あなたとワルツを
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歓迎パーティ、という催しがあるらしい。
季節が巡って実りの秋になる頃、生徒達のさらなる交流を目的として、学園主催で大々的に行われるものだという。
「まだ随分先の話ですのに……」
憂鬱なため息をつくローザリアの体に巻き付けられている、無数のスケール。
本日、ミリアに身体中を計測され尽くしている最中であった。
「今から準備しなければ縫製が間に合わないのですよ。当日は、特に気合いを入れて飾らせていただきますからね」
「それまでに、体型が変わっている可能性もあると思うのだけれど」
「気合いで何とかしてください」
「華やかと見せかけてそこは根性論なのね」
ドレスの準備やパートナー探しに時間がかかるので、既に学園中が慌ただしい雰囲気に包まれている。ローザリアとて、周囲のそわそわした楽しげな空気を感じていた。
それをいくらか冷めた心地で眺めているのは、やはりカディオが不参加であるためだろう。
学生じゃないので当然なのだが、ローザリアからやる気を失わせるには十分だった。
欠席してもいいくらいだが、パーティ参加でもらえる単位があるためどうしても落とせない。こんなことでローザリアが積み重ねてきた成績に傷が付くのは、何だか釈然としなかった。
けれどどうしたって、パーティ自体に希望は見出だせないわけで。
「どんなデザインでも、わたくしは構わないわ。あなたのいいようにしてちょうだい」
「では背中には天使の羽根、手には星の飾りが可愛らしいステッキ、純白の素晴らしい衣装を用意してご覧に入れましょう」
「ミリア、わたくし心を入れ替えますわ」
ローザリアは侍女の脅迫にあっさり屈し、しゃきりと背筋を伸ばす。
扉の向こうで繰り広げられる姉妹のようなやり取りを漏れ聞き、紅茶の準備をしていたグレディオールがクスリと笑った。
秘密を打ち明けあってからというもの、カディオとは定期的に会っていた。レンヴィルドを交えての場合が多いが、気を利かせた彼が二人きりにしてくれる時もある。
今日は、貴重な二人きりになれる日だった。
休日の午前中が丸ごと採寸ごときで潰れてしまったことを愚痴っていると、カディオが不思議そうに目を瞬かせた。
「なぜそれほど憂鬱なんですか? ローザリア様なら、きっとどんなドレスもお似合いでしょう」
「カディオ様、口調」
「あ、そうでした。いや、そうだった」
ローザリアの指摘を受け、カディオは恥ずかしそうに褐色の頬を掻いた。
二人の前には、あらかじめミリアが調えてくれていた紅茶と甘い菓子が広がっている。
さっぱりと食べられるレモンジャムサンドクッキーは、他の菓子より余分に用意してあった。
「少しくらいは大目に見てほしいな。ローザリア様の言葉遣いが丁寧だから、俺までついつられちゃうんですよ」
「ですが、ありのままのあなたの方が素敵です」
ニコリと微笑みを添えると、カディオは顔を隠すように紅茶を口に運んだ。
褐色の肌は紅潮具合が見分けづらいが、金色の瞳が潤むために照れているのだと手に取るように分かる。可愛らしくてカップの影で小さく笑った。
「わたくしは、『薔薇姫』ですもの。当日は遠巻きにされるでしょうし、そもそもパーティというもの自体に参加したことがないものですから」
出血を怖れてダンスの誘いなど皆無だろうし、それ以前にパートナーを見つけられるかも怪しい。
昔からそんな状態のため、セルトフェル邸で行われるパーティにすら出席したことがなかった。
楽しそうな雰囲気だけは伝わってくるのに、決して手の届かない世界。それがローザリアにとってのパーティの印象だった。
学園内の催しといえど、突然参加できるようになってもいまいち実感が湧かない。
けれどカディオは、ローザリアに比べてずっと素直な結論に至った。
「初めてならなおさら、せっかくの機会を楽しまなきゃ損です。きっと楽しいですよ。ダンスを踊ったり、おいしいものを食べたりするんでしょう?」
我が事のように喜ぶ笑顔には屈託がない。
