わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第六十六章
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「せっかくですけど、それはあたくしには無理です。」
女将さんが申し訳なさそうに答えた。
「ここをやって行けるのは、ヘレナ様のおかげです。しかも、あたくしは不死ですから、ここをたたんだ後も、ヘレナ様のご援助は欠かせないのです。だから、できないご相談です。」
弘志とシモンズは顔を見合わせた。
当然の言い分である。
女将さんの立場で、もしヘレナから見放されたらどうなるか、それは頭からはっきりしていることで、頼もうとする方がどうかしていたのである。
しかし、第一王女はそこで引かなかった。
「女将さんがおっしゃることは分かります。しかし、女将さんは勘違いしています。」
「何を?どう?」
第一王女は、膝を前に詰めながら言った。
「あのヘレナ様は、本物の女王さまではありません。もしここで女将さんが、あのヘレナ様の肩をもったら、真の女王様が現れた時に、困るかもしれないのですよ。まあ、はっきりとは言えません。しかし、来るべき時には、真の女王様が現れるのです。」
「いつ?あした、来年?」
「そこは、言い切れません。わたくしの人生が終わるまで、そう思ってはおりますが。いつ終わるのかはまだ決められてはおりません。」
「確かではない?」
「はい。」
「ふうん・・・・。あなた様は、ヘレナ様に対抗できますか?」
「わかりません。やってみなければ。でも、遠からず、ヘレナ様を滅亡させる行動を、やります。それがわたくしの役目です。わたくしは、真の女王様のご意向を受けて作られていると認識しております。事実かどうか確かめるすべは、与えられておりません。本能のようなものです。わたくしの脳には、ほんの一部ですが、ヘレナ様が支配できない領域があります。ただ、そこにどのような力があるのかは、まだはっきりとはしないのです。」
「いささか、あやふや、ですか? 確実ではない?」
「まあ、そうです。」
「ふうん。あなた様が第一王女様であることは疑いようがありませんが、あたくしが長年助けてきていただいたのは、現実のへレナさまです。ビュリアであった方です。2億5千万年以上ですよ。まあ、やはり、無理ですわねえ。確証がなければ・・・、あまりに冒険ですから。」
「弘子さん、そりゃあ、むりだよ、やはり。ここは、引き上げようよ。」
シモンズがゆっくりと、言い聞かせるように言った。
「ぼくも、仕方ないとは思う。」
弘志が姉を見ながら言った。
「そう・・・ね。もう時間がない。ヘレナ様が帰って来るわ。そんな感じがするから。」
三人は、立ち上がりかけた。
助っ人が現れたのは、その時だった。
『みなさん、こんにちは、アニーです。』
空中から声がしたのだ。
「あらら、アニーさん。みつかっちゃったかな。」
弘子があきらめたように言った。
『まあ、そうですけれど。でも、聞いてください。アニーは、あなたがたの味方をします。』
「はあ?」
全員が、声を上げた。
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一行は『仮の地上』に降りていた。
駅前広場のような感じの場所なのだが、駅はなく、なにより人がいない。
しかし、目の前には大きな建物がたくさん並んでいる以上、人間と同じ機構を持った知的生物がいるとしか思えない。
「えらく、静かですな。」
同じことを考えていたと見えて、住職がまず、そう言った。
「そうですね。誰もいませんから。」
「でも、これだけの建物があるんだから、人がいるのでしょう?」
ヘレナリアはほほ笑んだ。
「人がいなくても、建物があるという事は不思議ですか?」
「そりゃあそうでしょう。だって、誰が建てるのでしょうか? これを?」
住職が、やや詰問調になって言った。
「そうですわね。でも、建物は女王様が意識をすれば、すぐに現れるのです。そのまま固定も出来るのです。ここの物質は、女王様によって構築されています。すぐに消滅もします。しかし・・・」
「しかし?」
教授が繰り返した。
