わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第七十八回
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『婚約の儀』の準備は、着々と進んでいた。
大奉贄典は、若い後継者に向かって言った。
「さて、いよいよ、当日の捧げものの段取りをせねばならん。」
「北島からの調達で、すべてを賄うということですね。」
「それが、原則である。しかし、時代は移り変わる。はたしてすべてが用意できるか、再確認せねばならぬ。北島ではすでに生産していないものもあると思われる。チェックをしたい。ついては、これがリストね。よく確認しなさい。」
「はあ・・・・いやあ、結構世俗的なものが多いですなあ。」
「あたりまえだ。例えば、・・・このカゲロウ用の白熱電灯などは、もうLEDにしたらよかろう。しかし、北島では生産しておらぬ。南島から調達する必要があろう。こうしたものは、一覧にして侍従長に提出する。時間がないから、二日でチェックしたまえ。」
「はあ・・・もう少し早く言ってくださいよ。」
「食料品は鮮度が大事。じき物も多いからね。おさしみは、日本から取り寄せなさい。瀬戸内産が王女様はお好きであるぞ。」
「はあ・・・・いつも食べてらっしゃるのでは? 本場ですから。」
「まあ、そう言うな。新郎殿の接待にも欠かせぬからな。しかし、最も大切なものがある。わかるな?」
「はい。メインメニューですね。」
「まあ、そうである。これは王女様が直々にお選びになる。あさってには北島においでになって、人選をなさるであろう。」
「あの、聞いてよろしいですか?」
「もちろん。」
「何の為に選ばれるのか、それは、彼らは解っているのですか?」
「あたりまえである。『聖なる儀式』に選ばれるということは、常日頃の『奉じ』にまして、最高の名誉である。皆、良く分かっている。」
「あの、わたくしが得た情報では、パブロという議員が、北島内部に内通者を置いているらしいという噂が出ておりますが。」
「ああ、それは侍従長殿より、わしも聞いた。しかし、そうした情報は、かなり前から、実際あったらしい。いまさら騒ぐことではない。」
「王女様もご存じなので?」
「うむ。少なくとも、第一王女様はのう。間違いなくご存知であろう。」
「誰がスパイなのかも?」
「さて、そこはわしにはわからぬ。しかし第1王女様に見抜けぬものはない。とは言えよう。」
「ふうん・・・なるほど。では、泳がせている、のですな。」
「さて、そこも我々が関知するべきことではなかろうて。何か気になるか?」
「いやあ、気にはなりますよ。」
「ははは。まだ若いのう。まあ、いずれ解るであろう。」
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北島の生活は、確かに平和で落ち着いている。
最近は、外部の情報もそれなりに入って来る。
南島に比べたら、それは、もう、質素な生活だけれども。
けれど、非常に健康的でもある。
彼らの食生活は、はっきり言えば、けっして『危機』にあるわけではない。
必要ならば、どのような高級食材も、無料で手に入るのだ。
ふかひれスープでも、トリュフでも、日本の超高級野菜でも。焼きそばでも。
お酒も禁止されてはいない。
しかし、北島の住民は、ばっちり健康管理されているので、食べ過ぎは、まず起こさない。
栄養不足も起こさない。
ある日、ぜいたくな食事をしたら、その分はうまく調整される。
そうしたことも、すべて、今はアニーが管理をこなしている。
一人一人、全員を管理しているのだ。
地球最初期の頃に比べれば、アニーの処理能力は、けた外れに高度化していた。
ヘレナは、その時代に合わせて、アニーの能力も調整してきたのだから。
それでも、まだまだアニーには、余力はあるのだが。
世界中の全人間を、個別管理する能力だってある。
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北島には、スーパーとかコンビニは、一軒ずつしかない。
これは、北島から島外に移住する住民の生活訓練に使われるもので、それ以外の人は通常は使えない。
もっとも、使いたいと言う申請をして、許可が出れば、使えない事はないが。
しかし、そんなめんどくさいことしなくても、北島独自のネットを使えば、アニーが行うチェックにはかかるが、たいがいなんでも入手可能である。
パソコンも、テレビもラジオも電子レンジもあるが、パソコンは残念ならがら、一部制限がかかっている。
ただしそれは、政治的な事柄というよりは、より社会的、倫理的な問題である。
北島の住民は、ある意味、無農薬、純粋栽培なので、外部の社会に対する抵抗力はいささか弱い、と言う弱点がある。
それでも、たとえばラジオならば、世界中の短波放送を受信したって、別に、おとがめはない。
まあ、あまり興味がある人は、いないらしいけれども。
それでも、自作キットを組むのが趣味という人物も存在はする。
ただし、アマチュア無線などは、いまだ許可されていなかった。
北島の住民は、あまりにも、文化的に、健全な高級志向である。
とはいえ、最近は、一律に、そうでもなくなってきた。
日本のアイドルとか、南北アメリカ国のヒットチャートとかを知ってる人も、現れてきている。
そこは、今の第一王女様の性格が、大きくものを言っていた。
ある種、まあ、危ない文化も、結構解禁されて、来出したのだ。
諸外国、いや、同じ国の『南島』から見ても、いささか、常に『近未来的』、『S.F.的』な異質な管理文化社会だった北島が、明らかに、現代化の方向にあったのである。
それが、気に入らない立場の保守派も、王宮や教会内には、まだ多かったのでは、あったが。
『じい』は、あれで、進歩派である。
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彼女たちは、なんとなく怪しい雰囲気の狭い通路をくぐって行く。
昼間なら、そうでもないのだろうけれど、この時間になると、いささか不気味だった。
一行は、やがて、あるビルの中に入って行く。
こうなると、尾行は難しい。
しかし、そこは弘志のことである。
自作の小型『追跡虫』を持ってきていた。
シモンズの作った物ほど、高機能・高性能ではない。
追いかけ可能な範囲は、せいぜい500メートル程度だ。
しかも、ちょっとだけサイズが大きい。
それでも、天井を這うように進むので、気が付かれにくい。
彼女たちは、会話に夢中で、周囲をまったく気にしていないらしい、のはありがたかった。
一人の子が、目だないドアの、鍵を外して開けた。
「なんだ。なんで、鍵なんかもってるの。大体このビルって、うちの関連会社の事務所が入ってるビルだよな。」
弘志は、玄関の『案内掲示板』を見ながら考えた。
「こうしたものは、大概わが社の所有物だ。部家借りなんかしないのが、うちの主義だよな。ならば、堂々と入って行っても、おかしくはないけどな・・・」
そうは言いながらも、彼はゆっくりと後を追った。
彼女たちは、階段を降り、地下に入った。
非常に込み入った場所である。
何に使われているんだか、弘志にも分らない。
「わが社は、相当危ないこともやってるらしいからな。教えてくれないが、姉さんは知ってるらしい。」
そうは言いながらも、弘志は、『総合合鍵』を今、持っている。
今回の外出に当たって、雪子が渡してくれていた。
なぜ、妹の部屋に、こうしたものがあったのか?
明子姉さんか・・・、または弘子なら持っていてもおかしくない気はしたが。
まあ、それはすぐには回答は出ないだろう。
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地下は、薄暗い明かりしか使われていない。
人の姿はまったくなかった。
二つ目の鍵が使われた。
確かに、ここは一般人は入れない場所だろう。
弘志は、慎重に閉じられた鍵を開けて、跡を追った。
暗い。
何も見えないぞ。
何だか、不意に首筋に、大きなショックが来た。
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