わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十九章
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「ここが、儀式の間である。」
「おわー。広いなあ。」
弟子は驚愕した。
大奉贄典は、『当然』という顔をした。
「実際、ここに入ることは、決してたやすい事ではない。今は、扉を開けておいたのだが、普段は固くしまっておる。自ら開けることができるのは、第一王女様と、わしだけだ。」
「国王でも開かないのですね。」
「そもそも、国王は、ここまでたどり着くすべさえ、知らぬのである。」
「まぎれて、忍び込むことは?」
「それは、まあ、別に異世界ではないから、理論上は不可能ではない。しかし、正面玄関が開かぬであろうがな。」
「はあ、確かに。」
「万が一、正面玄関が開いても、ここは開かない。」
「なるほど。第三王女様であってもですか。」
「うむ。いやな事を聞くものではない。わしは、化け物ではない。しかも、あの王女様はただ者ではないゆえ、絶対にないとは言い切れないところが確かにある。なにしろ地球上で最高の権力を手中にしたのである。ただし・・・」
「ただし?」
「それは、見せかけであるがな。」
「そうなのですか?」
「そう。さて・・・ここに・・・」
大奉贄典は、モザイク模様の壁を撫でた。
「ここに、窓が開く。」
「マド?」
「そう。ほれ。」
彼が壁を撫でると、そこが透明になった。
そうして、その奥の空間につながっているらしく見えた。
「いまは、こちらからは開かぬ。向こう側から『聖なる料理』を入れぬ限りはな。」
「なるほど。」
「この巨大なテーブルに、通常は第一王女様以外が座ることはない。しかし、儀式の晩には、ここに、二組の夫婦が座る様に用意をする。こちらに二つ、つまり新郎が二人。反対側に新婦が二人である。」
「椅子はどこに?」
「こうすれば、現れる。」
彼は腕を振った。
すると、フロアーから、椅子が浮き上がってきたのだった。
「十分な、魔法です。」
「まあな。しかし、魔法というのではないらしい。物質を制御しているだけということである。わしは、そのカギを預かっておるだけ。間もなくそなたに渡るが、まだ今は与えられぬ。」
「はい。」
椅子は再び消えて行った。
「当日の式順データは、後で渡そう。つぎに調理室である。」
「はい。」
二人は、いったん部屋から外に出て、長い廊下を歩き、やがて次の部屋に入って行った。
「ここも、神聖な部屋である。まず、はじめに、みそぎの為の小部屋がある。」
「はい。」
思いのほか、ごく控えめなドアが開いた。
「入りなさい。」
「はい。」
人が二人、やっと入ることが可能なくらいに、狭い場所だった。
なにかが、突然びゅわっと通り抜けた。
「あらゆる、調理の邪魔となる余計なものを取り除いたのである。実際には、ここに入る前には、着替えの儀式をするのであるが、それは本日は省略。さあ、中にどうぞ。」
「はい。」
弟子は、先に調理室に入った。
「おわーーー!」
まっ白な、恐ろしく広い空間に、縦の薄赤いストライプが交互に入った壁。
大きな長方形の調理台が二つ並んでいる。
どちらかと言うと、手術台と形容した方が正しいようにも見えた。
実際、上からは、影ができない手術用の照明器具と、よく似たようなものがぶら下がっている。
奥の壁側には、大きなかまどの様な窪みがある。
「あれが、自動調理装置である。非常に古いものと聞いておる。火星のリリカ様が設計し、製作したと聞くがな・・・」
「あの、最近有名な、リリカですか?」
「さよう。あのお方も不死であると聞く。まあ、直に会ったことなどないがな。こちらが操作卓。実を言えば、ほぼどのような調理も、これで実行できる。カベのカマドに聖なる生贄を入れて、操作をすれば、それでよい。しかし・・・」
「しかし、ですか。」
「そう。『婚約の儀』や『婚礼の儀』では、特別な手料理を提供せねばならぬ。それは、この調理台に生贄を並べて、手作業で調理を行わねばならぬ。きわめて神聖な事柄である。」
「はい。」
「その、材料となる『聖なる生贄』は、特に新鮮なモノであることが必要なので、当日選ばれることになるが、普段のものは、ここで完全凍結保存されておる。いささか、最初は気に障るであろうが・・・」
師匠は、今度は操作卓を撫でた。
すると、かまどとは、ちょうど直角になる、長い壁が、一部透明になった。
そうして、10段くらいの凍結保存された『聖なる生贄』が姿を現した。
一体ごとに、きちんと寝かされていて、カヴァーが覆っているが・・・
「見た通りの、『聖なる人間』たちである。」
「うあ・・・・」
弟子は絶句した。
「北島で育った、純粋種である。非常に神聖なものたちばかりだ。この状態で1000年以上、新鮮なままで保たれる。まあ、実際はその前には、まず、あるべき使命を果たすがな。」
「これは、映画とかでなら、ありそうでありますな。」
弟子は、やっと、取り繕って答えた。
「うむ。ただし、みな信仰深い聖人たちである。そのエネルギーは、常人の比ではないのだ。」
「はい・・・あの、どのように、選ばれるのですか?」
「よい質問である。第一王女様は、いつでも彼らのリストを見る事がお出来になる。さまざまなデータもな。そうして、次回はどの体にするかを、じっくりとお決めになる。」
「はあ・・・あの、あそこから、かまどまでは、どう移動させるのですか?」