「しかし、ここには貴重な文化遺産が山盛りですわ。それらは、みな本物です。でも、物質であることに変わりはありません。すべては女王様のご意向に従います。いまは、皆さまのために、こうして出現しているのです。」
「どうも、わからないのですなあ。ここは『真の都』とか?」
「はい、その通りです。」
「ここには、死者たちの魂が存在するのですか?」
「まあ、そうです。魂というよりは、もっと具体的な存在ですが。でも通常、目には見えません。この方のようになっていれば、別です。」
「あなたも?」
「そうですね。わたくしは、元来人間ではないので、少し違うのですが、でも、まあ同じことです。」
「じゃあ、いまここにも、その具体的な霊たちがいると?」
「はい。そうです。でも、あなた方には見えていないし、接触してもなにも感じません。お互いに影響し合わないのです。」
「店主様のようになるにはどうしたらいいのですか?」
「女王様のご意向があれば、できます。」
「女王様は今、どこにいるのでしょうか? あのお城?」
住職は、彼方の丘の上に見えている、巨大なお城のようなものを指さした。
「さあ、女王様の存在する場所は特定不可能ですから。」
「はあ・・・禅問答みたいですなあ。呼べないのですか?」
「それはまあ、お呼びすることは可能ですが、来てくださるかどうかは別問題です。でも、呼び掛けてはみましょう。」
「ぜひ、そうしてください。ぼくの『弟子』でもあるはずだから。師匠に呼ばれたら、来るべきものですよ。」
「なるほど。わかりました。では、街をご案内いたしましょう。まずは、『歴史文化博物館』に参りましょう。」
ヘレナリアが一歩を踏み出すと、また動く歩道に乗ったようになった。
「どうぞ、続いて来てくださいな。」
人間二人と、幽霊二人は、こんどはゆっくりと建物の間を移動してゆくのだった。
美しい街だ。
ゴミ一つ落ちてはいない。
大気は無味無臭で、特に何かを感じさせたりもしない。
でも、呼吸ができているのだから、あるには違いない。
大きなビルを三つくらい抜けた先に、恐ろしく長い三階建てくらいの巨大な建物が見えてきた。
「あれがそうです。」
「これはすごい、こんな建物見たことないですね。向こう側が見えてないじゃないですか。いったいどのくらいの長さがあるのですか?」
教授が感嘆しながら尋ねた。
「さあ・・・端っこまで行った方は、女王様以外にはいらっしゃらないかと。」
「はあ?」
「実際、限りがない、とも聞きますし、収蔵物が増えれば、またどんどん伸びるとも聞いております。」
「なむなむなむ・・・・・恐ろしや!」
「和尚さん、お経読んでる場合じゃないですよ。これは。奇跡でしょう。しかも目に見えてる。」
「ほほほ。さあ、中に入って見ましょう。ただし、迷子にならないでくださいね、探すのが大変ですから。」
「はい・・。」
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「アニーさんが、どうしてわたくしたちの助けに入るのですか?」
弘子が素直に尋ねた。
シモンズが、うんうんと肯いている。
「それは、ヘレナの指令だからですよ」
「は?」
「ヘレナは、今に始まった事じゃあなくて、一人ではないのです。弘子さんも言う様にね。2億5千万年前もそうだったんですから。その時、アニーに接触していたヘレナさんは、擬人的に言えば二人でした。現在もそのお二人はご健在ですが、ここでもう一人出てきたのです。ヘレナには階層があります。こんどのヘレナが階層的には一番上のようです。そこからの指示ですから。でも、そこが最高位かどうかは、アニーには判断不可能です。」
「もっと、いっぱい女王様が出るとか、かい、アニーさん。」
シモンズが、いささか、あきれたように確認した。
「まあ、そうですね。多少は。いっぱいは、出ないでしょうけども。」
「そりゃあ、もうこの国の、長い模様入りの『飴』みたいで、きりがない。ぼくの雇い主は、何番目のヘレナなの?」
「さあ・・・・」
アニーは、いつになく、はっきりしなかったのである。
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