わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十二章
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「しかし、お姉さま、これで、めでたしめでたし、という訳には参りませんわ。皇帝陛下になんとご説明するのですか。」
「まあ、女王さまのご意向です、と。」
「そりゃあ、可哀そうですわ。いくらなんでも。あれでも一生懸命なんですから。」
「そうかな・・・そうよね。じゃあこうしましょう、もっと良い人がいる、と。」
「どなたですか?それは。」
「杖出首相さん。」
「は?!」
「いいでしょう。ぴったりよ。本人の為にもなる。あの方なら、お芝居だって厭わないでしょう。権力の維持のためですもの。十分お釣りがくるわ。」
「ふうん。いつ伝えるのですか?もう明日ですわ。」
「そりゃあ、今から。ほら。」
二人の目の前に、杖出首相が現れたのである。
「これじゃあ、『奥様は宇宙魔女』ですわね。」
「まあね。いらっしゃいませ、首相様。ちょっとご相談がありましてね。」
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「じゃあ、見に行きましょうか。」
和尚さんが、立ち上がりながら言った。
「行くって、これからですか? もう暗くなりましたよ。」
二人は外に出て、ゆったりと歩き始めていた。
「そこがよいのです。あの店は、開いていたときも開店は午後7時でしたから。」
「はあ、何時まで?」
「深夜2時半でしたな。丁度良い時間でありました。」
「はあ・・・しかし、なぜ幽霊は夜出るのですかな?」
「そりゃあ、あなた、もうひとえに人間の都合ですよ。」
「はあ?」
「夜は人間にとっては、危険な時間です。人は暗闇ではよく視力が効かない。太古の時代から、そこが動物たちに襲われる時間帯です。怖いものは夜出るのです。だから、怖いもを見たいなら、夜なのですな。」
「それだけ?」
「はい。それだけ。」
「なんだ。」
「もっと期待しましたか?」
「中国の古典とかが、出てくるかと。」
「ははは、拙僧は経済学部なのでね、」
「また変わった方ですな。マルクスですか?」
「いやあ、拙僧は主に、ケインズさんでした。マルクスさんも多少はやりましたが。」
「ぼくには、さっぱりわかりませんよ。」
「ははは、それでよいのです。僧侶にとっては、どっちでも構わない。居場所さえ与えてくれるならばね。」
「ふん。天国や地獄は同じですかな?」
「そうだと思いますけれどなあ。」
「火星人も、同じですかな。」
「そうですなあ、太陽系内なら、皆同じでしょう。入るドアは違うかもしれないが。」
「ほう・・・新説ですか。ぼくは意見が異なる。」
「ははは、それはそれで、結構な事。ただ、人は皆、同じ夢を見ているだけですよ。別の角度から。」
「フロイトとかフロムとかもやったのですか?」
「いやあ、本は読みましたが、よくわからなかったですなあ。」
「同感です。」
寺を出て左に曲がり、坂道の上りを超えると、突然遥かな向こうまで見渡せるような場所に出る。
しかし、この暗闇では、あまりはっきりとはしないが、今日は月がわりと明るい。
大きな鉄塔が右から左へと並び、道がずっと向こうに延びているが、その奥にまた、こんもりと森らしきものが浮かび上がっている。
「あそこの中ですな。すぐです。」
「はあ、けっこうありそうな・・・・」
「いやいや、いまどきはオオカミも出ませんから。」
和尚はそう言うと、どんどんと歩いて行った。
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「なんですか。また、急に。」
「ふふふ。失礼しました。時に、あすなのですが、首相様はご存知でしょう?」
「なにを、ですか?」
「シブヤに『研修所』ができますの。」
「ああ、もちろん。担当大臣が開所式に出席するはずですが。」
「すばらしいですわ。あなたも行きましょう。」
「はあ?ぼくは予定が満杯です。」