彼と一緒に参加できれば、まさに夢のように楽しかったことだろう。
「詳しいですね。前世でのカディオ様は、パーティに参加したことが?」
「いや、俺は全然。元いた世界では、そういう社交界? のような集まりが現実にあるなんて、実感すらなかったので。でもきっと、以前のカディオ・グラントはよく通ってたんでしょうね」
「あぁ、確かに……」
社交界に華やかな噂をばら蒔いていたのだから、パーティの常連だったと言えるだろう。受けた招待を一切断らない、社交的な人間だったに違いない。
――けれど、わたくしにとっては今のカディオ様の方が魅力的ですわ。野性的な容姿に不釣り合いな、生真面目な性格が。知識以外は、生活をしていく上でも問題ございませんし。
内心で幸せを噛み締めていたローザリアだったが、名案がひらめいて立ち上がった。
「そうですわ、試しに踊ってみませんか?」
「え? 俺がダンス、ですか?」
カディオが子どもっぽい仕草で首を傾げた。目を瞬かせる表情まであどけない。
戸惑っているようだが逃すつもりはなかった。パーティに出席しない彼と踊れる機会は今しかない。
「剣技と同じように、もしかしたら体が覚えているかもしれません。試してみる価値はあります」
もっともらしい言葉で後押しすると、素直なカディオはすぐに引っかかった。
「なるほど、そういうことなら。ただ本当にジェンカとか、創作ダンスくらいしか習ったことはないからね。誰かと一対一で踊るなんて初めてだ」
「ジェンカ? それに創作ダンスとは、一体何を創作するのですか?」
「ごめん、こっちの話。それより、この狭い場所で踊れるのかな?」
「そうですわね……」
ローザリアは顎に指を当て、首を巡らせた。
学習室は狭いが、テーブルさえどかせば何とかなるだろう面積はある。本格的に踊ろうにも、まずはカディオが上達しないことにはどうにもならない。
「練習する分には、問題ないと思います。テーブルを動かしましょう」
「俺一人で何とかなりますよ。ローザリア様はポットを持っていてくれますか?」
カディオはすぐに立ち上がると、頑丈な飴色のテーブルを軽々と持ち上げた。腕に浮かび上がる筋肉の筋にこっそり見惚れる。
改めて、二人は正面から向かい合った。
ローザリアはワンピースタイプの制服、カディオは騎士団の制服姿だ。
「まず、お辞儀から始まります。男性はこのように胸に手を当てる形で」
ローザリアはスカートの裾を指先で摘まみ、右足を引いて頭を下げた。カディオの礼は洗練されたものではなかったが、伸びた背筋はとても美しい。
互いに歩み寄ると、カディオの動きが急にぎこちなくなった。
「どうかなさいました?」
「その……ダンスがこんなに、密着するものとは思わなくて。でも、大丈夫」
「では、左手を合わせ、右手でわたくしの背中を支えてください」
指示をしたのに、彼の両手は所在なさげに空中をうろうろするばかりだ。
「カディオ様?」
「大丈夫」
「あの、まだ何も聞いていないのですけれど」
ローザリアとて、緊張していないわけではない。相手がカディオだからこそ。
けれど、ようやく背中に手を回した彼は、可哀想になるくらいガチガチに固まっていた。金の瞳は涙に溺れそうだ。
切羽詰まった様子を見ていれば、心配の方が先に立ってしまう。
「カディオ様。難しいようでしたら今日のところは、この辺にしておきましょうか?」
気を遣って申し出たつもりが、カディオは頑として首を縦に振らなかった。
「いや! 免疫なさすぎてこじらせていた前世のことを、ちょっと思い出しただけだから。でもこれで本当に大丈夫。むしろ体を動かして別のことに集中していたい」
「別のこと?」
「気にしないで、こっちの話だから」
その後彼は、鬼気迫る勢いでステップを吸収していった。前世では人並の運動神経だったというから、やはり『カディオ・グラント』としての素地があるからこそなのだろう。
口実にしてカディオとワルツを踊れるなら、パーティもなかなか悪くないかもしれないと思った。
だが、気迫が移ってローザリアもつい熱血指導をしてしまったために、甘い雰囲気になれたかというと微妙だ。




