わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十六章
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侍従長は、今年で78歳になる。
この小柄で、穏やかな顔のおじいさまが、王国の事務方のトップなんだという事は、その事実を聞いていなければ、ちょっと信じがたいような感じがする。
とはいえ、彼の人生は、ひたすら王室に仕える人生だった。
父も、祖父も王室の侍従長であり、常に王国の重鎮だったし、いささか世襲職的な感じになってしまっていることは、本人自身は相当、気にしていたのである。
だから、自分の後継者は、家族以外から出したかったのだ。
けれど、第一王女の考えは、必ずしもそうではない。
彼は『永遠の命』を受け入れるように迫られていたし、最終的には拒否できないだろうとも、思っていた。
まあ、先に死んでしまえば話は違うが。
それでも、第一王女が最終的には、『そうしてしまうであろうこと』は間違いが無いと思われる。
侍従長には、新しい「からだ」が用意され、結果的には彼が望むように、別の家族からの出身という事になるわけだ。
それは、絶対に他言無用であり、逆らったら、王女に対する裏切り行為になる。
それは、侍従長には出来ない事柄だった。
侍従長室には、総務部長が呼ばれている。
話の内容は、当然『婚約の儀』のことだ。
「準備には、問題はないでしょうか?」
侍従長が尋ねていたのだ。
部長は、あっさりとした人物だが、次か、その次あたりの侍従長職を狙っている一人でもある。
こうしたことは、はっきりと言うものではないが、それでも実際のところは、そういうものなのだ。
「ええ。大方は、順調です。」
「大方ではないところは?どうなのですか?」
「そうれはもう、侍従長、国王が第三王女様によって逮捕されているのですよ。こんなおかしな話はないでしょう。式典に国王が不在のままでは、格好がつきません。まあ、誰にも『見えない』ということには、違いはありませんけれども。」
「そうですなあ。第三王女様は、すなわち『皇帝陛下』です。地球人類の長でありますぞ。今はタワーに留まっておられて、王宮にはまったく姿をお見せにならないが、我々には、すでに手の出しようがない。王国始まって以来のことですが、しかし新しい時代の始まりとして、受け入れねばならぬかもしれないですなあ。」
「それだけ、ですか?」
「ああ、今のところはね。」
「しかし、式典までは、もう一か月も切っていますから、実際にこのままでは、マズ過ぎです。王室の権威も大幅に傷つくのではないですか。」
「うむ。じゃあ、あなたにだけ、打ち明けましょう。第一王女様は、国王の解放を皇帝陛下に持ち掛けておられる。少なくとも、儀式の間だけでもと。第二王女様は、当初は国王の捕縛に賛成しておられたが、今はどうやら仲裁役に回っておられるようです。まあ、ご自身の事でもあるから、当然とは思いますがな。」
「うまくゆくと?」
「うむ。ただし、どうやら皇帝陛下は条件を出されているらしい。」
「条件?」
「そうです。国王に、独自の主張をやめて、帝国に恭順の意を示すようにと。そう、仰せのようです。」
「まあ、当然と言えば、当然。」
「そうですな。火星の女王様は、なぜか北島や王室の人間の心は改造しなかった。これには、大きな意味があるのかもしれませんな。」
「まあ、そうだろうとは思いますが、それはいかなる意図であると侍従長はお考えか?」
「簡単です。難しく考えることはないでしょう。」
「はあ?」
「『勝手にせよ』、という大きな意味、ですな。」
「なんと。珍妙なお答えですなあ。」
「そう?あなたはどう思うのかな?」
「侍従長殿、わが王国においても、南島の住民は、皇帝陛下に従う様に意識を変革させられていますが、にもかかわらず、国王に対してはその敬意を失ってはいない。北島の住民は、もとから世界からは切り離されているので、問題にはならない。国王様は日本の首相と共に、この時点での核廃絶に反対した。だから逮捕された。それは火星人に対する切り札を失うとお二人が考え、主張したからだと、一般には受け取られたが、はたして、ただ、そうなのでしょうか?」
「ふうん・・・で?」
「で、です、わたくしは、この背後には第一王女様の意図が働いているのだと思うのです。すなわち、この地球を動かしているのは、実のところは皇帝陛下でも総督閣下でもなく、第一王女様なのである。と。つまり、第一王女様が扱いやすいように、わざとこうした風にした。第一王女様は、次の春には本国に戻られる。そうして、早い時期に『女王さま』になられるお積りではないかと。すべて、その下準備である。日本は、王女様の第二の故郷ですからな。事実上の支配下に置いておきたい。と・・・」
