わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第八十九回
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2時間ばかり、みっちり『しべこん』の練習をした弘子は、双子の妹に意志を送った。
『・・・お風呂にいらっしゃいな。ちょっと話もあるし!』
帰って来たのはこうだった。
『なんで、いまどきですか?時差というものをお考え下さいませ。』
そこで、弘子はこう言った。
『総督閣下に時間は関係ございませんわ。』
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弘志は、真夜中に雪子に呼ばれた。
おかしなことではない。
よくあることだ。
まして、あんな冒険をしたあとである。
姉に見つかるとやっかいかな、と思いつつも、弘志は自分の双子の妹の部屋に向かった。
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雪子は、自分ではほとんど動けない。
生まれたときからそうだった。
言葉で意思を伝えることもできないから、彼女の意志と直接話ができるのは、現状、弘志だけだ。
なぜか、万能の弘子でさえ、それが出来ないでいるらしい。
つまり、雪子は不感応者であろう。
にもかかわらず、弘志に語り掛けてくるのは不思議だった。
答えは一つしか思いつかない。
雪子は、いわゆる、ミュータントなのかもしれない。
一旦、心を皇帝や総督に・・・つまり、姉や妹に奪われたが、雪子のおかげで弘志は目覚めている。
不思議なことに、弘子はそこに気が付いていないようにも思える。
もちちろん、あえて弘志から、確認を求める事項ではないけれど。
ものの言い方に気をつけてはいるが、弘子自身から普通にやれと命じられた以上、普通にやっていておかしくはないわけだ。
ある意味、弘子=ヘレナは、自分の仕掛けた罠にハマっているのかもしれなかったのだ。
『お兄様、弘子お姉さまは、お出かけです。ご心配には及びません。』
『この真夜中に、またどこに行ったんだろう?』
『王国です。儀式の生贄を選ぶためです。』
『いけにえって・・・誰の?』
『もちろん、弘子お姉さまにご自身に捧げる生贄です。その品定めに出かけたのです。』
弘志は、さすがに、いささかのショックを受けた。
『いけにえというのは、生きた生き物を、神などに捧げたりするんだよ。』
『はい、そうです。お姉さまは、ある意味、王国では、神と同格です。そうでしょう? お兄様は、神の弟君です。まあ、わたしもですが。』
『そりゃあ、宗教上は、神の代理だよ。でも、神じゃあない。』
『もちろん、現代においては、あくまで象徴的な、真理の反映という意味合いとされています、表向きは。』
『裏向きは、違うと?』
『はい、そうです。少なくとも、北島においては真実そのものです。もちろん、今は、疑いを抱く人はいますよ。でも、多くの場合は、そうではありません。おわかりでしょう? お兄様ならば。』
『まあ。。。ね。』
『お兄様だって、王位継承権を持っていることは事実です。もし王になれば、神になります。』
『ありえないよ。』
『お父様だって、そう。あり得なかったのに、そうなったのです。』
『まあ、確かに。でも、弘子姉さんに、何の生贄が捧げられるの?まさか、ワニとかさ。』
『人間です。』
弘志は、その言葉が返ってくるのが怖かったのだ。
『まさか。うそだろう?』
『事実なのです。お姉さまは、人間を食べます。ずっとね。』
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その少し前。
弘子と道子は、自宅の巨大なお風呂に入っていた。
道子が、つまり、総督閣下が来ているなんて、誰も知らないし、そんなことは思わない。
「ねえ、ルイーザ様、やはりお家のお風呂が良いでしょう?」
弘子が、妹の美しい、完璧な背中を流しながら言った。
「はい、お姉さま、最高ですわ。」
「そうよねぇ。やっぱり。」
「でも、いささかすっきりしませんわ。なんで、自宅のお風呂に、お忍びで入らなければならないのか?」
「まあ、総督閣下なんだからね。そう言う覚悟でしょう?」
これだけのお風呂場を維持するのは、実際大変なのである。
松村家だから、可能なことなのではある。
すでに、成熟したふたりの体は、しかしお風呂の中では、なおさら区別がつかない。
「ちょっと、情報をつかむのに苦労したけど、どうやら、アリムさんは、帝国の創設セレモニーで、友子さまを殺すおつもりみたいね。」
「まあ!」
「知らなかったでしょう?」
「はい、もちろん。」
「まあね。でも、そうみたいなんだなあ。そこで、こっちも、すこし細工しないとね。」
「どのような・・・細工ですか?」
「まあ、頭の中に送ったげるわ、あとでね。」
「はい・・・でも、陛下に死なれては、こまりますわ。」
「そうそう。こうしたことは、上手に利用しなければなりませんわ。」
「はい。お姉さま。」
「ときに、あなた、このあと、わたくしに付き合いなさい。」
「どこに行くと言うのですか、お姉さま。」
「王国です。」
「は?」
「北島の北の北の島。わたくし以外は、普段は、けして入れない場所です。そこに入るのは、あそこの終身従事者以外では、まあいくらかの例外を除いては、数えるくらいしかいません。あなたは、久しぶりなのですよ。」
「なぜ、・・・そこは、お姉さまの神聖な祈りの島ですよね。神のお許しがなければ、入れない島です。」
「そう。お許しが出たのですもの。」
「なるほど。お姉さまがそうおっしゃるのならば。わたくしに何か言うべき言葉はございませんけれど。その、例外って、なんですの?」
「そうねぇ。あのね、あなたは、『婚約の儀』の後、実際また、そこに入ることになるのです。正晴様と武様もね。アヤ姫様以来のできごとですの。でも。やはり、あなたは特別なのです。なぜならば、あなたは、わたくしだから。でしょ?」
「まあ、そういわれれば、そうですが。たしかに、わたくしは、お姉さまご自身です。」
「そうよ。だから、ちょっと、見てほしいの。いっしょにね。」
「何をですの?」
「人間たち。あなた、欲しがってたでしょう?」
「う・・・・」
「我慢しなくていいわ。いよいよ、その時がくるのですもの。なに。大したことではないわ。いいわね?」
弘子は、抗弁を許す感じではなく、妹に・・・分身に、告げた。
いくらか、ごくりと唾を飲み込むように、道子は答えた。
「はい。お姉さま。喜んで。」
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