わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第九十五回
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「あの王女二人は、母親のお腹の中で、シューベルトをドイツ語で二重唱していたという話だ。」
杖出首相が言った。
最近、側近についたばかりの美しい秘書が言った。
「うわさです。独裁的な支配者には、必ずついて回る種類のものでしょう。」
「うん。しかし、当時ふたりは日本で生まれ、これまで国民として生活してきている。あまり、そうした噂が当時から必要だったとは、思えないな。すでに、今の事態を想定していたのなら話は別だが、父親は、この国の大学の先生で、国王になる予定なんかはなかった。それは、急に起こったんだ。上の兄弟たちが少しの時間差で次々に急死した。それ自体がおかしいと言えばそうだが、偶然の事故だったと言えば、それもそうだ。彼は、ぼくの友人でもあった。きわめて科学的な思考をする人だ。彼がぼくに、実際そうだったと語ったんだ。」
「何があったんですか?」
「公式には、事故としか発表されていない。しかし、二人は同時に飛行機事故、もう一人は、交通事故。さらに、病気による急死。そんな感じだな。」
「事故だと確認されているのですか?」
「まあ、あそこの王室は、保守的だからね。政府もほとんど介入できないんだから。よくは、分からないよ。」
「でも、本来政治には関与しないはずですよね。」
「そうさ。しかし、今はずっと『緊急国王大権』が発動されたままだ。第一王女が、完全に権力を握っている。」
「日本の高校生ですよね。」
「そう。しかも、半分近く日本にいる。まあ、王女三人で持ち回りにしていたが、下二人は、いまや、地球帝国の皇帝陛下と総督閣下だからね。」
「決済など、は下しているのでしょうか。」
「我々が独自に入手している情報では、実際、そうらしい。しかも、いろいろな指示も出しているようだ。まあ、現代の事だから、手段には事欠かないが、わが国ではそうは行かないよなあ。ぼくは、いつも所在を明確にしなくちゃね。」
「民主国家ならそうです。」
「ふん。果たして、今の地球世界に、民主国家なんて存在できるのか、疑わしいね。まあ、こんなこと『帝国』に聞かれたら、今後どうなるのかもわからないけどもね。今は、地球は『自称火星人』の支配下なんだよ。皆、皇帝陛下たちに、心が行ってしまっているからなあ。こんなこと、信じられるかい? 君やぼくが不感応であることは、不幸かもしれない。」
「今後、不感応者が、政権に関与できなくなる可能性がありますね?」
「うん。まだ、そこまで話が進んでる訳ではないようだが、『旧国連』、つまり『地球帝国政府内』で、そうした強硬論を主張する連中がいることは確かだよ。」
「でも、それは、皇帝陛下が、指示しているのでは?」
「まあ、問題は、いったい誰が、いま、地球の『最高権力者』なのか、なんだよ。いいかい、あくまでそれは、『地球皇帝陛下』だと、地球人は皆、思わされている。しかし、『火星の司令官』である、ダレル将軍という、見たことも、会っこともない人物の『指導の下に』なんだ。そこは、気にしないように、細工されている。さらに、その上に『火星の女王様』という絶対的存在がある。でも、皆、実在の人物であると言う認識はないんだ。おかしいよね。しかし、この言葉が出ると、地球人は、今や自然に平伏してしまうように条件づけられているんだよ。『パブロフの犬』みたいな感じだ。不感応者は、まあ、まだ違うが、今後学校でそう教育されることは間違いが無いし、民間教育施設は、知っての通り、きちんと整備されつつある。地球帝国制作による、新しい教科書の改訂作業はどんどん進んでいるようだ。ぼくには口は出せない。まあ、『各国史』の独自製作は許可されるようだが、厳しい検定があるに違いない。そうしたことは、みな、ものすごいスピードで進んでるんだ。あらかじめ用意されてたとしか思えない。」
「『火星人』が用意した。と?」
「他にだれがやるの?」
「あなたは、『火星人』を認めていないですよね。実のところは?」
「まあ、ここだから言うが、認める方がどうかしてるよ。火星上に、文明の痕跡はなかった。オカルトト的なおかしな写真はいっぱいあるが、みな、こじつけだ。ありえないよ。」
「でも、首相は、『第一王女』から証拠品をもらわれたそうですが?」
「ああ、聞いたかい? そうなんだ。分析には出したよ。でもね、返事は来ない。ひどい話だろう? なら、もう、返してほしいと申し出ている。もし、ダメなら、第一王女様から直に言ってもらおうかとも。」
「首相は、『第一王女様』とは、懇意のようですね。」
「懇意と言われたら違うね。確かに大事な友人の娘さんだが、公式な立場が違いすぎる。」
「でも、アッティラの例からも、旧知の仲は、人にとっては頼りになるものですよ。」
「古すぎだよ。 君は、歴史学者だとか?」
「そうです。」
「何で秘書志望したの?」
「実は、マツムラ・コーポレーションの会長さんから、そうした求人があるから、応募してみたら? と、勧められました。間接的にですが。」
「え?! 洋子さんかいな?」
「はい。ここだけの話ですよ。最終試験時までにも、一切話していませんから。そうだったでしょう? ここで、始めて言っているのですもの。」
「ううん・・・・まあ、関係ないと言えば、ないがね。そのあたりは、あまり聞けないがね。」
「はい。」
「洋子さんには、会ってないよね。」
「会えないでしょう、あなたより、会うのは困難です。タルレジャ王国の国王と変わらないですもの。」
「まあ、確かにそうだ。」
「首相は、会ったことがあるのですか?」
「うん。あるよ。昔、まだ彼女が小学校高学年生くらいのときかな。」
「どうだったんですか? すっごく興味あります。無事でしたか? 男は皆、狂ってしまうとか・・・高学年ならば、もう、女っ気があったでしょう?」
「あからさまだなあ。まあ、無事だったから。ここにいるんだよね。でも、その話は、いま、したくないな。」
「ふうん・・・・気になるなあ、首相。引き替えに、マツムラの事、情報出しますよ、と言えば?」
「内容によるね。」
「ふ~ん。」
秘書は腕組みをした。
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