遭遇です
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寝落ちしてました m(_ _;)m
三人は恋敵ということもあり、かなり険悪な雰囲気だった。のどかな昼下がりに相応しくない暗雲が、彼らの周囲にのみ漂っている。
ローザリア達の心の叫びは一致していた。
――とにかくこちらに来ないでほしい……。
あの修羅場を作っておきながら笑顔で近付いてくるルーティエの、何と罪深いことか。
触れるな危険。頭の中をそんな緊急速報が飛び交っている。
それでもローザリア達には、無下にするという選択肢もなかった。
「こんにちはっ! レンヴィルド様達も、城下に来てたんですね。誘ってくれればよかったのに」
「こんにちは、ルーティエ嬢。今日も元気だね」
にこやかに交わされる会話を眺めていたら、義弟のアレイシスと目が合った。
ルーティエに夢中のはずが、ローザリアを見つけた途端に慌て出す。
「おい、こんな街中に来て大丈夫なのかよ?」
屋敷にこもっていた期間を一番側で見てきたため、余計心配になるに違いない。『薔薇姫』が許可なく外出できないことも、彼はよく理解していた。
「レンヴィルド殿下が全てを取り計らってくださったから、何も問題はないわ。国からの正式な許可も下りているの」
「許可とかの問題じゃねぇ。とりあえず、何かの実験とかで無理やり引きずり回されてるってわけじゃないんだな?」
義弟はどうやら、嫌がるローザリアにレンヴィルドが無体を強いているのではと疑っているらしい。
相も変わらず心配性で、思わず頬が緩んだ。
「わたくしが殿下のご厚意で連れてきていただいたのよ。アレイシス、街歩きとは楽しいものね」
アレイシスが、目に見えて安堵する。彼も長年ローザリアの将来を憂いていたので、我が事のように嬉しいのだろう。
フォルセの方はと視線を移すと、彼はルーティエに執心しているところを見られたくなかったらしく、ばつが悪そうに目を逸らした。
婚約破棄の協議中なので、フォルセとは微妙な距離感だ。わだかまりは一朝一夕にはなくならない。
だからこそ今は距離を置いた方が互いのためであるのに、ルーティエは空気を読まなかった。
「そうだ! どうせなら、みんなで一緒にお店を見て回りませんか?」
こんな時ばかりローザリアの方を窺うのだから、彼女も大概底意地が悪い。
決定権を委ねられては、微笑んで頷く以外に方法がなかった。
ルーティエがはしゃぎながらカディオと腕を組む。先ほどまでのデート気分は、あっという間に消し飛んでしまった。
歩き出す一行に従い、ローザリアも歩を進める。
レンヴィルドとカディオに挟まれたルーティエと、少しでも彼女の近くにいたい三人の男達。その後ろにぞろぞろと付き従う、ローザリアと護衛達。何というか軽く悪夢だ。
――こんなことになるのなら、もう少しデート気分を味わっておくべきだったわ……。
ため息を押し殺していると、隣に誰かが並んだ。
「歓迎パーティが終わればすぐに中期テストだというのに、随分余裕だな」
「ジラルド様」
栗色の瞳で睨み上げてきたのはジラルドだった。
挑発をしているつもりなのだろうが、やはり子犬程度の威圧感しかない。
「余裕かどうかと問われれば、余裕としかお答えのしようがごさいませんね。けれどそういうあなただって、こちらへは遊びにいらしたのでしょう?」
あれから図書館に行くたびジラルドと遭遇しているが、つい嫌みを言ってしまうのは彼の態度のせいなのだろうか。
カディオといる時は素敵な女の子になれたような錯覚をするのに、性格の悪さがこうも軽々露呈してしまって、何だか自分にガッカリだ。
「僕だってテスト対策は完璧にしている。それに……勉強ばかりしていても仕方がないと言ったのは、そちらだろう」
恥ずかしそうにそっぽを向いてジラルドが呟く。
透けるほど白い頬が林檎のように熟れ、カディオとは対照的にとても分かりやすい。
いちいち突っかかる彼を迷惑だと感じる部分もあるが、それも根が素直であるゆえなのだろう。
一時は自身の生き方に重ね合わせもしたけれど、彼ならば周囲の助力によっていずれ自由を知っただろう。何より、ローザリアと違って性格がいい。
敵認定している相手の言葉を真に受けて、真剣に実践しているくらいなのだから。
「つくづく真面目な方ですわね……」
「馬鹿にしているのか!?」
「いいえ、いっそ感心しております」
