わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第九十九回
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『白い家』は、永遠である。
そこが、『真の都』に隣接しているらしいことは、ぼんやりと分かっている。
中村教授と和尚さんは、その上空を飛んだのだから。
ふたりは、おそらく地球人類で初めて、活きたまま『真の都』に入った。
それでも、その空間が連続しているものなのかどうか、とか、そうしたことは、経験したはずの中村教授にも、はっきりとは読めてはいなかったが、常識的に言えば、連続していたことは明らかだ。
選ばれた男(=スパイ)は、ひとりで色とりどりの花が咲く丘の道を歩かされた。
それは、かつて誤ってここに迷い込んだ男が辿った道であり、幾人かの有名な作曲家や文化人や科学者がたどった道でもある。
しかし、彼らは誰とも出会わなかったし、また、出会う事もあり得なかった。
この男も、またそうだ。
皆がやったように、彼は、途中で後ろを振り返ってみたが、もう、そこには誰も見えなかった。
その真っ白な家は、そう大きな建物には見えない。
ごく普通の民家くらいの大きさに過ぎないようだった。
華奢な門扉があって、小さな庭の先には、すぐその玄関があった。
ポストも、ある。
そのドアは、鍵もかかっておらず、彼はごく自然に、家の中に上がった。
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「この儀式は、ごく自然なものである。」
大奉贄典は弟子に向かって述べた。
「我らは、中の清掃と、警護だけしかすることはない。あとは、選ばれしものを、引き入れるだけである。」
「『婚約の儀』とは、比べ物にならないほどですね。」
「まあ、そうである。とはいえ、この儀式は、昔は毎週あったが、今は月に1回あるかないかだ。それは、代々第一の巫女様のみが行うものである。今後の事はよくわからないが、おそらく、第二の巫女様も、今後は同席されることになるのではないか、と考えている。はっきりそう言われたわけではないが、座席数を増やすように言われたから、そうであろう。」
「なるほど。何が行われるのですか?」
「わからぬ。我らは、選ばれたものを引き入れる。あとには、何も残らない。それだけである。しかし、ここで生贄としての祝祭を受けたものは、その後、ある特別な場所で生き続けていると言う。そこはまた、我らとは違う儀式の担当者が、永らく管理しておると聞く。ここから先は、そやつらの職場である。」
「管轄外ですか?」
「さよう。そのとおりである。」
「それは、つまり、事実でしょうか? 『真の都』とは、また別の場所ですか?」
大奉贄典は、弟子を睨みながら答えた。
「詮索は無用である。よいかな。・・・・まあ、な・・・・しかし・・・」
彼は、小さく付け加えた。
「第一の巫女様の真実のお力は、人の想像をはるかに超えるものじゃ。それは火星の女王様から与えられたものであり、人類の能力の及ばないところのものである。最近は、どのようなことも、みな科学で解明ができると考えるようになったので、こうした『事実』もまた、もしも人に知られれば、『科学』の介入を見ることになろうがな。まあ、それはわしの代では、もうない。しかし、そなたの代では、事実そうなるかもしれぬな。確かに人類は、思う以上に賢くなったことも事実である。」
「ぼくらは、人類ですよね。」
大奉贄典は、ぎろっと弟子を再び睨みつけたが、否定は出来なかった。
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彼は、白い家の中に上がり、それから家の中を見て回った。
簡素な調度品はあるが、最近は北島でも普通に見かけるような電化製品は、まったく見当たらなかった。
あえていえば、19世紀初頭における、ヨーロッパでのいくらか高級な建物内のようでもあり、しかしもっと全体的には軽い感じで、かび臭くもなく、やや明るい潤ったような雰囲気が漂っていた。
けれども、人影は全くなく、食品も見当たらない。
台所らしきもない。
大体、照明器具がない。
入浴場とか、お手洗いの類も見当たらなかった。
寝室は、2階にあったけれど、それはベッドが置かれていた、という事だけだった。
最後に、結局彼も、その応接室らしき部屋に落ち着いた。
ここに来たものは、みなそうだ。
「いらっしゃいませ。」
突然、背後から声がした。
それは、ほかならぬ、第一の巫女様、つまり第一王女様、または、その双子の妹君か、そのどちらかであった。
どちらにせよ、北島の住民である彼にとっては、神に等しい存在である。
しかし、今、彼は、ユダのごとき存在である。
もちろん、正義感から同調したわけだから、悪に加担しているなどとは考えてはいなかったものの、まさか第一の巫女様か第二の巫女様が、ここで、さしで出てくるなんて、想像もしていなかった。
「どうぞ、おかけください。」
彼女はそう言った。
