わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第六十四章
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弘志は、シブヤに急いだ。
急ぐ理由があったかどうかはわからないのだけれど、理由があるような気がしたからだ。
まさか、次の日、恐竜が大挙出現するなどとは、予想もしていなかったのだから。
人の数に比べて、けっしてあまり広くはない、なんとなく危なっかしいホームを降りて、有名な『忠犬八チーノ』の前を横切り、中心街からは、少し奥まった場所に入り込んだ。
来たことがない場所ではないが、彼の様な大人しい高校生が、この夜中にぶらぶらするのには、あまり適切とは言えない場所の様な気がした。
ましてや、正体不明の『超高級喫茶』なんて、想像もつかない場所である。
そうは言っても、そこは大家の御曹司である。
お金はあまり持ってはいないが、それなりの用意はある。
いざとなれば、助けを呼ばなくてはならない。
彼は、雪子の指示に従い、吉田さんにだけは無断外出を告げていた。
「まあ、気を付けてくださいよ。」
吉田さんは、それだけしか言わなかった。
ポケットの緊急ボタンを押すと、どうなるのか?
やったことはないけれど、漫画のように、救出エージェントが大挙して出てくるのだろうか?
まあ、それはなさそうだったけれども。
派手なネオンやら、新しい巨大な液晶広告パネルやらが、昔ながらにひしめく街を、弘志はかき分けて進んだ。
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もと『温泉地球』の女将さんは、やや暇そうだった。
まあ、並のお店ではない。
コーヒー一杯だって、最低でも数千円はするような高級品ばかりである。
財布の中身の、細かいおこずかいが、いつでも10万円位は入っている人でないと、なかなか対応しがたいお店である。
ただし、品物は確かで、間違いはない。詐欺ではない。
食器だって、並のものではない。
歴代各国の王室が集めていたような超高級品ばかりである。
もちろん、第一王女様の力があってのことではあるのだが。
お客様は、固定客が多く、それなりのお金持ちが大半である。
調理人も一級の人で、食材も並のお値段ではない。
したがって、ここでのお食事代もバカにはならない。
それでも、女将さんは人気者である。
話題がものすごいのである。
いったいどこまでが真実で、どこからが『ほら』なのか、いささか怪しい部分もあったが、そこがまた良いのである。
タルレジャ王国の第一王女様が、時に出入りするということも、大きな宣伝材料になっていた。
今夜も数組のお客様がいるが、多くは個室に入っているので、人数はよくはわからない。
カウンターに1人、オープンの客席に2人、なじみのお客がいた。
そこに、突然、絶世の美少年が現れたのである。
女将さんは、彼の顔を見ただけで、それが誰かはピンときた。
他のお客様だって、おや? と思ったに違いない。
肌の色が違うが、でも、壁に掛かった大きな写真の、美しい褐色の美少女に、そっくりだからである。
「いらっしゃいませ。」
女将さんは威勢よく言った。
「よく、おいでになりました。」
弘志は、自分がどういう風に見られているのか、についての自覚は、あまりない少年である。
こんな美少年が現れても、関心を持たない人がいたら、びっくりなくらいだ。
ここまでたどり着く間だって、そうだった。
何人かの怪しい人からも、声がかかった。
「いま新人のスカウトしてます、君!・・・おおい!」
という感じである。
実際、何度か雑誌のモデルもした。
ただし、弘子の・・・第一王女の許可がないと、それは実現しない。
一流のスカウトなら、良く知っているはずだ。
「まあ、大変。連絡なんかなかったわよね。」
料理長も肯いた。
「どうぞ、こちらに、マツムラのおぼっちゃま。」
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シモンズは、弘子と共に、こちらは弘志と違って、瞬間移動をした。
シモンズが気が付いたとき、二人はシブヤのお店の前にいた。
中のお客さんと、なにより女将さんがびっくり仰天したのは、当然のことである。
それは、弘志を個室に案内した直後の事だったのだから。
明らかに、ふたりは少し時間移動もしていた。
「こうした効果は、一応、計算の範囲でしたわね。」
弘子がつぶやいた。
「そうなのか?」
