わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十三章
************ ************
森の入口には、ぐるっと長い竹の生け垣がめぐらされているようだ。
「電気ついてますね。」
中村教授が指差した。
「あらら、おかしいですなあ。今は誰も使っていないはずですが。誰かが新規に借りたのかなあ。」
森の奥への入口には、車が5~6台止められるほど駐車場がある。
「ふだんは、チェーン掛けてるんですがなあ。」
「開いていますね。」
しかも、駐車場から森の奥へと続くらしい小道には、赤色の小型提灯が並んでいる。
自動車が一台だけ止まっている。
お客様が来ているらしい。
「やっぱり、何か始めているようですねえ。」
「うむ。まあ、拙僧が管理しているわけじゃあないから、おかしい事はないです。まあ、行ってみましょう。王女様が来いと言ったのだから、わざわざ、その為に開けたのかもしれない。いや、きっとそうでしょうな。」
「ご苦労様なことですね。」
二人は、ゆったりとした坂道を、森の奥へと分け入ったのである。
********** **********
「ええ? 王女様が、ですか?」
中村教授の奥様には、タルレジャ王国の侍従長と言う、とんでもない人から電話がかかっていた。
『さようでありますぞ。ぜひに、王国での仕事に就いていただきたい。奥様、あなたもです。ご主人は現在、そのための協議のために少しお借りしております。しばらくお留守になるでしょうが、ご心配には及びませぬぞ。』
「はあ・・・・侍従長様がおっしゃるのであれば。まあ、安心ですが。何か失敗をしでかしたのかと。あれで、けっこう、おっちょこちょいですので。」
『ははは。いやいや、そのような事はありませぬ。なお、この件はまだ内密に。またご心配であれば、大使館の一等書記官殿にご確認してくださったらよろしい。』
「いや、まあ、あまりにトッピーですので。」
奥様は、ときどきこうしたおかしな造語を使う。
『では、また。』
その国際電話は、ぷっつんと切れた。
奥様は、もう深夜ではあるが、考え直して王国の大使館に電話を掛けたのだった。
『はい、タルレジャ王国大使館です。現在、時間外のため、あす午前9時以降にお掛け直しください。なお、緊急事態の方は『2』のボタンを押してください。』
同じ言葉が、タルレジャ王国語と英語で繰り返された。
奥様は、思い切って『2』を押したのである。
「はい、大使館ですが、どうなさいいましたか?」
王国語だった。
奥様は、英語で答えた。
「タルレジャ音大の中村です。侍従長様から電話があり、その内容の確認をしたのです。」
「ああ、中村教授の奥様ですね。」
流ちょうな日本語が返ってきた。
「一等書記官のナイムです。侍従長から言われています。奥様から電話があるだろうと。」
「まあ、それは、また、用意の良いことですね。」
「はい、『皆さまの大使マン』ですので。もっかサービス向上月間ですし。」
「相変わらず、ユニークな、大使館ですのね。」
「はい。なんしろ、地球帝国の首都がおかれましたからね。」
「ああ、それは、なるほど。で、実はさっそくですが、侍従長様からお伺いしたお話ですが、夫と私を王国でのお仕事に迎えたいと言う。事実ですか?」
「はい。事実です。まったくの事実であります。」
「それは・・・・・・」
************ ************
森は、結構深かったのだ。
「キリが出て来ました。」
「おう、これこそ、予兆である。」
「は?」
「出ますぞ。」
「また、和尚さん。ご冗談を。」
「いやいや、拙僧も伊達に住職などやってるのではない。ここには、ご近所でも有名な話があります。」
「はあ・・・」
「深いキリは、怪奇現象が起こる前触れです。」
「はあ・・・どのような?」
「この世で添い遂げられなかった若い男女が現れて、この森の中を飛び回ると言うのです。」
「まさかあ。」
「いやいや、用心して進みましょう。もし、その現場を見たら、小道からは絶対に動かず、しゃべらずに、その場で座ったままやり過ごすべし。もし万が一気付かれたら、すぐ洋館に逃げ込むべし。捕まれば、そのまま、あの世に連れて行かれると。」
「またまた、和尚さん・・」
「し!黙って。来た。座って、じっとして。」
霧は、あッと言う間に、この森を覆い尽くした、と見えた。
目の前の赤い提灯の光さえ、もはや良く見えぬ。
ざわざわと、怪しい風が吹いて行く。
木々の立ち並ぶその奥に、赤っぽい光が見えた。
最初は、あたかも提灯のように感じたが。
しかし、ふわふわと、この宙を、何かを探して彷徨い出たような、何者かである。
ふと反対側を見ると、そこにもまた、先の光とは違う、青白い光が彷徨う姿が浮かび上がった。
二人は息を殺して、その場にしゃがみ込んでいた。
やがて、その光は、突然激しく動き始めたのだ。
上に、下に、左に、右に。
木立の中を、まったく当てもなく、無茶苦茶に動き回る。
近づきそうに見えると、また離れてしまう。
再び、接近しそうになるが、すれ違ってしまう。
どうしても、寄り添う事が出来ないまま、いつまでも飛び交っている。
和尚と教授は、息を殺して、この怪しい現象を、ただ眺めていた。
しかし、ついにこの二つの光がぶつかる時が来た。
赤と青の、激しい光の爆発が起こった。
歓喜の叫びのように、二つの光が一緒に飛び回るのだ。
『す、すごい・・・』
教授の内心が、一旦叫んだ。
しかし、そこは客観的なものの考えをする中村教授の事である。
『深い霧。光。投影かな。』
教授は、光源を探した。
なかなか、それらしきは見当たらない。
『動きが広すぎるなあ。錯覚を利用してるんだろうが。どこから写してるんだろう。』
教授は、ごぞごそと、首を伸ばそうとした。
和尚さんが、その首をぐっと押さえつけえてきた。
それから、再び光を見ると・・・
それは、二人の目の前に立っているではないか。
若い男女である。
じっと、まったく表情のない、暗黒の目だ。
あきらかに生き人の目ではない。
その目で、和尚と教授を見つめている。
「見つかりましたぞ。洋館まで走るべし。捕まったらおしまいだ。」
何が何だかよく分からないまま、教授は和尚の後を追って突進し始めた。
二人の後を、怪しい男女が追いかける。
年の割に和尚は早い。
教授も足には自信がある。
しかし、相手は二人をあざける様に、空中を旋回しながら追い詰めてきた。
やがて、両側に分かれた、その、怪しの光は、いまや和尚と教授の手を掬い上げようとした。
洋館が目の前に現れ、ドアが開いた。
二人はその中に、転がり込んだのである。
********** **********
深夜の大都会、「あまり良い子ではない」少女たちが中心のバイク部隊が、通りを掛けぬけてゆく。
しかし、不思議と言えば不思議だが、交通規則は絶対順守する。
赤信号ではきちんと止まる。
運転している隊員は、ちゃんと免許を持っている。
たいして、大きな音も立てない。
というより、異様に静かである。
これこそ、『マツムラ・バイク工業』の新型『電気バイク』である。
一度の充電で、200キロは走行できる。
赤い旗が閃いているが、その大きさは、無理のない程度にとどめてある。
パトカーが一台出くわしたが、まったくお構いなしで通行してゆく。
これこそ『トウキョウ紅バラ組』の、『夜間パトロール隊』であった。
************ ************




