わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第六十一章
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弘子は、王国での演奏会が目前に迫っているので、ここで恐竜に邪魔などされたくはなかった。
チケットの払い戻し、などにはなりたくなかったし、なにしろ次の大きな演奏会は、もう『婚約の儀』の後になる。
事実上今回が、今の独身時代最後の演奏会となるわけだ。
もっとも、そう決めているのは、弘子自身というよりは、取りついている中身の何者かであるけれど。
そこで、その『何者』かである自称ヘレナは、さっさと恐竜たちをかたずけたかったのだ。
しかし、問題はある。
だれが犯人なのかが、まだ分からない。
一旦は片付けても、すぐにまた同じような危険動物が現れるかもしれないし、他の手で攻撃して来るかもしれない。
だから、犯人探しは、絶対の条件だった。
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シモンズは、弘子の出した信号を基にして、彼女の居場所に空間移動を実行した。
「この、弘子さんの居場所に連れて行って。」
彼は、その不思議なキューブ状の物体に頼んだのだ。
『了解しましたあ。』
彼は、また瞬間移動し、弘子の目の前に現れることに成功した。
「やったあ! 大成功。では、『弘子専用の空間祈祷所』に移動します!」
弘子の本体は言った。
「なんだそれ・・・」
弘子の本体は、シモンズがそう尋ねるいとまも与えず、二人はどこかに、また空間移動してしまった。
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「どこに、来たの?」
シモンズは尋ねた。
「さて、それは秘密です。と、言いますよりも、ヘレナ様も知らず、わたくしも、アニーさんも知らない場所ですから。」
「はあ?なんだそれは?」
「まあ、座りましょうか。」
おかしな場所だった。
部屋ではない。
壁も、天井もないのだ。
さらに言えば、空もない。
床も、見当たらなかった。
そこに、長いソファーが、ひとつ現れた。
「ここ?」
「はい、ここ。」
弘子はシモンズの手を引っ張りながら、並んで腰かけた。
シモンズからしたら、非常に居心地が良くない。
「なんで、こうなの?」
彼は、そう、尋ねなくてはならないと思ったのだ。
「別に、そう深い意味はないですよ。向かい合うより、対等にお話ができると思うから。」
「あ、そう・・・で、ここは、どこですか?」
「ここは、偶然の次元の隙間。」
「は?」
「選んで来たのではなくて、たまたま来ただけの場所です。ですから、どこか特定できる指標は何もありません。だから、アニーさんにも簡単には探せない。ヘレナ様にもね。それには、あまりに時間がかかりすぎますから。やらないでしょう。」
「それに、意味があるの?」
「はい。あります。ヘレナさまは、わたくしの意識のすべてを握っていると信じています。しかし、それは事実ではないのです。わたくしの脳の中には、ほんの少しだけ、ヘレナさまにも侵入ができない場所があるのです。」
「それは、誰にでもあるところ?」
「いいえ、違います。普通の人間には、ありません。」
「君は、普通じゃない?」
「そうです。わたくしは、ヘレナさまを、この宇宙から消し去るために、用意されました。」
「はああ?」
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その前の晩、弘志は、雪子からたくさんの情報を受け取っていた。
『お兄様は、それでも、弘子お姉さまを助けたいと思う?』
雪子は弘志の心の中に、直に語り掛けて来ていたのだ。
「それは、もう、そう思うよ。姉さんの中から、化け物を追い出してやらなきゃな。」
『でも、もしそうしたら、本当に火星人たちと戦争になるかもしれないよ。地球は、滅亡はしなくとも、きっと大きな損害を受けることになるよ。多くの人が犠牲になるでしょう。それは、もしも、うまく行っても、人類の60%から70%に達する。最悪90%かもしれない。それでも、まだ、お姉さまを助けますか?』