シモンズは、いささか疑問に思った。
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「うわあ・・・い、いらっしゃいませ。王女・・さま。」
さすがの女将さんが、ちょっと舌を噛んだように言ったのである。
「タイヘンだ。マスコミが付いてきてない訳がないわ。」
しかし、その気配は、まったく感じられなかった。
カウンターにいた、常連の画家帽子を被ったおじさんが、くわえていた『高級チョコレート棒』を床に落っことした。
彼は、ある大手雑誌社の経営幹部である。
「えらいこった・・・」
カバンからカメラを取り出そうとしたが、女将さんに腕を抑えられてしまった。
女将さんが、首を左右に振った。
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役者は、そろってしまったのである。
「君が、ヒロシクンなのか・・・」
シモンズが英語と日本語のちゃんぽんで言った。
『クン』が付いていた。
「そっくりだね。」
弘子と弘志が並んで座ると、それこそ瓜二つだと分かる。
女将さんがお水を持って現れた。
「ようこそ、王女様、王子様。また、お連れの方もです。」
薩摩切子の、高級ガラスコップを置きながら女将さんは言った。
「何ごと、ですの?」
興味津々の女将さんである。
『王子様』と呼ばれることは、弘志は稀である。
まあ、実はそうなのだが、学校の友人たちはほとんど意識していなかったし、自宅でそんな言葉は出てこない。
「女将さん、ここに居てくださらない?」
弘子・・・第一王女そのもの、が依頼した。
「あらら、まさか、あたくしにご用事なのですか?」
「はい。」
女将さんは、やや不興気に応えた。
「まあ、じゃあ、少しお待ちくださいね。しんちゃん(料理長兼店長である)に、言ってくるからさ。」
女将さんは、そそくさと部屋から出て行った。
「ふうん・・・」
シモンズがうなった。
「これは、どういう、いきさつなのかなあ?」
「偶然よ。」
弘子があっさりと答えてしまった。
「予定じゃないですわ。」
「そう・・・ふうん。怪しい・・・」
「いいでしょう、別に弘志さんがいたって。」
「まあ、それはそうだが、ヘレナの言いつけとかじゃないの?操られてるとか。」
「それは、見た目じゃあ分からないわ。ね? 弘志さん。どうなの? あ、わたくし、いま、裸だからね。念のため。これ、分かる、かしら?」
「あ、え? 裸・・なのか、姉さん。いや、そこは実は、もう、知ってます。まあ、今は、そうじゃないと思いますけど。操られていたことは事実だろうし、自覚は持たないからね。」
「ふうん・・・まあ、分からないでもない。」
ルイーザに操られた時の自分の意識を思い出しながら、シモンズが応じた。
「でも、最初に、自己紹介してください。それか、姉さんから紹介とか。」
「ああ、そうか、初対面だものね。こちらは、シモンズ様。アメリカ国最高の天才少年。今は、ヘレナ様ご自身の、しもべ、です。」
「しもべじゃない。契約上、部下ではあるけれども。ときに、ここはアニーさんには、見られてないのかな?」
「さて、どうでしょうか。名目上は、秘密空間です。ヘレナ様ご自身が使うためにね。でも、確信はないですわ。」
「さっさと、本題を済ました方が良いな。で、消える。」
「そうですわね。確かに、ヘレナ様がいつお帰りになるかも、問題です。時間を多少いじったので、すぐには見つからないとは思いますが。」
「ほう・・・」
「でも、まずは、ときに弘志さま、あなた、だれに聞いて、ここに、きたの?」
弘志は、これに、果たして回答してよいのかどうか、少し迷った。
この姉は、普段の姉ではないことは確かだ。
もし、普段の姉ならば、こんな質問は、しないだろうから。
聞かなくても、分かるから。
「いやあ・・・それがね・・・」
そこに、女将さんが戻ってきたのである。
「すみませんでしたあ。さて、で、なんでしょうか?」
弘子と弘志が同時に言いかけた。
「あなたどうぞ。お先に。」
「いえ、そこは、姉さんからどうぞ。」
「あなた、言いなさいな。姉の命令ですわ。」
「はあ・・・では。あの、女将さん、『宇宙警察』の警部さんに、連絡をとって下さい。協力依頼したいのですが。ああ、でも、ぼくは、自分が何を言っているのか、まだ、いささか解ってないんだけれども。」
弘子とシモンズが、顔を見合わせた。
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