「すべて、自動である。ほら。」
一体の『聖なる体』を入れた『箱』が棚からせり出してきた。
そうして、床から移動台が現れて、その上に静かに乗った。
『台』は、かまどにまで、それを、音もなく移送した。
かまどが開く。
「まあ、本日はこの先にはゆかぬがな。」
『箱』は元に戻って行く。
「あの、ご師匠様。」
「うむ。」
「彼らは、生きているのですか?」
「ふむ。そのような事があると思うのかな?」
「まさか。」
「ははは。そうであろう。しかし、彼らは実際、再生可能なのだ。生き返らせることができる。」
「まま・・・まさか・・」
「実のところ、そうなのである。」
「意識は?」
「まあ、これは、わしにはわからぬが、『ない』、と答えるのが正しいのであろう。ただし、第一王女様は、最後に彼らと、楽しく話をされるとも、聞く。」
「ううう・・・」
「これは、非常に神秘なことであり、神との会話が可能な、第一の巫女様のみの世界であろう。」
「はい。ああ! 確かに!」
「彼らは、ここから『真の都』に入るのである。このことに偽りはない。」
「お師匠様も?」
「まあ、よほどの事が起こらねば、そうなるであろうし、そう願っておる。そなたも、また、そうであるぞ。」
「はい。」
「あの・・」
「うむ?」
「新郎のお二人と、第二王女様は、ここのことはすでにご存じなのですか?」
「さて、どうかのう。新郎は、まだ知らぬであろう。過去、すべて、そうであったから。第二王女様は、儀式に参加する心構えは、すでに出来ておると、第一王女様から聞いておるがな。」
「ここで、何が捧げられるのかは、分かるのですか?」
「もちろん。」
「そうですか。」
「しかし、まずは、そなたの、心構えが必要である。わかるかな? 当日は調理の介添えを行ってもらう。予行演習はするから、そう心配はいらぬ。またその時になれば、極めて神聖な気分になる。自然にな。」
「ああ、はい。」
「よいかな、まずは、この後与える『秘書』を読みなさい。さすれば、様々なことが解って来ようぞ。」
「はい。」
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くっこは、必要な化粧を自分で行った。
紫色の口紅が、かなりまがまがしい。
それから、紅バラの衣装を身にまとった。
長い髪の毛を、ぼさぼさに纏めた。
「ふむ。良い出来じゃな。」
リーダーが言った。
くっこは、鏡を見ながら不気味にほくそ笑んだ。
「さあ、おめぇは、何じゃ?」
「わいは、紅バラじゃ!紅バラ組行動隊第5班、副リーダー、くっこ、またの名は、紅バラ組、殺し屋、レッドスネイクじゃ。」
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「弘子、大変大変、くっこが、くっこが、不良になってる!」
ミアが叫びながら、弘子のところに走り寄ってきた。
「はあ?なんだそれ?」
第一王女は・・弘子は、くっこに起こった夕べの出来事は、まだ聞いていなかった。
ミアに引っ張られながら、弘子は教室に入った。
髪の毛が、真の怒りに燃えあっがているような、真っ赤になって逆立っている。
一見、毘沙門天様のようでもある。
ちょっとぼやっとしていたその目が、厳しく吊り上がっている。
「あらまあ、くっこ。どうしたの?」
弘子が声を掛けた。
「おう、弘子、来たんかい。わいは生まれ変わったんじゃ。まあ、よろしゅうな。おめぇとは、親友じゃからのう。」
『ははあ・・・・やられたか。』
弘子は当然ながら、何があったか理解した。
『まあ、リーダーに任せたからなあ。こういうこともあり得るか。さあて、しかし、これはどうするかなあ。あの薬を使うと、ちょっとやっかいかも。リーダーの手前もあるしな。』
「ど、どうしよう・・・」
ミアが弘子の陰で、少し震えている。
「おどりゃあ、てぇめぇ、ミア、こっちにきやがれ、今夜、わいらの仲間に入れたるけぇ! てめぇも、わいと同じになるんじゃ。」
「あ、あ、あ、あ、いいです。いえ、ご遠慮いたします。はい。」
「てめぇ、わいに逆らうんかあ!」
「ままま、くっこ、わたくしに免じて、ミアは当分は、ほっといて、くださいな。」
「ああ? おう、まあ、弘子がそう言うんなら、当分はそのままにしちゃるけどもな。」
「あ、あ、あ、ありがとうございます。」
生徒たちは、遠巻きにして、この様子を見ている状況である。
「じゃあけど、てぇめえは、もう、わいの子分じゃ。そう決まっとる。」
「あ、はい、はい。でも、あの、弘子は?」
「けぇつは、すでに、並の玉じゃあねえわ。」
「わたくし、『タマ』ではございませんことよ。」
「わかっとるわぁ。弘子、てめぇの正体はのう! 『闇の女王』さま、じゃからのう。」
『ままま、リーダーは、いったい何を、教えたのかしらね。今夜、聞いてみなくちゃね。しかし、くっこのご家族が、ちょとだけは心配ね。こりゃあ、タイミング見て再洗脳した方が、やっぱし良いかな。』
実際のところ、都内の各学校で、こうした風に、急激な不良化を見せる生徒が多発していた。
ただし、アンジとは違うケースのように見える。
しかし、学校も、自治体も、警察も、今のところは、最終的には手を打つ気はなかったのである。
彼女たちは、体制側の、闇の用心棒の様な存在だったから。
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