「勝てる可能性は、ほとんどない?」
『いいえ、そうでもない。それほどの犠牲を払う覚悟があれば、また、それなりの方策をとれれば、もしかしたら、もっと少ない犠牲者で勝てるかもしれません。でも火星人と本当に闘うならば、多くの協力者が必要です。』
「どういう協力者?」
『まず、地球人の不感応者、ミュータント、タルレジャ王国北島の人たち、そうして、火星人の有力者、さらに金星人。』
「はあ・・・ううん、なかなか、それは、むつかしそうな気もするな。第一、どうやればいいのかが見当つかないよな。火星人の有力者さんというのは、いったい誰? 金星人って、誰?」
『私が思っているのは、当然、リリカ様です。』
「そりゃあ、火星人の親玉だろう? 基本的にあり得ないでしょう?」
『そうでもない。リリカ様は、ヘレナに操られている。そこを断ち切れば、物事は大幅に変わって来る。』
「どうやって、そんなことができるの?」
『出来る人がいる。その人は・・・まあ、あまり、人とは言えないけどね、いま、地球に近づいて来ている。ものすごい力は持っているが、多少お人好しで、温泉が大好き。むかし、あの怪物と出会ったが、そのときはまだ、闘う時が来ていなかったの。その人に接触して、協力を依頼することが必要。でも、彼は昔のビュリアに会おうとしているから、その前に上手く接触しなければならない。彼は、ビュリアが好きだったんだ。』
「どこにいるって? ビュリアって誰?」
『現在、彼は銀河系に侵入したところ。ビュリアは昔のヘレナです。2憶5千万年前のね。』
「はあ? ううん・・よくわからない。それに、そりゃあ、いくらなんでも、話が大きすぎですよ。電話やメールで済む話じゃやないだろうに。」
『いいえ、お兄様ならできる。まずは彼に、通信をしましょう。出来るのです。方法がある。いいですか、これからシブヤに行きましょう。多少危険性はありますが、シブヤの最高級クラブの『ママ』に会ってください。』
「そりゃあ、面白そうだけど。でも、ぼくは姉さんと違って、『クラブ』とかに行くお金なんか持ってないよ。それと、金星人ってなにか、まだ聞いていないよ。」
『金星人は金星人。金星で生まれて文明をはぐくんだけれど、2億5千万年前に火星文明とともに滅亡し、ヘレナによって異世界に追放されました。彼らが、間もなく、帰ってくるのです。ヘレナも、それはもう、当然知っている。そしたら、うまく自分の側に引き込もうと考えています。そこで、そこも、先手を打つ必要があります。』
「ふうん・・・・夢のような話だ。実際、これは夢なんだろうな。」
『夢だと思っても、別に構わないよ。まあ、実際、誰が地球人の真の味方か敵かは、なかなか言い切れないのですよ。そこは、もう一度お兄様もよく考えてみては、くださいね。このままヘレナに、地球の支配を任せる方法も、確かにあるのだよ。そのほうが、地球人には、長く穏やかな平和がもたらされて、むしろよいとも考えられるの。あえて、ヘレナと闘う理由があると、お兄さまが、確信できるかどうかなんだな。私は、実際のところ、地球人の敵かもしれないよ。』
「ふうん。でも、怪物に操られた地球人じゃあ、本当の平和ではない気がする。平和は自分たちで求めなければいけない気がする。はっきりとは、言い切れないけど。」
『地球人は、昔からそう言いながら、これまでも、殺し合いをやめませんでした。相手を『怪物』『悪魔』『鬼畜』とか罵りながらね。」
「うん。でも、雪子はどうして、弘子姉さんと・・・その、『怪物』と、闘おうとしているの?」
『許せないから。』
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ヘレナは、ついに本領の一端を発揮した。
それは、ちょっと想像しがたい力だったのだ。
世界各地に出現した巨大恐竜たちは、いっぺんに超大型掃除機に吸い取られるようにして、空の彼方のアブラシオにどんどん、収まっていってしまったのである。
あまりにも、あっけない完結のように、見えた。
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