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わたしの永遠の故郷をさがして 第四部 第五十章 

  ************   ************


 松村弘子と道子のファンクラブ『弘子さん道子さんの会』は、この国の全国各地に広がっていて、しかも『中央クラブ』が情報やイヴェントの集約機能を持ち、各地のクラブと提携しているという、かなり大規模なものだった。

 さらに、国内の「公式三王女ファンクラブ」とも連携関係にあり、本家タルレジャ王国の『三王女様ファンクラブ』とも密接な提携関係にあった。

 これらのクラブでしか入手できない、演奏会ライブCDやグッズの、会員にだけへの有料配布事業や、ネット配信事業、さらに音楽の勉強会、ピアノ、ヴァイオリン、フルートなのど音楽教室にまで手を広げていた。


 めったにないとはいえ、弘子と道子本人が、クラブの集会に突然現れたりすることもある。

 最近、時に弘子は、ピアノとヴァイオリンという専門分野では無くて、まったく『上手ではない』フルートを抱えてやって来ることもあった。

 そうして、その場にいた人たちと、即席のアンサンブルを楽しんだりもした。

 さすがの弘子も、まだ始めて間もないフルートにはけっこう手を焼いていて、この万能の天才でさえ、人並にしかできないこともある、ということで、かえって人気を高めていた。

 突然ピアノの伴奏を買って出たりすることもあり、これはアマチュア・フルーティストにとっては、恐るべき幸運なのだった。

 

 また、このクラブの別動隊には『洋子さんに会いたい会』がある。

 松村洋子に関する研究や情報収集に専念しており、その目標はただひとつ、松村家の頂点に君臨する(はずの)洋子に会うこと、だけである。

 洋子に会えたら、この別動隊は解散するという規約になっていた。

 また、あくまで科学的な『音楽研究』が主体であり、いかがわしい『思想』は禁止とされていた。

 まあ、かなりおかしな、秘密結社的な会であることには、依然変わりがなかったが。


 しかし、親クラブとは違って、ここは誰でも入れると言うものではなく、希望者の人間性や品格や専門的教養を厳しく評価していて、情報の不埒な漏洩や、悪用は厳しく戒められることになっていたし、自分がこの別動隊の会員であることは、許可なく公表してはならない事になっていた。


 その運営実態や、いかなる活動をしているのかは、ほとんど明らかになっておらず、まさに『秘密結社』というにふさわしかった。

 ただし、このクラブ、その存在は洋子自身によって承認されているのであり、名誉会長は、なんと洋子だったのである。これまた大いに不思議なところだった。

 

 しかし、この時代から、相当のちの時代まで、これらのファンクラブは存続したし、特に別動隊の方は、やがて独立して(つまり洋子にはついに会えなかった、わけらしいのだが・・・)さらに、次第に姿を変えて、多くの世代を超越する未来にまで、存続し続けたのである。


 つまり、やがて地球人類が『クラシック音楽』という分野を、すっかり忘れてしまった後にも、その伝統と技術と記録を保持し続けたのである。


 しかし、それはまだ、大分先のお話である。


   **********     **********


 ダレルは、未知の空間に閉じ込められてしまっていた。

 真っ白な空間で、何もない。

 寒くもないが、暑くもない。

 床はあるが、かちかちでも、また冷え冷えともしていない。

 椅子もなければ、テーブルもない。

 とにかく全面が真っ白、なのである。

 いったい、どこまでこの空間が続いているのかさえ、はっきりしていなかった。


 ダレルは、なんとかソ-に連絡しようともしているのだが、うまくゆかないでいた。

「だめか。まあ、そうだよな。当分大人しくしていようかな。まあ、休憩もまた、必要だからな。」

 それほど慌てた様子も、気落ちした様子もなく、ダレルはその場にひっくり返った。

 

「食事の用意くらいは、してくれるんだろうなあ。」

 そうつぶやいた。


 すると、目の前に大きなテーブルとイスが現れて、その上には、りっぱな『ラーメン』が乗っかっていたのである。

「なんと、これは白昼夢というやつか? それにしてはリアルすぎるぞ。」

 ダレルは椅子に座り、『割りばし』といわれるこの国独特の食事用具を手にした。

 このあやしい用具の使い方は、最近習得したのである。

「まあ、うまそうだなあ。いただきます。うん。よいよい。非常に良いものだ。このチャーシューは相当高級なものと見た。野菜もかなりの高級品だな。スープは比較的薄味で好感が持てる。健康的でなによりだなあ。うん、うまい、うまい。これで、来た甲斐はあったということか。」


