わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十五章
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『タルレジャ総合大学』は独立系の私立大学で、王国では比較的珍しく、タルレジャ王家も王室関係者も、その運営にほとんど関わっていない高等教育機関だった。
そういう意味では、とても自由な気風が強く、権力にもあまり追随しない校風があった。
おかげさまで、反王室的な自由主義者から、社会主義的傾向が強い学者さんまで、個性豊かな顔触れがそろっていたし、王室至上主義という学者さんは、ごく少数派だったのである。
ミコル・ゴロー博士は、フランス系のタルレジャ王国人考古学者で、非常に数が少ない、『北島』を専門をとする学者さんである。
王立大学には、アンリ・ゴロー博士という大物がいるのだが、これは彼の兄であった。
兄弟とは言え、異母兄弟で、しかも、まあ、あまり仲良しではない。
王室派の兄は、王室の寵愛もめでたく、発掘に関して大きな既得特権を持っていた。
一方弟の方はと言えば、なんとか多少のお目こぼしを頂いて、兄の周囲を細々とやらせてもらっている、という感じだったのだ。
ところが、最近になって状況が一変した。
つまり、ミコルがとてつもない発見をしてしまったのである。
慎重な彼は、1年前にはその発見をしていたのだが、直ぐには発表しなかった。
これは、自分の身を守るという、かなり切実な必要性も、実際あったからである。
「こりゃあ、王室の権威を高めるのか、それとも崩壊させるのか、どっちだろうか?」
彼は、ごく一部の側近であり、しかも信頼のおける助手と話し合った。
すぐには発表しない。秘密は守る。1年間は・・・。
その間、しっかり脇を固めよう。
何を言われても、けっして揺らがないように。
そうして、彼らは、いつものように、しこしこと何もない場所を掘り続けているように見せていたし、兄の側は、そこからは何も出るはずがないと確信していた。
しかし、例によって第一王女は、そこらあたりの状況を、早めに察知したのである。
そこで、彼女はある日、ミコル博士に、内密に面談を求めたのだった。
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「さて、先生。先生はこのほど大きな発見をなさったとか・・・」
挨拶もほどほどにして、第一王女が切り出した。
ミルコ博士は、助手のカンパーラと顔を見合わせた。
「それは、いったい、第一王女様、どのような事でありましょうか?」
「おほほほほ、博士、わたくしに隠し事をしようなど、通じませんわ。ご存知ありません?」
いや、知らないわけがない。
第一王女は、魔術師のように、相手の心の中を読み取ってしまうらしい。
それは、王国民の常識の範疇にある。
ただし、もちろん公式には認められていないし、第一王女も直接には認めない。
にもかかわらず、彼女は時にこうした「脅し」に出ることがある。
実のところ、ミコル博士のような普通人の頭の中は、第一王女には丸見えである。
何を見つけたのか、も、すぐに見当がついた。
おそらく、2憶5千万年前に、パル君がいたずらをした様なのだ。
特殊なケースに、自分のおもちゃなどをいくつか入れて、『タイムカプセル』にしたに違いない。
そうして、ある洞窟の奥にしまい込んだ。
その洞窟の上側は、もう消えてしまったが、地の底の『タイムカプセル』は残っていた。
それは、時が来れば、弱い信号を発するように仕組んでいたらしい。
そんなものがあるなんて、ビュリアもさすがに知らなかったのだが。
それを、たまたま、ミコル先生が見つけた。
「先生、その箱、お見せくださいな。口外は致しませぬし、先生の業績を邪魔したりも致しません。ちょっと興味があるので、内緒に教えてくださいな。もし、なんであれば、少しはよい情報を差し上げられるかもしれませぬぞ。ここは秘密だらけじゃから。ほほほほほ。」
まあ実際、タルレジャ王国の地下には何が眠っているのかわからない、という状況だった。
南島の遺跡発掘は、最近それなりに進んできている。
それでも、南島でさえ、遺跡の発掘作業には王室科学局の厳重な審査があるので、そう簡単ではない。
以前は滅多に許可が下りなかったのだ。
しかし、現在の第一王女になってからは、その束縛が割と緩やかになってきたのである。
南島の遺跡の出土品からは、この王国の起源が恐ろしく古いらしいという事が、次第に分かってきていた。
世界の常識が、ひっくり返されるようになってきていた。
古代エジオパプト文明や、インダナオス文明や、中大王国文明や、アマゾナイ文明以前の大文明が、ここにあった事が明らかになってきていたのだ。
今のところ、約1万年くらい前の都市の跡が発見されつつあった。
そこでは、すでにコンクリートが使われ、上下水道が完備されていたようだ。
おまけに、この水道管が大問題になっていた。
管自体はポリエチレンに近いような素材だったが、いったいどうやって作ったのか?