男は、何も答えないまま、それでも上品なソファーに腰かけはした。
「言葉を発するなと命じられているのでしょうけれど、私へレナが許します。しゃべっていただいていいことよ。」
『ヘレナ・・・第一の巫女様か・・・』
もちろん、男は、自分の最後は、とっくに覚悟して来ていた。
北島は、南島や日本合衆国のような民主主義社会の常識は通じない場所である。
いや、一般の北島の住民には、それが普通じゃないと言う認識もない。
しかし、この男には、少しだけ特殊な事情があった。
彼は、少数だが確かに存在している、南島出身者である。
それなりの教育も受けていて、南島や海外の状況にも通じていた。
そこが、スパイとして成り立つ基礎になっていることは間違いが無い。
ただ通常は、北島の住民になる時点で、頭の中は、きれいに清算されるはずなのだが・・・。
「あなたの、素性や生い立ちなどには、一切、干渉するつもりはございませんわ。」
第一王女はそう言った。
「あなたが、あらゆる点で優秀だったから、候補者に選ばれた。その過程の問題はないわ。今は、20年前とは全く違うのですもの。すくなくとも、わたくしは、そうしようと考えてきた。妹たちからすれば、まどろっこしいことでしたでしょうけれどもね。答えたくなければ、答えなくていいわ。あなたは、やっぱり、スパイさん?」
男は、黙ったままだった。
「ふうん・・・あなたは、もともとごく普通の感応者だった。北島にも適応して入ってきたはず。でも、なぜだか時にあなたは不感応にもなるらしいわね。今は、意識を閉ざしている。都合の良い意識を外部に流すこともできる。つまり、いつからか、あなたは、ミュータントに変貌していたわけよね。誰が関わっているのかな? いつからそうなったのかな、首謀者はどなたなのかな? あの、議員さんかな?・・・・・・ まあ、言わないわよね。」
「・・・・・・・・」
「でしょうね。むかしの火星の女王様ならば、こうした場合はね、楽しく拷問もしたわ。強力な自白剤や、危険な洗脳薬も使った。もっと危ない脳の手術もしたわ。でも、もうそうした時代じゃないわ。すべては、過ぎ去った、とてつもなく古い過去なのよ。それらはもう、けっして使わないと、パル君に誓ったんだもの。ところがね、これは愚痴なんだけど、わたくしの意志に反して、いまでも危ない昔の洗脳薬の残りが出回ってきているのよね。『紅バラ組』なんてできちゃってさ。誰かが、横流ししたんだなあ。これは、困ったものなのよお。まあ、身内に統合することが、最善策だったと言う訳なのよ。昔のようには、どうもうまくゆかないの。それに、解毒剤がもうないんだものね。物理的な洗脳はね、やっかいなのよ。困ったもんだ。アンジの事も困った。あなた、アンジにどこかで絡んでないのかなあ? いったい、パル君に、どう釈明するのかしらね・・・さて・・・・でもね、あなたが正しく否定できないならば、このままお家に帰すことも出来ないわ。また、こうなるとね、まさか、たべちゃうことも出来かねるしね。もう、美味しくはないわ。なにか、言いたくありませんこと? 今なら、無条件で聞いて差し上げますことよ。将来のことも考えてさしあげられるわ。」
「・・・・・・・・・・」
「そう。そうよね。それが、まあ、正しい姿勢というものでしょうね。でも・・・さあて、どうしますかなあ。」
白い家は、永遠に変わらないのだ。
存在しているのに、・・・見つけることも可能なはずなのに、ここは誰にも、普通には見えない。
白い家に行きたい、と切に思っても。
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「中継が途絶えたわ。なにも来なくなった。」
「どうして? たとえ異次元だって、追えるんだろう?」
「ええ。実際、追ってたんですもの。でも、出来なくなった。そういうことです。」
「ううん・・・・そりゃあ、王女様には、まだ未知の領域があるということかいな?」
「たぶんね・・・・・あ、戻った。また映像が、来ました。」
「ふん・・・・ややや、ここは、いったい、どこなんだろうか?」
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「『白い家』は、やましんさんの憧れですね。」
幸子さんが言うのです。
「まあ、そうなんですが。実際は、まだ見たこともないんです。コナン・ドイルさんも、外観は違うが、どうやら、見たようですけどもね。日本でも、昔から、こうした隠れた秘密の場所の言い伝えは、いくつかあるようです。誰もいなのに、御湯が沸いていたりもする。何か持って帰るのが常識らしいですがね。」
「女王様なら、よくご存知なんでしょうね。」
「たぶんね。きっと。でも、ね、第一『不思議が池』だって、そうなんですよ。」
「なるほどお!! それは、当たり前すぎて、考えなかったです。」
「まあ、そんなものです。自分のいる場所が、実はけっこう天国だなんて、考えないですよね。」
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