竜の顎とシロツメクサ
「私フィリップ・ルクレールはタニア・ドレイク伯爵令嬢と婚約破棄する‼」
結婚発表パーティーの中タニアの婚約者であるフィリップ皇太子は、高らかに宣言した。
そして後ろにいるマリサ男爵令嬢を傍らに呼び寄せると。
「私は、マリサ・ラバル男爵令嬢を正妃にする」
ざわざわと各国からお祝いに来ていた要人達やこの国の貴族達が、皇太子と男爵令嬢と五人の取り巻きに視線を向ける。
今日は、このラッスル国のフィリップ皇太子とタニア伯爵令嬢との結婚発表の為。
海辺のジョント城に集まったのだ。
ジョント城は、切り立った崖の上に立ち。
代々皇太子の結婚発表は、この城で行われてきた。
何故なら城の下には暖流と寒流がぶつかり合い渦巻く海の中には、聖竜ゴーダが住んでいると言われていたからだ。
人々の中から一人の美しい令嬢が歩み出た。
ライトブラウンの髪若草色の瞳。
上品な仕草。レースを多様した贅沢なドレス。
「宜しいでしょうか。殿下」
「理由が聞きたいと申すか。俺は真の愛を見つけたのだ!!」
「いいえ。殿下と私の婚約破棄は、無理なのです」
「何?無理と申すか‼政略結婚だからそちの家の力を借りねば、王になれぬと抜かすか‼」
「いえ。タニア・ドレイク伯爵令嬢は、十年前に死んでいるからです」
悲鳴に近いどよめきが、辺りを包む。
「なにをふざけた事を‼なら貴様は、誰だ‼」
「私はただの村娘に過ぎません。亡くなったタニア・ドレイク伯爵令嬢にソックリと言うだけ」
彼女は、そう言うとクスクス嗤った。
「お耳汚しではありますが。皆様しばし辺境に住んでいた村娘の身の上話を御聞きくださいませ」
彼女の口から歌うように身の上話が語られた。
***** ***** ***** *****
「おい娘名はなんと言う?」
クローバーの花の中に座り込み花冠を編んでいたあたいが振り向くと。
そこには立派な衣装を身に纏った中年の貴族がいた。
その後ろに十人の護衛騎士と豪奢な馬車が見える。
「あたいの名はリサって言うだ。貴族様」
「そうかだが、今日よりお前の名はタニア・ドレイクだ」
「なに言うだ。あたいの名は父ちゃんと母ちゃんが名付けてくれただ。名前は一番最初に親が子供に贈る贈物だ。あたいはタニアなんかじゃないだ‼」
ガシッ!!
「何するだ‼はなせ‼」
屈強な騎士達に七歳の子供が、かなうはずもなく。
辺境に住む村娘は、こうして拐われていきました。
村娘が、連れて行かれた館は、とても立派な所でした。
「いやだ‼あたいは、家に帰るんだ‼帰せ‼帰せ‼」
初めのうちは、村娘は、暴れましたが……
「親兄弟が、どうなっても良いのか?いやあの村が、どうなっても良いのか?」
「どう言う意味だ?」
「ワシの力を使えば、あんな百人足らずの村など消し去るのは、造作も無い」
「止めてけれ~父ちゃんや母ちゃんや兄ちゃんや村の皆を殺さないでくれ~」
村娘は、必死で頼みました。
村娘には、その貴族に従うしかありませんでした。
大好きな両親や三人の兄や村人の命を人質に取られ七歳の子供に何が、出来たのでしょう?
「お前は、タニアにソックリだ」
「タニアって誰だ!!その子は、どうしただ?」
「あそこに眠っているよ」
豪華な部屋から庭が、見える。
その庭の隅に一本の木がポツンとあった。
「お前もあそこで眠りたくなければ、言うとおりにするんだ」
「タニアはどうして亡くなったんだ?」
「お前の知ることでは無いが。毒殺だ。皇太子の婚約者に選ばれた事を良く思っていない者のしわざだ」
攫われた子と毒殺された子とどっちが、可哀想だろう?
