わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第七十三章
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パブロ議員は、信念の強い自由主義者で、人権の擁護者だった。
と言う事で言えば、王国内では進歩派であり、改革派である。
しかし、彼は、王政の廃止を唱えていた。
そのことから言えば、急進派である。
彼は、ずいぶん前から、王宮と教会内では、長きにわたって、人権に違反するような行いが、続けられてきたと考えていた。
彼の属する政党は、残念ながら、王国では少数派である。
しかし、その基本理念は、大国『南北アメリカ国』の二大政党や、ヨーロッパの民主主義政党と変わらないものであり、彼らとは本来なら、友好関係にあるはずだ。
しかし、タルレジャ王国政府の現在の与党は『自由王国党』であり、立憲君主制を建前としながら、南島と北島との分断をも、事実上認めて来ていた。
しかも、あの『日本』を含めた、これら民主主義国とも、良好な友好関係を保っている。
パブロ議員にとってみれば、これはある意味、非常にやりにくい事だった。
南島の在り方自体については、パブロ議員でさえも、概ね良好だと考えている。
問題は、北島の在り方である。
彼には、到底、許せないものだった。
『王政修正主義者』たちは、今の王政は残しながら、北島の改革を徐々に行う様に求めていて、そこについては、現政府も、その声には一定の理解を示しながらも、一方では王室や教会とも良好な協調関係にある。
実際、『第3王女』を中心とした、王宮内の改革派は、『修正主義』に同調する動きを見せていた。
けれども、パブロ議員たちは、それでは結局のところ、ダメだと考えていた。
王室自体を解体し、北島を含めた、完全な民主化が、絶対に必要だと論じていたのだった。
けれど、王室が仕掛けたに違いない、昨今の『三王女人気』にあおられて、彼らの主張は、いまひとつ王国民に人気がない。
また、国際的にも、この王女様たちの圧倒的な人気は、パブロ議員にとっては『目の上のたんこぶ』だったわけである。
おまけに、王国は、王女様たちの才覚のおかげもあって、圧倒的な収益を上げており、それを国民に大幅に還元している。
おかげで、王国民個人の税負担は、事実上ほとんどなく、教育も医療も基本的には無料である。
もし、王室の解体などをしたら、こうした莫大な収益を、いったいどう継続確保するのか?
反対論者からは、常にそこを叩かれている。
もっとも、王女様たちは制度上も、また賢明にもだが、公式には一切口出しはしない。
そこで、彼が必要としていたのは、王室の権威を、決定的に失墜させるような、『驚くべき』証拠なのだった。
それが、ようやく、手に入りそうになっていたのである。
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議員は、北島の住民の動向を慎重に調査してきていた。
大体、北島の住民登録は、なんと『教会』が握っていて、王国政府は一切関与できないでいる。
データさえもない。
にもかかわらず、王室と教会が行う住民ケアが、あまりに完璧なせいか、それとも、あまりに完璧な第1王女による圧倒的な独裁支配のせいなのか、北島住民からの不満の声などは、まったく出てこない。
議員自身は、後者のおかげだと考えているが。
そこで、彼は長い間苦労をして、北島内部に協力者を少しずつ、送り込んできていた。
それも、いくらか、特殊な人間を、である。
それこそ、現在で言う、『不感応者』なのである。
つまり、議員は早くから、現在の『第1王女様』の異常な能力に、気が付いていたのだった。
その能力は、現在の『第1王女』が生まれる前は、別人が持っていた。
そのあたりも、この議員は、ちゃんと感づいていた。
そうして、その『系統図』をも、秘かに、作成さえしていたのである。
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アヤ姫は、すでに人間ではない。
幽霊というわけでもない。
それが、どうした存在なのかは、自分でも、まだ十分には、わかってはいない。
一つ確実に言えることは、自分はかつて、ヘレナだったことがある、ということである。
短い期間では、あったけれども。
「さて、みなさん。ついに、第一王女様が、この世を支配することとなりました。いまは、表面的には第3王女様と、第2王女様が、支配者になっておりますが、これはあくまで『表向き』です。ただし、このことは、人間には、秘密事項ですので。」
「はあい!」
幸子さんが、幼稚園生のように叫んだ。
笑いが起こった。
しかし、幸子さんは、それで十分嬉しそうだった。
「そうなのです。ところで、先日の大騒ぎで、わたくしは一時、ブリューリなる怪物に支配されてしまい、皆さまにもご迷惑をおかけいたしました。まあ、ある人間の方の働きもあって、その束縛からも解放され、『地獄長』の職もすぐに解かれて、ここに舞い戻ってきたわけです。しかし、あの怪物はまだ捕獲されておらず、この地球のどこかに潜んでいます。みなさんも十分気をつけてください。」
池の女神様たちは、みな、おおきく、うなづいているのだった。
「そこで、この先のお仕事のことなのですが・・・。」
アヤ姫様は、少し間を置いた。
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ミコル・ゴロー博士は、目立った政治活動はしないが、わりと進歩派で、個人的に、パブロ議員と懇意な関係にある。
少し前に、アンジが立ち寄った、シブヤでの『集会』に参加していた、新進気鋭の言語学者、カヤ・ゴロー博士は、彼の娘である。
彼女は中立派で、まったく政治向きの活動はしないし、実際政治家との関りは、若いこともあって、ほとんどなかった。
というわけで、これらの人々の間では、いくらかの、情報交流ということはあった。
しかし、ミコル・ゴロー博士の兄は、王女様の大ファンであり、王室養護派の重鎮だから、おたがい現場で出会っても、仕事の話し以外は、しないことになっている。
ときに、ミコル博士は、最近、非常に偶然だけれども、発掘作業の中で、北島に関する、やや異常ともいえる情報を掴んでしまった。
彼の助手として、こつこつと働いてきていた、ある男性がいた。
彼は、大変真面目で、口数は少なく、たんたんと、毎日猛烈に暑い中での作業に従事してきていた。
(北島の住民は、みなそうであるが・・・余計な事はけっして言わない。)
その男性が、ある日突然、ケガで倒れてしまったのである。
実のところ、彼ら北島の住人たちが作業に来るにあたっては、必ず付き添人が付いて来る。
彼らは、まあ、住人側発掘作業員たちの現場監督のような立場であり、また、健康管理から精神的なメンテナンスまで面倒を見ているらしかった。
もう少し言えば、ミコル博士のお目付け役でもあった。
つまり、なにを発掘したのか、それをどうしたのかなども、詳細に記録していたのである。
博士は、そのこと自体を、知ってはいたが、その情報が、その後どうなるのかについては、関知する気もなかった。
(実際の事を言えば、すべてコンピューターに入力されていたのである。その後は、アニーが自分の集めた情報と合わせて、管理・分析していたのだ。それだけのことである。よほどのことがない限りは、アニー自身は、あんまりそこに、介入する気には、なっていなかったのだが。ときどき、ヘレナに様子を聞かれるくらいだし。)
しかし、たまたま、その時に限っては、男は少し危ない場所に立ち入って作業をしていた。
崖の途中に、何かを見つけたらしかったのだ。
そうして、その何かは捕まえたが、自分は転落してしまったのだった。
気が付いた博士は、崖を降り、男に駆け寄った。
「先生、・・・こりゃあ、みちゃいけない・・・・」
そう言って、彼は気絶した。
幸い、命は助かったらしいが、その後作業には来なくなったのである。
しかし、その謎の物体は、博士の手の中に残されたのだった。
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