「あなた、そのお考えを周囲に漏らしましたか?」
「いえいえ、そのようなことはいたしません。いくらなんでも逮捕されたくはないです。」
「でも、このじじいには話された。」
「深い意図はございませんぞ。私は、あなた様を深く敬愛いたしております。それだけです。」
「はあ、そうですか。わかりました。いまのところ、そのお考えは腹に中にしまっていてくだされ。まあ、とにかく可能な準備は、国王陛下御臨席になるという前提で、進めてください。よろしいですか?」
「もちろん、そういたしましょう。では。」
「ああ、ご苦労様です。」
部長は部屋から出て行った。
「まあ、良いところは見ているが、侍従長の仕事は、あまりに怪奇なものになってしまったのでなあ、困ったものですなあ。さてと・・・『大魔王』に会いにゆきますかな。」
侍従長は、脇のデスクの上を『なでた』のである。
すると、デスクの表面が透き通って、パネルのようになった。
彼は、『確認認証を』と言った。
そうして、そのパネルになった表面を見つめたのだ。
『確認認証完了。使用許可。侍従長殿。』
「はいはい。侍従長室閉鎖。北の北の北島に移動。『大奉贄典』殿に面会。」
『確認。北の北の北島に移動します。ダイホウシテン殿に面会予約在り。移動開始。』
秘書室の壁には『侍従長室閉鎖』の表示が現れた。
まあ、よくあることだ。
王女様などは、秘書室経由ではない、別ルートから侍従長をお尋ねになることも多い。
秘書室長は、ある程度の事実を掴んでいるが、それが全てかどうかは、実のところは、さっぱりと、わからないでいた。
ちなみにだけれども、北島関連施設管理の特殊部門は、総務部では無くて、第一王女付きの警備部門が握っている。
なんでそうなのかは、これまた、ほとんど誰も知らない事だったが。
一方で、特殊情報部門は、これまで第二王女が握っていたのだが、彼女が総督閣下になった事から、これからは、ここも第一王女が直接管理することになった。
これは、例の『取調官長』にとっては、非常に具合が良くないことだった。
彼は、そこらあたりも、皇帝陛下の意図を覗きたいと思っていたのだが・・・
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タルレジャ・タワーというものは、とてつもない建物である。
地上100階建て。
それが二本。
ひとつは、総督閣下の管轄タワー。
もうひとつは、地球帝国政府のさまざまな部門の中枢機関で、その管理者は、地球大統領、つまり旧国連事務総長だった。(第二王女は、ここは当然、『姉』、つまり第一王女が管理すべきだと考えていたが。)
地球帝国創立記念日、つまり皇帝の即位式典日に、国際連合は、帝国に合流する(吸収される)のである。
真ん中の150階建ての巨大なタワーが、皇帝陛下の君臨する(管轄する)中心塔だった。
しかし、すべてを設計したのは、第一王女であり、その『すべての事』を知っていて、実際にすべてを管理できるのは、彼女とアニーだけである。
しかし、この事実は、巧みに隠されていて、実際のところ、『リリカ以外』は、誰もそこに気が付いておらず、ダレルは、特に『気にしていな』かった。
彼には、どうでもよい事だったのだ。
そこで、第一王女は、この三つのタワーのどこにでも、いつでも、自由に出入りが可能だったのである。
取調官長は、王国の下級管理職であって、しかも仕事柄、あまりタワーに呼ばれるような立場にはないのだが、皇帝陛下から直々に呼び出されたという事実について、まあ、あまり深刻には考えていなかった。
いや、考えられなかった。
彼を推薦したのは、当然ダレルだった。
しかし、ダレルに対して彼を紹介してきたのは、他でもない、まだ過去に飛ぶ前の、表向きは囚人であるところのジャヌアンだったわけである。もっとも、直にダレルに会ったわけではない。ジャヌアンが裏から手を回して、司令官の意志を上手く操っていただけ、ということなのだが。
「皇帝陛下がお会いになる。ここでお待ちください。」
とてつもない広いさがある『謁見の間』の待合室で、取調官長はじっと待っていた。
もう、半日は、待ったような気もしたが、実際は30分程度待っただけだった。
「どうぞ、こちらに。」
彼は、緊張で少し震えながら、『謁見の間』に入った。
王国の、第一王女専用の『謁見の間』の倍以上はある、広大な部屋である。
もっとも、どちらにしても、彼が知り得ることではなかったが。
皇帝陛下は、まだ遥か彼方なのに、彼は、もうそれ以上進むことを制止された。
ヘネシーは、本来の精神状態とは全く違っていたのだが、これも取調官長が関知することではない。
彼は、ちょっとさきほど練習させらたように片膝をついて、頭を垂れていた。