おまけに、非常に丈夫な炭素繊維が、補強材に使われていたのだ。
さらに、地中から「電線」じゃないか、というものが、最近になって出て来ていた。
おかげで、南島は発掘ラッシュになっていたのだが、いまひとつ痒いところに手が届かないでいた。というのも、考古学者さんたちがどうしても掘りたい場所がいくつかあるのだが、そこの発掘許可が出ないでいたのだ。
北島は、もっと厳しい状況で、基本的に発掘は禁止されていた。
現在、ようやく新しい試験発掘の許可が出て、ゴロー兄弟がその事業を始めていた。
兄の方は、その前から、まあ細々とではあるが、発掘作業を任されて来ていたし、それなりのお土産は必ず出て来ていたのだが、北島の大きな壁は、まだ破れないでいた。
「あの、なぜ第一王女様は、私が何か見つけた、と思うのですか?」
「ああ、簡単じゃ。わしに、お告げがあったのじゃ。」
「はあ・・・・」
これは、第一の巫女の殺し文句である。
これを言われると、王国内では誰も対抗ができない。
「そうじゃな、まあ、こんな感じのものなのじゃが。」
第一王女は、机の上から真っ白な紙を取り上げた。
何も書かれてはいなかった。
けれども、ミコル博士と助手が見つめるうちに、何やら形が浮かび上がってきた。
それは、やがて『箱』になった。
まさに、博士が掘り出した小箱である。
「いやあ・・・・これは・・・」
「先生、これは、でも、僕の仕業じゃあないですよ。」
「わかってる。疑ってなんかいないさ。仕方がない、王女様には歯が立たないと見える。ほら出して。」
「はあ・・・・」
ミコル博士は、こうした展開はあり得るだろうと考えていた。
そこで、その大切な戦利品を持ってきていたのである。
「どうぞ。」
「おおおおー! これか? ふうん・・・すごいのう!!」
第一王女は、真っ白な布の上で、さかんに感心したように眺めまわしていた。
「開けても、良いか?」
「はい。開けるのは簡単でございました。特にカギなどはかかっておりませんでしたから。」
ミコル博士は、開け口を王女の方に回して、手袋をしたままゆっくりと箱のふたを開けて行った。
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くっこは、マンションからコンビニに買い物に出て来ていた。
都会の真ん中とは言え、このあたりは夜中の人通りは少ない。
ジュースとパンを買って、帰りかけた時に、彼女は「紅バラ組」の一団に出くわしてしまった。
その直前には、ものすごい速度で走って行く黒い人影に出会った。
「あ、あんじ・・・」
くっこは、瞬間にそう思った。
しかし、まるで狂った暴走自動車のようにその人は消えてしまい、その直後をバイク集団が追ってきたのである。
「うわ、まずい。」
くっこの頭の中には「紅バラ組」のことも、すでに刷り込まれていた。
『闇の治安群団』である。
社会の敵ではないが、恐ろしい存在。
逆らってはならない。
じっとして、やり過ごすべし。
くっこは、その意識に従った。
しかし、お終いの方のバイクがくっこの前に、キッと止まると、アッと言う間に彼女をバイクに引っ張りあげてしまった。
どうにもならない。
すでにそのバイクは、他の仲間の後を追い始めていた。
運転していた髪の長い女らしきものが、少し後ろを振り返った。
大きなヘルメットで、顔はわからないが、にたっと笑ったように、くっこは思った。
それからすぐに、チクッとした痛みを感じたが、くっこはそれ以後のことは覚えていなかった。
気が付いたら、そこは近未来的な、おかしな場所だったのだ。
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中村先生と、和尚さんは、洋館の中に転がり込んだ。
薄明るい。
蜘蛛の巣だらけかと思いきや、わりと奇麗な部屋である。
『じゃやじゃかじゃ-ん!!』
とオケが鳴り始めた。
「ローエングリンだ。」
教授はすぐに気が付いた。
第三幕の前奏曲。
このすぐあとに、有名な『結婚行進曲』が続く。
「ああああああ、でで、出ました!」
和尚さんが叫んだ。
「ははは? 何が出ましたか?」
「あああ、あれ、あれ、亡くなった、ここのご主人でありますぞ!」
「はあ?」
一人の男が、口髭の下でパイプをくゆらせながら、高級なレコードプレイヤーを眺めていた。
それから、二人の方を見て、にこっと微笑んだのである。
「やあ、いらっしゃいませ。」
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