そうして辺境に住む村娘は、伯爵令嬢として育てられました。
貴族教育に王妃教育それらは娘には辛いものでした。
両親や兄弟姉妹や村の皆の命には代えられません。
娘は歯を食いしばって耐えました。
そして娘は夜中にこっそそり抜け出して館の中を探りました。
数年後娘は館の外れにある物置小屋で布に包まれた割れたカップを見つけました。
カップの底には毒薬が残っておりました。
薬師になりたいと娘は村の外れにいるババ様に薬草を習っていました。
だから娘はその毒が、辺境に咲く【スズランモドキ】だと気づきました。
【スズランモドキ】はスズランとは違い乾燥した土地で育ちますが。
毒性は比べられないほど強いものです。
「この毒にやられたんだ」
娘は、更に小屋を調べると藁山に隠された地下室に気がつきました。
もう何年も閉ざされた空間は饐えた臭いがしました。
地下室は、拷問部屋でメイドのミイラが、ありました。
おそらくこのメイドが、毒を盛ったのでしょう。
他にもいく人もの死体が、ありました。
カサリ
何かを踏みました。
栞です。
四つ葉のクローバーとシロツメグサが、押し花になっていました。
娘はある死体を確認すると部屋に戻り泣きました。
娘は努力を重ね立派な淑女になり学園に入りました。
ある時娘は噂話を耳にします。
彼女の村が、滅びたと……
「盗賊団に襲われた?」
「おかしいだろ」
「俺もそう思う」
「そんな辺境の村に金なんかある訳無いだろう。しかも村人皆殺しにするメリットが、無い」
「村は、焼き払われていた」
「なんか徹底しているな」
「村を占拠してアジトにするなら分かるが……村焼いてるんだよな」
「訳分からん」
数人の男子生徒は、鐘が鳴ったので教室に向かいました。
私はその場を動けませんでした。
犯人は分かります。
あの男です。
娘の帰る場所を潰したのです。
ぽとぽとと涙が、こぼれました。
許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!許さない!!
あの男もあいつらも!!
娘は、復讐を誓いました。
「娘は、必死で伯爵の悪事の証拠を集めました」
村娘は、そう言うとテーブルの上にあるマカロンを摘まむとパクリと食べた。
足痛いとハイヒールを脱ぎ捨て今度は、ケーキをぱくつきます。
あの爺太るからと普段おやつを食べさせてくれないんだケチだよなと呟きました。
「貴様~~~~~~~!!」
ドタドタと重い足音が響き。
青い顔のドレイク伯爵が駆け込んで来た。
王と私と皇太子様の結婚について話していたはずだ。
騒ぎを聞きつけたようです。
「貴様!!何をした!!」
王と親衛隊も駆け付けます。
「ああ私は、ただ貴方の悪事の証拠書類を王に差し出しただけですわ」
「ドレイク伯爵を捕らえろ‼」
王の命令で騎士団に捕らえられる伯爵。
無様に床に押し付けられた伯爵を見下ろしながら娘はひらひらとあるものを振った。
「ねえこれが、何か分かりましてドレイク伯爵様」
「栞?」
「そう栞ですわ。地下牢の死体が、持っていました」
「それが、どうした!!」
「これは私が一番上の兄さんにプレゼントしたものです。兄は、読書が好きでした。そう兄は屋敷まで私を探しに来て捕まり殺された。シロツメクサの花言葉を知っていまして?『私を思い出して』と『復讐』よ」
喚き散らすドレイク伯爵を王様の親衛隊が連れて行きました。
「正義の裁きが下り。これで私達は、幸せになれるのね」
皇太子の腕にまとわりついて微笑むマリサ男爵令嬢。
彼女を見て微笑む王太子。
「げほうぅぅ!!」
だがすぐに苦悶の表情を浮かべ血を吐くマリサ。
「私言いましたわよね~許さないって」
血反吐を吐いてのたうち回るマリサを冷たく見下ろして私は言った。
「本物のタニアに毒を盛ったのは…貴方の母親よ」
「う…嘘…」
「嘘じゃないわ。貴女が、男爵に引き取られた後。貴女の母親は、メイドとなってドレイク伯爵家に潜り込んだ。そしてタニアを毒殺しドレイク伯爵にばれ地下牢で殺された。タニアが殺されなかったら両親も兄も村の皆も死ななくて良かったのよ」
私は続ける。
「貴女小さい頃から予言の才があって皇太子のお妃になるとおっしゃていたそうね。貴方の母親も父親もそれを信じた。事実貴女が言ったように皇太子の婚約者はタニアになった」
私は、ジュースを飲みながら世間話の様に喋る。
「ああ…貴女は、ただ予言しただけだって言うわよね。私は悪くないって」
王太子も五人の彼女の取り巻きも動かない。
「そうね。貴女は、悪くない。だから貴女の父親に思い知らせようと思ったの。大事な人を失うのは、どんな気持ちか。でも大切な娘ではなく。ただの手駒じゃ痛手にはならないかしら?ねぇ男爵。今どんな気持ち?どんな気持ち?貴方が、失うのは、大切な娘?それとも大切な手駒?」
「おのれぇぇぇ~~~」
ラバル男爵は、顔を歪めた。
男爵が、殴りかかってきたが、私は、ヒョイと避ける。
さっき脱いでおいたハイヒールで男爵を殴り飛ばす。
ハイヒールは、立派な凶器ね。
「ああ。スズランモドキを改良して呪いの術式を組んでおいたから浄化は、効かなくてよ」
彼女の取り巻きの神官と魔導師が毒を浄化しょうとしたが、私は親切に教えてあげる。
「マリサ貴女って傾国ね。貴女のせいで一杯人が死んだのよ。自分の手を汚さない見事な手腕だわ。私も見習いたい」
マリサからの返事は無い。
ただの屍のようだ。
「あら…もう聞こえて無いのね。つまらない」
「マリサ‼マリサ‼マリサ‼」
男爵が、マリサの亡骸にしがみついて泣きわめく。
娘への愛情は、有ったのかしら?