「なぜ。なぜ、ここに呼ばれたか、そなたは気づいては、おるまい。」
皇帝ヘネシーの声が聞こえてきた。
遠いけれども、はっきりと聞こえる。
良く通る発音だ。
「はい、恐れ入ります。」
「よい、わしのすぐ前に参れ。案内せよ。」
警護の男がひとり、彼を皇帝陛下の直前にまで連れて行った。
「そななたたち、下がれ。」
「は?いや、それは出来ません。陛下のご安全の為でございますから。」
「ばかな・・・、ふうん、では、向こうの入口まで下がれ。」
「は・・・・・。」
警護員たちは、やむおえず取調官長が入ってきた大きなドアまで下がった。
「さてと、難しく考えんでよいぞ。そなたに、頼みごとなどが、あるのじゃ。」
「はい、なんなりと。」
「うむ。よいか、来る帝国創立セレモニーの時のことじゃ・・・・」
「は・・・・・」
ヘネシーは、小声で取調官長の耳にささやいて、何かを手渡したのである。
アニーは、そこをじっと見つめていたのだが、どうも、なぜだか内容を理解出来なかった。
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おかしな部屋だった。
何だか眩しい。
しかし、自分のはずなのに、くっこは、自分がもう、良く分からないでいた。
隊長は、くっこの腕から小さな注射器を抜いて、傍らのトレイに置いた。
「さあ、おめぇは、わしの言いなりになる。もうけっして逆らえん。この注射の効き目は抜群じゃ。しかも、効果があるうちに教えられたことは、もう決して忘れん。おめぇは、これから、わしらの仲間になる。ええな?」
「仲間になる?・・・」
くっこは、ぼんやりと言った。
「そうじゃ、おめぇは、紅バラになるんじゃ。ええな?」
「紅バラになる・・・」
「そうじゃ、わしらと同じ考えをし、同じ言葉を話す、仲間になるんじゃ、ええな?」
「同じ考えをし・・・同じ言葉を話す・・・仲間になる」
「そうじゃ。それでええ。さあ、言うてみ、『わいは紅バラになる』と」
「・・わいは、紅バラになる・・・」
「そうじゃ、その通りじゃ。さあ、『わいは、もう紅バラじゃ。』言うてみ・・」
「わいは、もう紅バラじゃ。」
「その通りじゃ。ええか、今からは、紅バラの指令が、おめぇのすべてじゃ。」
「紅バラの指令が、すべて・・・」
「そうじゃ。『紅バラ組の指令が、わいのすべてじゃ』・・・・」
「紅バラ組の指令が、わいのすべてじゃ。」
「そうじゃ。おめぇは、今日から、紅バラ組の行動隊員になるんじゃ。自分の事は、『わい』と呼べ。」
「わいは、今日から、紅バラ組の行動隊員になるんじゃ。自分の事は、わいと呼ぶ。」
「それでよい。さて、今から見る事は、全てが本当のことになる。見た通りの、おめぇに生まれ変わるんじゃ。」
「見た通りの、わいに生まれ変わるんじゃ・・・・」
「よし。」
隊長は、かなり大きめの、ゴーグルのようなの装置を、彼女の頭に取り付けたのであった。
新しい自分のあり方が、くっこの目の前に広がっていった。
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「和尚さん、そんなに驚いてくれなくて、いいから。」
ご主人がLPレコードを宙にかざしながら不気味に言った。
仕事柄か、和尚さんは、しきりにお経を唱えだした。
「なむなむなむ・・・・・・・」
「和尚さん、聞き目なしのようだ。」
中村先生がささやいた。
「ははは、まあ、お座りください。せっかく地獄から出てきたんだから。」
「地獄?なんであなたが地獄なんだ?良い人だったのに。」
「まあまあ、これはね、女王さまのお考えなんだから。」
中村先生がそれに答えるように言った。
「女王様というのは、第一王女のことですか?」
「いやあ、女王さまは女王様、遥かな昔から、ですな。」
「なんと?遥かな昔から?」
「そうです。地球が出来上がる前からそうらしい。まあ、掛けてください。慌てることもない。話が済まねば、夜も明けぬ。」
「むむむ・・・・やむおえない。害はなさぬな、ご主人。」
和尚さんが念押しをした。
「ははは、死人は基本的に害をなすものではない。ご安心をなさい。」
「ふうん・・・・・ま、そうは言われても、気にはなるのもだが。」
二人は、半分仕方なくそこにあったソファーに座った。
なぜか掃除も十分に行き届いているらしく、ほこりひとつ立たない。
「さて、どこからゆきますか。まずは、ぼくが死んだあたりからかなあ。」
部屋の明かりが急に落ちた。
「おわあ!」
教授が思わず声を出した。
「まあ、演出ですよ。お静かに願いますよお。」
ご主人の声が、次第に益々、不気味になってゆくような感じがしたのは、まあ当然である。
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