 すると、テーブルの上に、また、もうみっつ、ラーメンが現れた。


 そうして、ほどなく、三人が姿を現したのである。


「やあ、ダレルちゃん。こんにちは。ラーメンはいかが? このほど実家の関連レストランが出す新メニューよ。その名も『超高級ラーメン大河』」

 ヘレナだった。

 そこに、ヘレナと瓜二つの、妹と思しき、大きな少女。

 そうして、忘れもしない、あの「女王へレナ」が付いてきていたのである。


「まあ、中華食べながらお話しましょう。もうすぐ『チャーハン』や『揚げどり』なんかも来るわ。」

「あの、ヘレナさま、これが『尋問』でしょうか?」

 もう一人のヘレナが尋ねた。

「そうそう。まあ、形式にこだわる必要もないしね。ラーメン食べながらでも『拷問』なんかは可能だし。あなたもやったでしょう。」

「まあ、そうですわね。」

「お姉さま、『拷問』は王国でも、禁止ではありませぬか?」

「冗談よ、冗談。多分ね。まあ、ここは王国でもなく日本でもなく、南北アメリカ国でもなく、地球でさえないけれどもね。」


『いやいや、ヘレナは心理的な拷問は得意なはずだ。不感応者にでさえ、脳からではなく、肉体経由で大きな苦痛だけを感じさせることは可能だと聞いた。桑原桑原。』

 ダレルは、スープをれんげですすリながら考えていた。


 やがて、大きな食器に山盛りの『チャーハン』と『揚げどり』と『八宝菜』が現れたのである。

「お取りいたしましょう。」

 ヘレナは、小皿にとりわけし始めた。

「おいしいですわ。最高にね。」

「これ、『トリ』、だよね?」

 ダレルが確認した。

「あたりまえでしょう。純粋な日本国東北州産ですわ。最高のものよ。」

「ふうん・・・まだ良くない風習をやってるのか?」

「なによ、それ?」

「妹さんは、ご存じなのかな?」

 ダレルの前に、取り分けた小皿を置きながらヘレナは言った。

「あたりまえよ。まだ、実行はしてないけどもね。『婚約の儀』の夜が初体験日だものね。」


 ルイーザが、普段は決して見せない表情で、不気味にほほ笑んだ。


  **********   **********


 ダイチバ駅から、海岸沿いにしばらく進んだ後、自動車は高台の上に登って行く。

 運転手は、当然ながら吉田さんである。

 これほど確実な運転手さんは、他にはいないのだから。


「先生も、大変ですなあ。変な事に巻きこまれちゃってね。」

「あなたは、不思議な方だ。ぼくのことも心配してくれるわけ?」

「まあ、仕事ですから。」

「はあ?」

「しかし、よくもまあ、特別休暇が取れましたなあ。」

「みんながグルなんだ。歯が立たないさ。表向きは「休暇」、実際は「失踪」なんだろうから。」

「まあまあ、ここは我慢が肝心ですよ。あせらない事です。なに、そう長くはないでしょう。あの和尚は、ただ者じゃあないですから。」

「どう、タダ者じゃあないの?」

「ははは。じきわかりますよ。ほら、山門が見えました。ちょっとだけ中に入りますよ。」

 車は、森の中の古い寺に到着した。

 大変由緒のある寺なのだが、もちろん有名な観光地という訳でもない。

 それでも、散歩に訪れる人たちはそれなりにある。


 自動車から降りた中村教授は、地面に石畳が敷かれた狭い通路を歩いて行った。

 このあたりは、昔はもっと深い森で、たくさんの『ウミウ』が生息していたのだが、いまはもう、その姿がない。


 通路沿いに、ふと足を止める。

 その、消え去った『ウミウ』の、いま一度、高く飛び上がろうとする孤独な像が立てられていた。

 教授は、しばらくその像の前に立ち止まっていたが、やがて再び本堂に向かって歩き出した。


 だれもいない、夕暮れの本堂。


 一人の僧が、竹ぼうきで庭を掃いている。

 中村教授は、その人に近寄って行った。

 その人物は中村に気が付き、顔をあげて、ゆっくりとほほ笑んだ。


「おお、中村先生。ご無沙汰いたしておリます、よくいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ。」


 ************   ************






 




 









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