「大丈夫、時間を空けました。」
「はあ?なんですかそれは。」
「総督閣下からの指令を出しました。ね?道子さま。」
「はい。あなたは、あす10時に『研修所』に行きます。帝国総督としての指令です。」
「そんな、むちゃな。」
「大したことではありません。あなたの仕事は、他の方がちゃんとやります。帝国の指令となれば、反抗は不可能です。そこがよいところなのです。」
「冗談じゃない。」
「それは、あなただけが言えるセリフです。今後も、そうありたいでしょう?」
第一王女が、肝要な事を指摘した。
「そりゃあ、まあ。」
「このような些細な事で、その力を失いたくはないでしょう? だれのおかげで首相を続けていられるのかなあ・・・」
「つまり、どうしろと?」
「簡単です、あす、あなたがまず研修を受けてください。」
「はあ?」
「そうして、ごく簡単に、あそこの学習機にハマってください。ただし、実際の作動はさせません。後は少しお芝居を打ってください。そのやり方は、機械にハマったらわかります。」
「やだよ。改造する気だな。」
「あの機械は、確かに、不感応者の脳の改造が可能です。しかし、そこには度合というものがあります。あそこに設置させている機械は、簡略型で、あまり強力なものではございません。帝国の意向に沿う行動をすると、幸せに感じるようになるだけです。しかも、直接の効果は、せいぜい一か月くらいしか続きません。あとは、本人の学習に期待しているのです。それでも、大きな効果です。もっとよく効く機械は、中央研修所の病院に設置します。うむを言わせず脳を完全に改造できます。ただし、その結果、行動が多少ぎこちなくなることがあります。つまり、ロボット化してしまうのですが、それは、よほどの場合ですわ。ミュータントの中でも、どうしようもない方のみですの。普段はそんなことはいたしませんわ。で、あす首相様には一種の『デモ』をしていただきます。実際の効果はありません。しかし、国民へのアピールができます。いいですか、首相様、使いようによっては、あなたにとっても、けして悪くはないのです。敵をあざむくにはまず味方から。ですわ。」
「信用できない。」
「まあ、今になって、なんという事を!あなたと、わたくしたちの仲ですわ。」
「『たち』と言われても困る。」
「あらら、そうでしたっけ。こちら、『地球帝国の総督閣下』でいらっしゃいます。」
「どうも、首相様。仲良くいたしましょうね。わたくし、この国の国籍も持っておりますのよ。」
「そりゃあ、どうも。杖出です。しかし、やはり、これはよくないですよ。結局は独裁だ。」
「地球人の皆さんが、あまりにまとまらないので、仕方なしですわ。これで平和が訪れます。核兵器や生物化学兵器をはじめとする危険な兵器は廃絶され、資源は上手く配分され、医療の不均衡も無くなります。貧困もやがて撲滅されるでしょう。」
「どこか、おかしい。火星人の都合だろう。」
「都合じゃなくて、経験です。核兵器で故郷を破壊しつくしたという。また、おかしいと思ったら、そこを手直しするのがあなたのお仕事ですの。けっして硬直的なやり方に固執は致しません。ただし、核の再開発とかはダメですよ。ね、ルイーザ様。」
「はい。そのつもりです。タブーは除いて、あとは自由な思考ができる首脳の方が必要ですの。」
「それが、ぼくだと?」
「はい。そうです。」
「ふうん・・・ぼくは、そうとう危ない人間かもしれないよ。」
「わかっております。けれど、力の差は歴然です。問題になりません。あなたはもうすでに、組み込まれておりますのよ。」
「ふうん・・・・」
杖出首相は、ぼつぼつと、反逆計画を練っていたのだが。
「それから、お父様との会見ですが、来週の金曜日、いかがですか?」
「来週?」
「はい。」
「それは、なんとかします。」
「わあ、うれしい!!」
「それは、わたくしのセリフですわ。お姉さまは、無役ですゆえ。」
「すみません・・・・・」
弘子が舌を出して謝った。
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