迫り来る何か
椋木が見えなくなるのと同時に羽織を握る雪の力が弱まったのを感じて雨月はそろりと口を開いた。
「あれは人を惑わせ首を吊らせる妖だ。妖名を『首吊り狸』と言う」
雨月の言葉に雪は神妙な面持ちで頷き、小さな声で『首吊り狸・・・』と呟いた。
雪は賢い。
雪は一度教えたことは決して忘れない。
それでいいといつも雨月は自分に頷いてみせる。
雪は多くの妖の名を雨月から教えられ、それらの形容についても教えられていた。
それらのことを教えられるのは雪にとってとても幸福なことだった。
雨月は日頃、あまりしゃべらない。
だが、妖のことになるとそれは別だった。
どんな理由にせよ、雪にとって雨月の声を聞けて話ができることはとても幸せなことだったのだ。
「首吊り狸が木にぶら下がっている時は近づいてはいけない。人は惑わされる」
雨月はそれの説明を淡々としつつ辺りに気を張った。
何かが近づいて来ている・・・。
それは驚くほど大きいモノではないが驚くほど小さいモノでもない何かだった。
そして、それの動く速度は異様に早い・・・。
雨月のその異変に雪は瞬時に気がつくと再び雨月の羽織を強く握りしめ、僅かに身構えた。