それに引き換え皇太子や五人の取り巻きは、マリサと男爵を遠巻きにして見てるだけ。
真実の愛とか言ってた無かった?
マリサの死と共に魅了も解けたのかしら?
早くない?
「皆様三文芝居は、お気に召しまして?」
私は、ドレスの裾を翻してベランダに向かう。
「ああ。村娘の裁きはまだでしたね。私は王族にも貴族にも裁かせない!!そう私の裁きは、聖竜様に委ねましょう」
私は、艶やかに微笑み。カーティシーをした。
「これにて悪事令嬢の死によって舞台の幕は、下ろされるのでした」
悪役令嬢はベランダから海に飛び降りた。
***** ***** ***** *****
「可笑しいな~なんでこうなったんだろう?」
「駄弁って無いで手を動かせ‼」
「あ~はいはい」
私は、モップを動かした。
「この前町に行ったらお前の事が、芝居になっててさ~笑った‼笑った‼」
「へーそうですか」
「特にさ~最後。わたしは、王族にも貴族にも裁かせない‼私を裁けるのは、聖竜様だけよ‼って崖から飛び降りるシーンは抱腹絶倒だったぜ」
「そうですか。良かったですね」
今私の目の前で豪華なソファーにふんぞり返っている美人は、なんと聖竜様なんだよな~
「しかも海に飛び込んだあんたを私(聖竜)が助けて結婚してハッピーエンドだってさ‼あたし女なんだぜぶふふふふ」
「まあ人間界では、聖竜ゴーダとしか伝わってないし。雄だと間違われても仕方無いですよ」
事実私も雄だと思っていた。
竜の名は人間の耳には、高音で聞き取り難く。
辛うじて聞き取れた音が、ゴーダって言う音らしい。
あの日海に飛び込んだ私を助けて下さったのは聖竜様だった。
「お前面白い奴だな。じゃ私がお前を裁いてやろう」
海の城に連れて来られた私にゴーダ様は、にたりと笑った。
「んでお前メイドな(笑)」
私はメイドとなって働くことになった。
聖竜様との契約で僕となった私は百年ほどメイドをしている。
働いてみて知る!!
竜って人型に化けれるけど大笑いしたりくしゃみしたりすると尻尾が出てきて、そこら辺の物を壊すって!!
今も花瓶を片付けてる。
「ああ。王太子ね。妃は、取らず二十年王を努めると弟に王位を譲ってジョント城に隠居して五十年前に亡くなったそうよ。忘れられない人でもいたのかしらね。あらフィー起きたの?」
ゴーダ様の息子様が、お昼寝から起きたみたいだ。
「リサあげる」
「まぁシロツメクサじゃないですか」
シロツメクサの花言葉は、『私を思い出して』と『復讐』そうそう『約束』もありました。
百年前
ラッスル城のバラ園でフィリップ王太子が『一緒に生きていこう』と約束しましたが……
あれはタニアに告げた言葉で私じゃない。
「サラ晩御飯は、何?」
「鹿の丸焼きですよ」
「やった‼デザートは?」
「マカロンです」
「リサに僕のマカロン分けたげる」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「だから約束だよ。『一緒に生きていこう』」
私はちょっとビックリしました。
「ええそうですね。一緒に生きていきましょう」
涙が溢れる。
手を繋ぎ歩く二人を聖竜は、優しく見守った。
~ Fin ~
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
2018/3/13 『小説家になろう』 どんC
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
★タニア・ドレイク(サラ)伯爵令嬢
死んだ伯爵令嬢の身代わり。村娘。
★フィリップ王太子
タニアの婚約者。マリサの魅了で操られる。
★ドレイク伯爵
タニアの父親。サラを攫ってタニアの身代わりにする。
★マリサ・ラバル男爵令嬢
魅了で王太子を虜にする。
★ラバル男爵
マリサの親。娘の予言に振り回される。それなりに娘を愛していた。
★聖竜ゴーダ
ジョント城の近くの海に住む聖竜。♀
★聖竜フィー
ゴーダの息子。まだ幼い。♂
最後までお読みいただきありがとうございます。