わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第六十五章
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「それはあ? なんでですか?」
女将さんはいぶかしそうに言った。
それはそうだろう。
弘子が一体どういう存在なのかは、女将さんはそれなりに良く知っている。
女将さんがここで、こうしたお店をやっていられるのは、女王へレナのおかげである。
しかし、女将さんはビュリアの母でもある。
「女将さんは、伝説のビュリア様のお母様ですわね。」
弘子にはヘレナから与えられている記憶と、与えられていない記憶がある。
ヘレナという存在は、あまりに巨大な記憶を保持してるが、その多くは太陽系の惑星や衛星を記憶媒体にしている。
太陽系以外での記憶は、圧縮して太陽に保存している。
ほかは、多くの恒星にも隠しているらしいが。
こうしたあたりは、弘子や女将さんの関知できることではない。
「やはり、ご存知ですか。」
「はい。わたくしの立場は、お分かりになるでしょう?」
「まあ、そうりゃあ、まあ。」
弘子は女将さんの説得に掛かった。
「ヘレナ様は、必ずしも邪悪な存在ではないですが、善悪を超えたところで、やってはならない事をやって来たのです。なぜ、わたくしが自分の人生をヘレナ様にささげなければならないのか。つい最近までは当然に思っていましたが、なぜかこのごろ、違和感を覚えるようになりました。原因は、いまだにわかりませんけれども。」
「まあ・・・そうれは、ねえ・・・」
「ビュリア様だってそうです。女将さんは、ビュリア様がどこに行ったのかご存知ですか?」
「それは、『真の都』と聞いております。」
「はい。おそらくそれは事実です。弘子は『真の都』に入った記憶がございます。その存在は明らかです。でもいったい『真の都』とはなんでしょうか?」
「さあ、それは『天国』と同義だと思ってますよ。はい。」
「なるほどる。確かにそうです。でも、実際のところ『真の都』は、この世界が解体されるための母体なのです。」
「は?」
「詳しい事は教えられておりません。しかし、やがてこの世界は『真の都』に吸収されて、消滅します。この地球だけというのではなく、この宇宙全体が、きっとそうなるのです。」
「じゃあ・・・人間は、どうなるの?」
「わかりません。でも、この宇宙の物理的な生物が、元のままの姿で存在することはないでしょう。それは『死』というものを超越した何かですが、それが何かはわかりません。あからさまに言えば、みなある種の幽霊になるのです。」
「それは、宗教的な意味ですか?」
「いいえ。違います。神の介入はありません。介入するのはヘレナ様だけです。彼女がこの宇宙からいなく成れば、そうした事態は避けられます。ヘレナ様は、そう遠からず、そうしたことを実行したいと思っています。それが、あすなのか、500年後なのか、1万年後なのかはわかりません。あの方の時間の尺度は人間の想像をはるかに超えています。」
「だいたい、へレナって何なんだ?」
「そこを知りたいから、ヘレナ様はあなたを雇っているのでしょう?」
「あ、そうかな・・・・」
シモンズが珍しく反論しなかった。
「あなたは、ご主人様を追放したいと思っているわけ?」
女将さんが尋ねた。
「そうです。」
「ぜんたい、弘子様、あなたは誰なのですか? 本当に王女様? なぜ、そんなことを言うのですか? だれがあなたを作ったと言うのでしょうか! ビュリアは、女王さまのご意向を反映して、生まれたと聞いておりますが。」
「だから、真の女王様です。」
「はあ!?」
女将さんが声を上げた。
シモンズと弘志は、顔を見合わせていた。
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空中を歩いてきた女性は、もう三人の目の前に来ていた。
「こんにちは。」
さも当たりまえのように、彼女は言った。
「わたくしは、ヘレナリアです。ようこそ『真の都』に。さあ、ご案内をいたしましょう。こちらにどうぞ。」
「いやいや、どうぞと言われましても、そこは空中でしょう。」
住職がもぐもぐと言った。
「大丈夫です。あなた方は、重力管理されています。落ちません。先生、どうぞ。」
ヘレナリアは、教授に手を差し出した。
中村教授はこわごわとテラスから一歩前に踏み出した。
地面の感触ではない。
と、いうよりも、感触はない。
にもかかわらず、遥かな『下』に向かって落下する様子もななかった。
「さあ、まいりましょう。」
ヘレナリアは、さっさと教授の手を引っ張ってゆく。
「ほら、あなたも、どうぞ。」
店主は、住職を促した。
「うむ。・・・」
住職はやむおえず、二人の後をついて行くことにした。
空の上の散歩である。
気持ちの良いこと、この上がない。
しかし、彼らは歩いてはいなかった。
勝手に前に進むのだ。
ちょうど、『動く歩道』の様な感じである。
眼下には大きな丘が広がり、緑の木々が森を作り、周囲には色とりどりの花が咲いているように見える。
その丘の上には、小さな白い家があることがわかる。
「あれは、『隠れ宿』なのです。さまざまな方が利用なさいました。モーツアルト様もおいでになりました。」
「むむ。あの、モーツアルト?」
教授が尋ねた。
「はい。あの、モーツアルト様です。」
「普段は誰が住んでいるの?」
「特には、どなたも。まったく偶然に紛れ込んだ方もいらっしゃいますが。原則は、女王ヘレナ様がお招きになった方だけがお住みになれるのです。」
「予約制みたいなものか。」
「まあ、そうですね。でも、あそこにも、時間の制約はございません。時は経たず、他の誰にも会いません。けっして。」
「ありえないですよ。」
「あり得ない、ことが起こるのです。ここは、この世ではないのですから。」
「じゃあ『あの世』なのですかな?」
住職が割り込んだ。
「はい。まあ、そうです。あなた方は、『旅人』です。モーツアルト様も、最初はそうでした。ただ彼はあそこに来ただけで、あなた方のように、こうした風景は見てはいませんでした。」
三人は、思いのほか早い速度で動いているらしかった。
寒くもないが、暑くもない。
非常識な言い方だが、そうした感覚が働いていないような状態であった。
風も感じない。
「ここの広さは、どのくらいあるのですか?」
教授が尋ねた。
「無限です。」
「はあ?」
「ここには、果てというものがありません。といって、同じ場所に戻ることもありません。どこまでも、限りがないのです。『地獄』もそうですが。」
「それじゃあ、空の上は? 地面の下は?」
「無限なのですから、同じことです。」
「それじゃあ、亀さんの背中の宇宙とおんなじだ。」
「お釈迦様の掌のようですな。」
「例えとしては、適切です。女王様がここの空間を開いて以来、光速で広がっています。追いかけても、キリがありません。」
「想像できない。」
「女王さまとは、何なのですかな?」
「わかりません。誰にも。でも、あなた方はここにいるのです。」
ヘレナリアと店主、それに二人の生きた人間は、やがて、すっーと地上側に降りて行くようになった。
霧が広がってきた。
「うわあ、真っ白だ。」
「少し、空間を跳躍しています。まもなく『真の都』の核心部に入ります。」
霧の彼方に、街が浮かび上がる。
はるか向こうの中央の丘には、巨大なお城が見えて来ているようだ。
「間もなく『仮の地上』に降ります。本当の地上ではないのです。実際には大地もありません。そうある様に思うだけなのです。すべてが何もない空間に漂っているのですが、意識の力で集中されています。」
「誰の意識ですか?」
「それはもう、女王さまですわ。」
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