り返した。

 かすかに聞こえるバイオリンの音を頼りに、ローザリアとカディオは同時に動き始める。

 密着しても、彼が以前のように狼狽えることはなかった。リードはお世辞じゃなく上達している。

 もしかしたら彼自身の体がステップを覚えていて、緊張さえしなければ問題なく動けるのかもしれない。そう思うと少し胸がもやもやするけれど。

「――フフ、夢みたい」

 それ以上に、楽しかった。

 念願だったカディオとのダンスは、誰と踊るよりも心が浮き立つ。

 それはもう理屈じゃなかった。

 燃え立つ赤い髪に、精悍さと色気をかもし出す褐色の滑らかな肌。金色の瞳に見つめられるだけで頬が熱くなる。背中に回された手から温もりが伝わるたび、全身が甘く痺れるようだった。

 フワフワと酩酊した心地で、足取りが覚束ない。カディオのことしか考えられない。

 彼の視線が、シルバーブロンドの髪を飾る蝶へと向けられた。

「……俺が贈った髪飾り、安物なのに」

「ドレスに合わせてあつらえたように、ピッタリでしょう?」

 誰が何と言おうと、ローザリアにとっては宝物だ。送り主にも馬鹿になどさせない。

 瞳に力を込めて微笑むと、カディオは泣きそうな顔で笑った。

「――あぁ。とてもよく似合ってる」



 調子に乗って二曲も踊れば、屋敷の中だけで生きてきたローザリアの体力は限界だ。

 もっと踊っていたかったけれど、高いヒールでの激しい動きはつま先と足の甲に負担がかかる。

 バルコニーの手すりに捕まり、少し呼吸が落ち着いてきた頃。

 持ち前の生真面目を発揮したカディオが、ローザリアの頬に前触れもなく触れた。

「踊りすぎたかな? 少し、頬が赤い」

「ひゃっ」

 ビクリと肩を震わせ、慌てて距離を取る。彼はローザリアを凝視しながら、目を白黒させていた。

「…………ひゃ?」

「だ、だって、カディオ様の手が、頬に、」

 ダンスのように、心の準備ができる接触とはわけが違う。好きな人の手が頬に触れたのだ。

 普段から剣を握っているためか、少し固い皮膚。体温。柔く肌をなぞる指先。全てが鮮明な感覚として胸に焼き付く。

 頬どころか首までもが火照ったように熱くなり、涙がじわりと勝手ににじむ。

 呆然としていたカディオの顔が、瞬間的に真っ赤に染まった。

「~~~っっ! す、すみません!」

「いえ、他意はなかったと分かっておりますから。けれど……他の女性には、あまりそういったことをしてほしくはありません」

「わ、分かった」

 どさくさに紛れて約束を取り付けると、彼は真っ赤な顔のまま何度も何度も頷く。

 その時出入り口から、カタリと物音がした。物凄く生温かい目付きのレンヴィルドだ。

「おや、ローザリア嬢。どうしたのかな、少々頬が赤いようだけれど?」

 グラスを手渡しながらの白々しい質問に、舌打ちがこぼれそうになった。そのつもりで気を利かせただろうに、なかなか意地が悪い。

 カディオなど護衛対象の前だというのに、任務をすっかり放棄してうずくまっている。何やらうめき声が聞こえてくるので、これは当分立ち直りそうにないだろう。

 一方ローザリアは、鉄壁の笑みを浮かべた。

「初めてのパーティで疲れたのかしら。オホホ」

「ハハハ、それ以外の理由がないよねぇ」

 胡散臭く微笑み合っていると、突然出入り口から飛び出してくる気配があった。

 すっかり沈没していたカディオだったが、本能からくる神がかり的な反射神経で剣を抜きかける。

 現れたのは、意外な人物だった。

「――あら。よくお一人になれましたわね?」

 肩をいからせ険しい顔をしているのは、何とルーティエだった。

 彼女の側にはアレイシスもフォルセも、ジラルドだっていない。あの執着にまみれた男達から、逃げおおせるとは思わなかった。

 興奮状態にあるのか、ルーティエは周りが見えていないようだ。

 宥める意味も込めて、ローザリアは穏やかに微笑みかける。けれど返されたのは、友好的とは程遠いきつい眼差し。

「何なのよ、あんた! 何で設定通りに動かないの!? バグなの!?」

 ルーティエは普段の可愛らしさからは想像もつかない、どすの効いた罵声を浴びせた。もちろん、ローザリアに向かって。

「歓迎パーティは大事なイベントなのよ! 私は今日、全員と踊らなきゃ逆ハールートに入れないの! それなのにレンヴィルド様もカディオさんも姿を見せないと思えば、こんなところで……!」

