わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第八十三回
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パブロ議員は、様々な形式で、かなり多くのスパイを北島に潜り込ませては、あまり長くならないうちに引き上げさせていたりもしていた。
本人の身の安全を図るという事もあり、また、バレるのを防ぐつもりでもあった。
そんな中で、アニアラは生粋の北島人であり、最高のエリートでもある。
今回、『婚約の儀』に特別な役割を持つ『奉納人』に選ばれることが、現状彼の最大のミッションである。
けれども、大きな問題があった。
現場から、直に情報を送り出すことが可能なのか?
また、どうやって、脱出するのか?
実際のところを言えば、生還はあまり望めなかった。
本人も、その覚悟だった。
もちろん、一切極秘の作戦であり、パブロ氏は、なにがあっても関連は認めないだろう。
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『奉納人』というのは、実のところ通常でもあったことがらだ。
しかし、これは一般にはまったく公表されていない秘密の儀式で使われる。
この儀式の存在を知っているのは、儀式そのものを司る『第1の巫女』さまと、あの『大奉贄典』と、その弟子、だけである。
ただし、もう一人、それを知る存在はある。
今は、マツムラ家のお抱え料理長さんになっている人物、である。
彼は、永く『地獄』の番人だった。
やがて、先代の『大奉贄典』として王女さまなど(王子もいたが)、に仕えた。
本来ならば、『永遠の都』に入るはずだったが、彼には現世に大きな未練というか、憧れが残った。
そこで、この世に留まったのだった。
通常なら許されない事だったのだけれど、『地獄』を経験した『時間』を、女王は考慮したらしかった。
この、『奉納人』というものの存在を具体的に知った、初めての一般人が、パブロ議員なのだ。
彼は、毎月『奉納人』が、ひとりずつ、『第1王女様』に、捧げられているらしい、こと。
捧げられた『奉納人』は、二度と村には帰ってこないらしい、こと。
地元の認識では、彼らは務めを果たしたのち『真の都』という、未知の場所に赴くと信じられているらしい、こと。
というような事柄であった。
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『真の都』で、中村教授たちは、タールベルク氏のリサイタルを聞いた。
そうして、ゆったりと隠遁していた、ショパンさんの自宅を訪ね、演奏論について講義を受けた。
中村教授は、心に悟るものがあったのだ。
ただし、和尚様はあまり楽しくないので、散歩をしていたらしいが。
帰る段になって、消えていたレコード店のご主人が、再び現れた。
「楽しかったですかな?」
「まあ、ね。」
教授は、あまりはっきりとは、答えが出来なかったのである。
「ほう。じゃあ帰りますか。」
「おや、貴方は帰るの?」
和尚さまが尋ねた。
「そりゃあもう。ぼくは、あそこの幽霊ですから。まだ、楽しみたいものね。時に供養に来てくださいよ。」
「はあ・・・・そりゃあ、考えときます。はい。」
和尚さんは、快諾はしなかったのであった。
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アンジの父は、それはもう、生きた心地では、なかった。
娘は、いわゆる障害もあり、なにかと反発する子だったが、子供にたいする親心というものは、巨大なものだ。
ただ、その反応の仕方が、いささか問題ではあった。
彼は、『不感応者』や『背徳者』が、娘の失踪に絡んでいると考えていた。(正解であったが。)
そこで、自分の力をフル活動して、そうした人々の『刈り出し』を懸命に進めていた。
さらに、長年の盟友である松村家にも、相当の援助を求めたのは、これもまた当然の事だったのだ。
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あんじは、たまたま、弘志の姿を見かけた。
そこで、あのビルの内部まで追跡していたのだ。
彼女にとっては、こうした追跡は、もはや簡単なことがらだったし。
そうして、『紅バラ組』の大きなアジトを発見した。
けれども、彼女は賢明にも、単独行動には出なかった。
あの弘志が隠した『銃』は、彼女がすぐに回収して、持ち帰ってしまっていた。
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明子と昭夫は、洋子の部屋を訪れていた。
実のところ、この二人も、洋子という存在が、姉以上のいったい何なのか、そこのところは知らない事柄だった。
松村家のトップの二人でも、この部屋に入る方法は皆と同じだ。
例外は、弘子一人だったのだから。
「ご相談です。」
明子はコンピューターに告げた。
さすがに、この抽象的な要望は、あっさりと受け入れられた。
「いらっしゃい。どうしましたか、そんな深刻なお顔をして、お二人とも。」
洋子は、薄くて頑丈な、特殊な遮蔽の向こう側にいつものように座っている。
洋子の周囲に防御なしで来た人々は、だれしも狂気に陥るが、洋子自身はきわめて冷静で、何者にも動じない。
「お姉さま、この世の現状は、よく、ご存知でしょう?」
明子が、いんぎんに言った。
「まあ、そのつもりですよ。」
「では・・・いま王国の国王様が・・・つまり、お父様が拘束されております。それも第3王女様によって・・・つまり、ヘネシー、友子さまによって。」
「はい。そうですね。」
「あまり、ビジネス上も、良い環境ではないのです。何かの形でこうした状況は解消しなければなりません。」
「お父様は、会社の運営上、なんの権限もありませんよ。気にしなくても、よいのでは?」
「皇帝陛下のお気に召すままでよいと?」
「問題がありますか?」
「杖出首相が、お父様の拘束に異議を唱えたのです。ご存じでしょうか?」
「もちろん。メッセージもちゃんと読みましたよ。」
「それで、当家に、善処してほしいと要望して来られています。」
「開放させてほしいと?」
「まあ、そうでしょう。会社としては、当然皇帝陛下に逆らう意図などはございませんが、さすがに首相のご意向をむげにも出来ません。」
「なるほど。で、わたくしに、どうせよと?」
「お姉さまは、会社の最高経営幹部です。判断を、お聞かせ下さい。」
「まあ、父上を見捨てるかどうかを?」
「まあ、そうですわね。」
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