「『いっそ』という言い回しがなおさら嫌みに聞こえるんだが!?」
隣でキャンキャン吠えるジラルドは放って、ローザリアはカディオが言うところの『逆ハーレム』というものを観察してみることにした。
現在、ヒロインであるルーティエを中心とするハーレム要員が揃い踏みだ。カディオ自身は気付いていないようだが、おそらく彼も含めて。
彼女は物語に登場する主要な人物を、全て虜にしようと画策している。
そんな中で無関係な男性を落とすことは、おそらくない。カディオはほぼ間違いなく攻略対象だ。
――本当に、何を目的としているのかしら。自ら虜にした男性のことさえ、あまり大切にしていないようですし……。
ルーティエとカディオが腕を組む姿に、アレイシス達のきつい眼差しが突き刺さっている。
自分に向けられる好意を知りながら、他の男と親しげな様子を見せ付けるなど言語道断だ。そもそも三人をかち合わせている時点で、ひどくないがしろにしているように映る。
大切な義弟と、家族のように思っていた婚約者をぞんざいに扱われれば、当然いい気はしない。
困惑しつつも抵抗できずにいるカディオのことがなくてもだ。
「そうだ! もうすぐダンスパーティですよね! うちじゃ高価なドレスを用意できないから学園に貸し出してもらえることになってるんですけど、ネックレスとかはどうしようかと思ってて。よかったら、お二人が選んでくれませんか?」
彼女の今日の目的は、装飾品の購入らしい。
カディオとレンヴィルドに上目遣いをしながら、可愛らしく小首を傾げている。
咄嗟に嫌だ、と思ったのは、先ほど買ってもらった髪飾りを、とても特別なものに感じていたから。
けれどそれをカディオに押し付けられない。
ぐっと文句を呑み込み、成り行きを見守る。せめて表情には出さないようにして。
名指しされたレンヴィルドが、当たり障りのない笑みを浮かべた。
「申し訳ないね。私は、女性にそういった贈り物はしない主義なんだ。誰か一人に肩入れをすれば、和を乱すことになりかねないからね」
どうでもいいことだが、彼はいつの間にかルーティエをかわして、アレイシスの隣へと並んでいた。忠実なる臣下を生け贄にしているように感じるのは偏見だろうか。
レンヴィルドは、カディオに視線を移した。
「君は、どうしたい? 私は自らの従者に、同じ選択を強制はしないよ」
「俺は……」
うろうろ泳いでいたカディオの瞳が、ローザリアを捉えた気がした。
「……すいません。俺は、あまりそういったことに詳しくないので。他の方達の方が、頼りになると思いますよ」
困ったように微笑みながら、カディオもきっぱりと断った。
ルーティエの引き際は案外潔く、気にしていないように首を振る。
「そうですか。ちょっと残念ですけど、それじゃあフォルセ様やアレイシス様に聞いてみますね」
『僕も頼ってください』とジラルドが割り込んで、三人の言い争いが勃発しているようだが、ローザリアにはどうでもよかった。
呆然としたままでいると、カディオと目が合う。彼は目元だけでかすかに笑みを刻んだ。
胸がきゅうっと痛くなって、喉を熱い何かが込み上げてくる。
――好き……。
はしたないことと分かっていても、つい口走ってしまいそうになる。
今までは好意を示すだけにとどまっていたけれど、もういっそ想いを伝えてしまおうか。断られたって何度でもぶつかればいいのだ。
優しい彼なら、きっと何度でも受け止めてくれる。……困りながらではあると思うけれど。
そう思うと、ストンと心が軽くなった。
恋とは、一度の失敗で終わってしまうものではないのかもしれない。
ルーティエが、今度はローザリアを振り返った。
「それじゃあ、まずはみんなで屋台のご飯を楽しみましょうか、ローザリア様」
「それは素敵ね。わたくし達もまだ来たばかりですもの。ねぇレンヴィルド殿下、カディオ様?」
「えぇ。そうしましょうか」
「俺、食べたいものがあるなら買ってきますよ」
アレイシスらの了承も得て、再び飲食の屋台の方へ歩き出した。
その後は、全員で食べ歩きを楽しんだ。
手掴みで食べるローザリアにアレイシスがこっそりオロオロする場面はあったものの、終始和やかな雰囲気のまま時が過ぎた。……そう、男性陣は思っていただろう。
穏やかな空気は表面上だけのこと。
ルーティエからバシバシ飛んでくる敵愾心をはね除け続けていたローザリアには、疲労ばかりが溜まっていく時間だった。