 ルーティエの手は、わなわなと震えている。

 カディオとレンヴィルドはいつもの彼女との落差に言葉もない様子だったが、ローザリアは比較的冷静でいられた。本性に薄々勘付いていたためだ。

『設定』、『イベント』、『逆ハールート』。カディオのおかげで、聞き覚えのある単語ばかりだ。

 ――これではっきりしたわ。彼女も、カディオ様と同じく、転生者……。

 しかもカディオと異なり、ルーティエを主人公に繰り広げられる恋物語を、かなり読み込んでいる。

 話の流れは完璧に把握していると思われた。

 ローザリアが心配する筋合いもないのだが、彼女は『攻略対象』であるレンヴィルドとカディオの前で、本性を現しても大丈夫なのだろうか。

「このバルコニーで過去を打ち明けられるのも、レンヴィルド様を励ますのも私の役割だったはずなのに! 一気に恋に落ちるはずだったのに!」

 思いもよらない糾弾に目を瞬かせた。

 隣にいるレンヴィルドも似たような反応で、つい互いの顔を見合わせてしまう。

「……おっしゃっていることはよく分かりませんけれど、レンヴィルド様と恋に落ちていないことなら断言できますわ」

「あぁ、間違いなく落ちていないね」

 ねぇ、と仲良く頷き合う。

 あくまで親しい友人同士のやり取りなのに、これがさらにルーティエを逆上させた。

 彼女は顔を真っ赤にさせると、自らの髪をまとめていた装飾品を乱暴に外した。ボサボサになった巻き髪と恐ろしい形相には、異様な迫力がある。

「覚えておきなさい! この先の展開は、絶対に邪魔させないんだから!」

 妖精のような可憐さをかなぐり捨てたルーティエは、ドレスの裾をむんずとたくし上げ、のしのしと歩き去っていった。通路に立っていた憐れなイーライが、巻き添えを食って怒鳴り散らされている。

 残された三人は、しばらく放心していた。

「……知りませんでしたわ。市井の娘というものは、みんなあのような感じですのね……」

 ローザリアがポツリと呟くと、顔色を悪くしたカディオがブンブンと首を振った。

「いや、全員がああだと思われては、普通の娘達が可哀想かと……」

 レンヴィルドが額に手を押し当てながら、長々と息を吐き出した。

「すまない、私が尾けられていたのかもしれない」

 ルーティエがこの場に現れたことを謝罪するも、意外にも反論したのはイーライだった。

「お言葉ですが殿下、我々が尾行されていたとは考えにくいです」

 怪しい気配はなかったはずだと、彼は近衛騎士の顔で断言する。

 無口なイーライがわざわざ声を上げるということは、余程自信があるのだろう。

 俯いていたカディオが、考え考え発言する。

「もしかすると彼女が言っていた、『設定』通りだったのかもしれません」

「どういうことだい?」

 レンヴィルドは怪訝に眉を寄せて問い返す。

「俺もはっきりとは言えませんが、それが『イベント』という……」

 ウロウロ彷徨っていた視線がローザリアに定まると、カディオは途端に口を噤む。

 彼は直ぐ様主に向かって目配せした。レンヴィルドはにこやかに微笑む。

「ローザリア嬢。初めてのパーティで疲れていることだし、そろそろイーライに送らせようか」

 突然話を切り上げ、グラスまでさりげなく奪われる。明らかに帰るよう促されていた。

「……分かりました。お心遣いに感謝いたします、殿下。カディオ様もおやすみなさいませ」

 ローザリアはしずしずと歩き出したものの、廊下の角を曲がったところで素早く身を屈めた。

 突飛な行動に、常識人のイーライが理解不能と顔を引きつらせる。ローザリアは構わずカディオ達を注視した。

「あの、ローザリア様……」

「静かにお願いいたします。集中できません」

「集中したところで、何が分かるんですか……」

 もう、彼の泣き言は耳に入っていなかった。

 イーライに送らせるということは、ローザリアに密談の内容を知られたくないのだろう。

 彼らの思惑に従うつもりなど毛頭なかった。

 バルコニーでの話し合いが終わるまで、ローザリアは憐れなイーライを伴い身を潜め続けていた。



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