わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第八章
予想通りに、アリム(ジャヌアン)は、昼下がりに逮捕された。
容疑は、「皇帝暗殺準備罪」。
しかし、逮捕はされたものの、取調らしき取調べは、まったく行われていなかったのだ。
公式には、『黙秘している』と、されていた。
しかし、「皇帝自身」は気が気ではなかった。
「わしが自分で会いに行く。」
と言い出して、周囲の制止を聞かなかったのだ。
アリム(ジャヌアン)は、上司である「取調官長」を巧みにコントロールしていた。
彼自身は、自分がアリムを操っていると考えていたのだが、実際は逆だったのだ。
第一王女は、リリカたちが用意した『「忍者」宇宙連絡艇』で、東京の王国大使公邸に入った。
「なあんと、ご自分からやってこられました。」
一等書記官は、それはもう、びっくりしながら、大使に知らせた。
彼女は、大使公邸の屋上に、大切なヴァイオリンケースを抱えて一人で立っていた。
少し強めのそよ風が、彼女の長い髪をなびかせていたところに、大使たちが駆け上がってきたのだ。
「王女様、いったいどこから現れたのですか?」
「お望み通り、お伺いしに来たのです。おいやでしたか?」
「いや、そのようなことは・・・ここは、王女様のお城ですよ。」
「まあ! ちゃんと匿ってくださるのでしょう?」
「それはもう、どうぞこちらに。」
大使は、第一王女を大使館邸内に丁寧に案内して入っていった。
その姿を見送りながら、一等書記官は、「複雑な表情」で考えていた。
彼の視線は、第一王女の腕にあった。
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「ふうん。こいつは、ちとやっかいかな。様々な物質を試してはいるが、今のところ最強の抗ブリューリ薬以外にはヒットなし。といっても、内部に浸透させるには、やはりあの化け物の血液中に注入するしかないが、そんな簡単なこと、どうやったら可能だろうか? 『アニーさん、アニーさん、ヘレナに、本人の了承なしに注射をすることができますか?』と。・・・なになに『殺サレマスネ。確実に。』・・・ふうん、だろうなあ。・・・おや・・・」
『一人ダーケ、可能かモ知れナイ人ガイマスが、サーテどうカナア、正常ナ精神状態でハ、ないカラ・・このサイ、さい、一気に病気にシテしまいマスカ。ガガガガガ・・・ヘレナは、東京ノ、大使公邸ニ、入りマシタ。完全に遮蔽サレテシマツテイルトコロニアルトコロノ特別室レス。シカーシ、し空気の循環ハ、はアリマス。凶悪ナ細菌を導入シマ、しまショウ。テキセツナ薬をヤラナイト、二日で死亡シマス。ガガガガガ、愕滅テキ細菌ナノダ。ソコニ、救世主タル先生が来ル。「アムル」センセイデース、ヘレナが生マレッ、トコたとこカラノ、絶対ノ主治医デース。イマ、王国キタジマにイマス。コワイ、コワイレスデスね。ヘレナハ。』
「データなんだから、普通にしゃべってよ。ふうん・・。成功率は❓」
『60.5%プラスマイナス5デス。』
「そりゃあ、落第じゃん。80以上はないと。眠らせてしまったら?」
『ヘレナは、危険を感じたら、寝ませーん。』
「やっかいな。麻酔を使っても?」
『体は寝ても、本体は寝ませんネ。』
「やなやつだな。やはり怪物だものな。いや、悪魔かな。助ける必要があるのかなあ?僕が思うに、このままの方が良かないかな?人類のためには?」
『ダレルが、何しだすか考エルト、良クナイデす。彼ハ、は、地球人に対して、大量の強制労働を行う考エデで、イマスです。火星にツレテ行ってレス。』
「ふん・・・それは気に入らないなあ。」
『デショウ?』
「まあ、このさい、やってみるか。失敗しても、ぼくには、そう被害はない。いやいや、あるかな。経済的損失は大きいかもな。本国は、フ・クイ大統領が退任して、ポー・カー大統領は、かなりデインジャラスだし、彼はタルレジャの首相と仲良しらしいし、なにやら、帝国成立にしちゃあ、いっそう、ごたごたしそうだなあ。」
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マムル医師は、「鬼化」した「人間」の対応策で、頭を悩ませていた。
そこに、「アニー」からの通信が届いたのだった。
「東京に、来いと言うの?無理よね。こっちも、ほっておけないわ。ああ、でも、自分は王女様の主治医であるし、彼女が病気となれば、行かねばならないわ・・・」
もし、マムル医師が東京に行けば、歴史が少し変わる可能性も出てくるかもしれない。彼女は、今、まさに、歴史上から消えかけようとしていたからだ。
もし、鬼化人間の捜索で地下に潜ったら、彼女は地上には戻らない。
しかし、逆に歴史の陰で、救われなくなる人が、複数発生するかもしれない。
彼らは、大きな歴史の流れの中では、その泡に過ぎない。あってもなくても、何も変わらない、ちょうど筆者のような存在である。しかも、まさに暗黒の異次元にとらわれようとしている。
多くの行方不明者の中の人間として、永遠に消え去ってしまうだけだ。
いや、そうではないかもしれない。小さな泡は、時に暴発して、事実を突きつけて、権力者の存在を揺るがす事態となる場合も、稀には、ないことはない。
マムル医師は判断した。
「第一王女様に、危急の事態が起こっているようです。詳しくは、分かりませんが東京に行きます。王宮には『緊急事態らしい』と言ってください。こちらの対応は、ガ・ヤク先生に頼みます。ここから、すぐに飛びますから、政府と、東京に連絡して対応してください。」
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そのころ、しかし、まだ東京の大使館では、何も起こっていなかった。
第一王女は、夕食の前に、猛練習をしていた。
”何かが違う”
それは、彼女の『音楽的良心』とも言うべきものが、ここでずっと主張し続けていたことだ。
『それは、音楽じゃあない。囚われの音楽だ。自由じゃない。はばたかない。シベリウス先生が泣くよ。』
わかってはいた。
しかし、彼女の意思は解放されなかった。
確かに、音符上の間違いはない。
いや、むしろ完璧だ。
技術的に完璧な事は、シベリウスも求めてはいたが・・・。
ヘレナは、腕輪の力と音楽的な欲求とに挟まれて、動きようがなかった。
そうして、「ごほんごほん」と、異様な咳を連発して、ついに倒れてしまった。
高熱を発していた。
急速に意識が混濁していた。
本体は慌てたが、腕輪のおかげで脱出もできないし、正常な対応も、もう取れなかった。
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大使館は、大慌てとなった。
大使館詰めの医師は、緊急事態を宣言した。
「隔離が必要ですな。我々全員がです。これは、普通の病気ではないです。マツムラさんの病院に、厳重に隔離した上で、全員を搬送しましょう。この大使公邸は閉鎖。綿密に消毒作業が必要ですが、まずは病原菌を特定しなくては。下手して外部に漏れたら、大パニックですよ。」
すでに、大使館職員が、二人倒れていた。
大使も動けなくなった。
一等書記官は、大使館側に移動していて、今のところ無事だった。
しかし、王女が倒れる直前に、彼女にお茶を運んだ女性職員が、すでに外出している事がわかった。
予定の行動だったらしいが、連絡がつかなくなっていた。
雨が降り出している。その中央官庁の多数集まる交差点の真っただ中で、彼女は座り込んでいた。
激しく咳き込んでいたのだった。
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